第十六話 駒にはならない
新宿の雑居ビル。その一室に、神戸探偵事務所はあった。
風祭家から半ば強引に連れ出された辰也は、御波に引っ張られるまま、ここまでやって来ていた。
年季の入ったビルの外観からは少し身構えたが、事務所の中に入ってみると印象は違った。
「ビルの外観の割には、中は綺麗ですね」
「客商売だからな、一応」
御波はそう言って、奥の椅子へ腰を下ろした。机や棚は使い込まれているものの、室内は意外と片付いている。応接用のソファもあり、最低限の体裁は整っていた。
「どうぞ」
咲が湯呑みを辰也の前に置く。
「どうも」
「先生、あんな言い方ないじゃないですか。多分、残りの報酬振り込まれませんよ」
咲が呆れたように言う。
「最初に半分貰ってるからいいんだよ。あんな連中、こっちから願い下げだ」
「まったく、気に入らないといつもこれなんだから」
辰也はお茶に手を伸ばしながら、先ほどの風祭家でのやり取りを思い返した。
「蒼は、両方とも本物なんですか?」
聞くと、咲が頷く。
「魂は同じだったわ」
「同じ……」
「こいつの目は確かだ」
御波が横から言った。
「間違えるなんてことは、まずない」
「じゃあ、蒼が犯人というのは?」
辰也が問い返す。御波は椅子の背にもたれた。
「今回の事件のきっかけであり、主犯はあいつだ」
「やっぱりそうなんですか?」
「まあ、誰を犯人と言っても同じだがな」
「え?」
さらっと続けられた言葉に、辰也は眉を寄せる。
「その名前に合わせて筋書きを変えればいい」
御波は面倒そうに言った。
「俺はそいつの駒になるのはごめんだ。だから――」
「だから?」
「一番めんどうな犯人にしてやったんだ。ざまあみろユカリめ!」
「違いますよ先生」
「アオコだかシズカだったか?」
「小説に出てくる探偵のマネなんかしちゃって。ほんと影響されやすいんですから」
「この小説の登場人物はそこから影響を受けている」
御波は平然と言った。
「ま、俺たちの事務所の三人はまた別の小説のモロパクリだがな」
『さらっと第四の壁を超えるのはやめてほしいなあ。オマージュやリスペクトと言ってくれよ』
「同じだ、このパクリAI丸投げサボり野郎」
『丸投げはしてないだろ!』
「そんなことより」
咲がため息をついた。
「今月の家賃払えるんですか?」
『結構大事なことなんだけど』
「そんぐらい余裕だ。足りなければパチンコにでも行って増やす」
「三人?」
今ここにいるのは御波と咲だけだ。もう一人、誰かいるのだろうか。
「今日はちょっと荒れてるね、おっさん」
その時、事務所の奥から声がした。現れたのは少年だった。見たところ、小学生くらいだろうか。
「あ、シュンくん。いたのね」
咲が振り返る。
「いたよ」
少年は気の抜けた返事をした。御波が立ち上がり、少年の肩に手を置く。
「こいつは工藤シュン。元は高校生陰陽探偵だったが、遊園地に遊びに行った時、そこら辺に落ちていた薬を持ち前の意地汚さから口にしてしまい――」
「また始まったよ。ボク、工藤じゃないし」
「体が縮んでしまった!」
御波が妙に力を込める。
「――とかではない」
「すべってるよ、おっさん」
少年が冷めた目を向けた。
「要はまだ設定が固まっていないんだ。とりあえず出しただけ」
『いい加減にしろよお前』
「満足したし、俺は行く」
御波が唐突に言った。
「どこへですか?」
「パチンコだよパチンコ」
鞄を手にした御波が、ふと思い出したように足を止める。
「あ、そうだ」
辰也の方を見た。先ほどまでのふざけた調子が、少しだけ薄れる。
「風祭家には、あまり関わらないほうがいい」
「……はい」
「特にあの姉妹には気を付けろ」
辰也は黙って御波を見る。
「ま、言っても無駄だろうが。一応言っとかないとな」
それ以上は説明しなかった。
「事務所のお金、使い込み過ぎないでくださいね」
咲が釘を刺す。
「ここが無くなると、私たちも困るんですから」
「分かってるよ」
御波は片手を上げる。
「じゃあな。次に会う時があるのかは知らんが」
そう言い残し、探偵は事務所を出ていった。
残された辰也は、閉じた扉をしばらく眺めていた。
その後、辰也は咲と少年としばらく話してから、神戸探偵事務所を後にした。
結局。
蒼がなぜ二人いるのか。何の企みがあって、自分が呼ばれたのか。
真相らしい真相は、何一つ聞けずじまいだった。




