第二十話 アンジュ茶屋
「でかい鍋やなあ」
江戸の外れに広がる草原。
そこへ突如として現れましたのは、陽の光をぎらりと返す白銀の円盤。
いわゆるUFOというやつでございます。
最近ではUAPなどという呼び方もあるそうでございます。
その巨大な鍋のような物体から降りてきたのは二人。
一人は白銀の髪をした少女、白雪。
もう一人は、この時代にはいささか場違いな洋装の若者、紫藤辰也でございます。
「ここが……」
辰也が辺りを見回します。
「江戸の外れですね」
白雪が答えました。
見渡す限り、現代のビルも道路もございません。
遠くに田んぼが見えるばかり。
「私ができるのはここまでよ」
後ろから声がいたしました。
制服姿の女性が、宇宙船から降りてまいります。
本当の姿を見せず、人間の姿のままでいるのは、白雪を驚かせないためでございます。
「ありがとうございました」
白雪が丁寧に頭を下げました。
「帰りは……?」
辰也がおそるおそる尋ねます。
「そっちで何とかしなさい」
「悟空に会うまで同行してくれたりは……」
「そんなリスクの高いことできないわ」
「ですよね」
宇宙人の女性は、それ以上取り合うこともなく踵を返しました。
辰也たちが離れると、入口が閉じます。
白銀の円盤は音もなく浮かび上がり、やがて空の彼方へと消えていきました。
「悟空さまは神様のお知り合いもたくさんいますから、頼めば何とかしていただけるかも……」
「うちのカミサマが、破壊神とかでなければ協力してくれるかもしれないが」
辰也は空を見上げます。
「まあいい。悟空に会ってから考えよう」
その頃、少し離れたところでは。
「あの鍋売ったら、なんぼになるかなあ」
「あんた、あんなもんどこに置くつもりだい。将軍様だって始末に困るだろうよ」
宇宙人の英知の結晶も、価値が分からなければ鍋同然でございます。
◇
さて、辰也と白雪は江戸の町へ入ってまいりました。
行き交う人々。
軒を連ねる店。
着物姿の町人たちの中を、現代の洋服を着た辰也が歩いております。
当然ながら目立ちます。
通り過ぎる人々が、ちらちらと辰也へ視線を向けておりました。
「目立つなあ」
「横濱の方なら、まだマシだと思いますが」
白雪はたいして気にもしていない様子。
白い髪というだけでも十分人目を引きそうなものですが、孫悟空とともにあちらこちらを旅してきた少女でございます。
今さら視線の一つや二つ、どうということもないのでしょう。
そんな二人の前から、一人の少女が歩いてまいりました。
着古した着物を身につけた、小さな少女。
何かのお使いの途中でしょうか。
白雪に気づくと、その足を止めました。
「あ、白雪ちゃん」
「お美夜ちゃん」
「久しぶり」
「久しぶり」
ずいぶんとあっさりした再会でございます。
「悟空知らない?」
「知らない」
「そっか」
「でも、アンジュちゃんのお茶屋に先生がいたよ」
「そっか。行ってみる」
「じゃあね」
「じゃあね」
お美夜ちゃんは手を振ると、そのまま何事もなかったように歩いていきました。
辰也はその背中を見送り、それから白雪を見る。
「先生?」
「江戸のことなら何でも知っている方です」
「そんな人がいるのか」
「悟空のことを知らないか、聞きに行ってみましょう」
二人は、お美夜ちゃんに教えられた茶屋へ向かうこととなりました。
◇
やがてたどり着きましたのは、町の一角にある茶屋。
店へ入ると、一人の娘が二人を迎えます。
茶髪を束ね、紫の着物を身につけた看板娘でございます。
「いらっしゃいませ――」
娘の声が止まりました。
辰也も足を止めます。
「……?」
どこかで見たことがある。
そんな感覚がありました。
つい最近だったような。
けれど、目の前の娘とは会った覚えがない。
しばらく、二人は互いの顔を見つめ合います。
先に口を開いたのは辰也でした。
「どこかで会いましたか?」
「それは私ではありません。まあ、私なんですけど」
「はい?」
辰也の疑問を置き去りにして、白雪が娘へ尋ねます。
「天狗のおじさまはいらっしゃいますか?」
「アラカン先生なら、あちらに」
娘が店の奥を指しました。
そこでは、身分の高そうな侍と黒い着物を着た老人が、何やら話しております。
「このいちごぱふぇというのはうまいのお、アンジュ! 城に百個くらいよこしてくれんか?」
「アイスが溶けてしまいますから、ここに食べに来てくださいね」
「なんと! ままならぬものよ」
「若、そろそろ城にお帰り下され」
「うるさいぞ典膳! 食い終わるまで待て」
殿様のような格好をした若者を、老人がなだめております。
白雪が、その老人へ声をかけました。
「おじさま」
「おう、白雪ちゃんか」
辰也は老人を見ます。
天狗のおじさま。
アラカン先生。
どうも人によって呼び名が違うようですが、白雪の言う「先生」とは、この老人のことで間違いないようでございます。
アラ環にしては年を取りすぎている、と失礼な勘違いを辰也はしておりました。
「悟空を知りませんか?」
「あいつか?」
老人は少し考えます。
「日光上空で、猿が乗った雲を見たという話がある。その近くにおるのかもな」
「日光か。結構遠いな」
辰也が思わず呟きました。
「ぬ、そちらは?」
老人の視線が辰也へ向きます。
「紫藤辰也です」
白雪が続けました。
「訳あって、ともに悟空の元へ行かねばならないのです」
「なるほど」
老人は辰也をしばらく眺めます。
「では、わしも共に行こう」
「え?」
あまりにも突然の提案に、辰也は思わず聞き返しました。
「旅の道中は物騒なんでナ」
「はあ……」
笑ってはおりますが、どうも目だけはこちらを見定めているような。
どうやら、辰也を警戒しているらしい。
「私も行きます」
今度は後ろから声が上がりました。
先ほどの看板娘、アンジュでございます。
辰也が振り返ります。
「あなた、看板娘なのでは?」
「お茶屋は臨時休業します」
「アンジュちゃんが言うなら仕方ない」
「気を付けて行っといで」
「また食いに来るからな」
話を聞いていた客たちは、慣れた様子で立ち上がりました。
ぞろぞろと店から出ていきます。
先ほどまで「いちごぱふぇ」を百個寄越せと騒いでいた若者まで、帰っていきました。
辰也は、急に静かになった店内を見回します。
「いいのか、それで」
こうして一行は孫悟空を探し、日光へ向かうことになったのでありました。




