第二十一話 人殺し
さて、江戸を出て日光へ向かう一行。
道中、白雪はアラカン先生とアンジュに、これまでの経緯をかいつまんで話しておりました。
現代の新宿へ飛ばされたこと。
そこで孫悟空が、辰也や迷惑な神と出会ったこと。
その後も何やかんやありまして、とうとう悟空が斬られ、こちらの世界へ戻ってしまったこと。
「新宿も様変わりしたもんやなあ」
アラカン先生が感心したように申します。
「夜はキラキラして綺麗だったけど、疲れました」
白雪は少々うんざりした様子。
ところで、なぜアラカン先生は新宿が分かるのでしょうか。
アラカンだからでしょうか。
「それにしても、迷惑な神様やねえ」
「まったくです」
辰也が即答しました。
「もう相手したらあかんよ。命がいくつあってもあらへんで」
「約束があるらしく付きまとわれていて……」
そこで辰也は、ふと隣を歩くアンジュを見ます。
「あいつを知っているんですか?」
「まあ、それなりに」
それ以上詳しく話す気はないのか、アンジュは前を向いたまま歩いていきます。
◇
やがて一行は山道へ入りました。
木々に囲まれた細い道。
先ほどまで聞こえていた人の声もなくなり、鳥や虫の音ばかりが耳に入ります。
しばらく進んだところで、アラカン先生が足を止めました。
「近くに変なのがおるが、まあ静かにしとったら問題あらへん。気ぃつけていくで」
一行は足音を立てぬよう、慎重に山道を進んでまいりました。
ところが。
ブブブ……。
静かな山中に、場違いな振動音が響き渡りました。
「……あ」
辰也のポケットでございます。
スマートフォンが振動しておりました。
アラカン先生が振り返ります。
「なにやっとんねん」
「すいません!」
慌てて電源を切りますが、時すでに遅し。
そもそも別世界に来ているはずなのに、なぜ着信があったのでしょうか。
それを考える暇はございません。
木々の向こうから、ぞろぞろと人影が姿を現しました。
刀を手にした男たち。
「女は生け捕れ。ジジイと男は殺せ」
どうやら話し合いで済む相手ではなさそうでございます。
男たちが一斉に襲いかかってきました。
「アンジュちゃん、白雪ちゃんは頼んだで」
「お任せを」
アンジュが白雪の前へ出ます。
その間に、五人ほどの野盗が辰也を取り囲みました。
一人が刀を振り下ろします。
辰也は身体をずらしてかわすと、いつもの武器を手にしました。
元の世界で、影を相手に何度も使ってきたもの。
考えるより先に、身体が動きます。
一人。
二人。
向かってくる男を斬り、返す刃でもう一人。
「こいつ……!」
残った男たちも襲いかかりますが、辰也は次々と斬り伏せていきました。
五人目が地面に倒れたところで、ようやく辺りが静かになります。
「……終わったか?」
顔を上げると、アラカン先生の方はもっと凄まじいことになっておりました。
辰也の倍以上はいたはずの野盗が、すでに全員倒れております。
それなのに、アラカン先生は何事もなかったような涼しい顔をしております。
こうして、野盗の一団はあっという間に全滅したのでございました。
◇
しばらくして。
辰也は、自分の足元に倒れている男を見下ろしました。
動かない。
「……」
先ほどまで戦っている最中には、考えもしなかったことが頭に浮かびます。
人を殺した。
初めて。
襲ってきたのは向こうだ。
殺すと言っていた。
こちらには白雪やアンジュもいる。
だから仕方がなかった。
そう考えてみても、何とも言えない嫌な感覚が残りました。
ここは別の世界だ。
だったら、夢だと思えばいい。
そういうことにしてしまえば――。
「見事な腕やったが」
声をかけられ、辰也は顔を上げました。
アラカン先生がこちらを見ております。
「人を殺すのは初めてかいな」
「……はい、実は」
「なんか慣れとる感じやったが」
「元の世界で影に襲われたとき、ゲーム感覚で斬って遊んでました」
辰也は倒れた男へ視線を戻します。
「でも、人に対して振るったことは……」
「まあ、人殺しなんて進んでするもんやない」
アラカン先生は、それ以上説教めいたことは言いませんでした。
「ただ、おなごが二人おるからな。悟空に合流するまでは頼むで」
「……わかっています」
辰也は武器を消しました。
胸に残るものまで消えてくれるわけではありませんでしたが、今は先へ進むしかございません。
◇
山を抜けると、視界が一気に開けました。
草原が広がっております。
そして、その先に見覚えのある人影が二つ。
「おう、左膳か」
アラカン先生が声を上げました。
「じじいか」
隻腕の剣士、丹下左膳。
その隣では、ちょび安が嬉しそうに手を振ります。
「天狗のじいちゃんだ!」
「おうおう」
どうやら無事に合流できたようでございます。
辰也は辺りを見回しました。
左膳とちょび安がいる。
ということは――。
孫悟空はどこにいるんだろう。
そう思った瞬間でした。
後頭部に、とてつもない衝撃が走りました。
「――」
何が起きたのか理解する暇すらありません。
今の辰也には、あの神がついておりません。
多少の力は使えるとはいえ、孫悟空の如意棒をまともに受けて無事でいられるほどではございませんでした。
辰也の身体が、その場に崩れ落ちます。
人の死に様というのは、存外あっけないものでございます。
「悟空様」
「なんだよ」
如意棒を手にした孫悟空へ、白雪が静かに声をかけました。
「やらかしましたね」




