↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/27

第十五話 どちらも本物


後日。辰也は風祭家を訪れていた。


「……気が重いな」


門の前で、思わず声が漏れる。


高い塀に囲まれた、古い日本家屋。黒瓦の屋根に、長い石畳。庭木もきれいに手入れされている。


古いと言っても、寂れているわけではない。むしろ、相当な金と手間をかけて維持されているのが分かる。


『会長、お嬢様だったんだね』


「何を今さら。高校では有名だよ」


辰也が玄関まで進むと、中から一人の女性が現れた。黒い着物を着た、落ち着いた雰囲気の女性だった。顔立ちを見る限り、雫たちの母親だろう。


「紫藤辰也さんですね」


「はい」


「お待ちしておりました。どうぞ、中へ」


「お邪魔します」


案内され、長い廊下を進む。通されたのは畳敷きの大広間だった。


そして部屋に入った瞬間、辰也の目に真っ先に飛び込んできたのは――。


「……うわ」


包帯だった。正確には、全身を包帯でぐるぐる巻きにされた男だ。顔にもところどころ包帯が巻かれ、痛々しい姿で座っている。


あれが蒼や雫の兄なのだろう。新宿で悟空に吹っ飛ばされていた男。


その近くには雫と蒼も座っていた。そして雫のそばには、半透明のもう一人の蒼もいる。


「逃げなかったわね。偉いわ」


雫が辰也を見る。


『よく来たのよ』


霊体の蒼も笑顔を向けてきた。


一方、実体の蒼は何も言わない。口をつぐんだまま、所在なさそうに座っている。話すことを許されていないのかもしれない。


「君も災難だったな」


包帯だらけの男が言った。


「近くにいただけで、こんなことに巻き込まれて」


「はあ……」


辰也は曖昧に頷く。実際には近くにいただけではないのだが、わざわざ訂正する理由もない。


「あの、僕はどうすれば……」


「しばらくここに一緒にいてもらうだけで構いません」


母親が答えた。


「そうなんですか?」


「特殊な能力を持つ方を呼んでおりますの」


「特殊な能力……」


「まあ、ゆっくりしていくといいよ」


兄が続ける。


「一応、来てもらっただけだからね」


「はあ」


何だかよく分からないが、今のところ尋問が始まる気配はない。辰也は言われるまま、その場で待つことにした。


 ◇


しばらくすると、廊下から足音が聞こえてきた。襖が開き、男女二人が姿を見せる。


一人は学生服姿の少女だった。年齢は辰也と同じくらいだろう。制服はミカガミ高校のものではない。


もう一人は男。三十代半ばほどに見える。


「御波先生、よくお越しくださいました」


風祭家の母親が頭を下げた。


男は軽く手を上げる。


「神戸御波(かんべみなみ)です。よろしく」


『ミナミっていうから女かと思ったけど、なんだ男か』


頭の中で青年が呟く。


「うるせえぞ駄目神」


「女神?」


神戸御波が青年を見る。


「先生!」


隣の女子高生がすぐにたしなめた。


『やるな小僧』


「そちらの蒼さんの件ですね?」


御波は大して気にする様子もなく、大広間へ入ってきた。


「どれどれ」


部屋の中央付近まで進む。それから、ぐるりと全体を見渡した。


雫。実体の蒼。霊体の蒼。母親。兄。そして辰也。


しばらく何も言わない。ただ、何かを考え込んでいるようだった。


辰也はその様子を眺めながら、頭の中で青年へ呼びかける。


『なにやってるんだろう?』


『どうやら頭の中が読めるみたいだね』


『読心術か』


「そういうことだ」


「マジか」


辰也は思わず声を上げた。御波がこちらを見ている。


『プライバシーもあったもんじゃない』


「その駄目神と付き合うのはやめたほうがいいぞ、タクヤ君」


「辰也です」


「先生、蒼さんの方は……」


女子高生が話を戻そうとする。


「そっちはつまらん。こっちのタツミ君と話していた方が面白いぞ、サユ」


「咲です」


「困りますね、先生」


包帯姿の兄が口を挟む。


「今日は妹の件で来ていただいたのですから――」


「うるさいぞタカシ! お前のシスコン話なんぞ聞きたくはない」


「先生!」


咲が再び声を上げた。兄の眉がわずかに動く。


「随分な言い草ですね……」


「結局、蒼はどうなっているのです?」


母親が静かな声で尋ねた。先ほどまでとは違い、大広間の空気が少しだけ張りつめる。


御波は実体の蒼へ目を向けた。


「どうも何も」


そして、何でもないことのように言った。


「今回の犯人は、その蒼だ」


空気が止まった。


「な……!」


兄が身を乗り出す。実体の蒼は、黙ったままだ。


御波は今度は雫へ顔を向けた。


「そうだな、シズク君?」


「私に聞かれても……」


雫は困ったように答える。


「では!」


兄が声を上げる。


「霊体の方の蒼が本物ということですか!」


「いや、そうでもない」


「はい?」


御波は隣の少女へ目をやった。


「見てやれ、サヤ。霊体や魂を見るのはお前の方が得意だろう」


「まったく……」


ぼやきながら、咲が二人の蒼へ向き直る。まず実体の蒼。次に雫のそばにいる、半透明の蒼。じっと見比べる。


その表情が、次第に変わっていった。


「……え?」


もう一度、実体の蒼を見る。霊体の蒼へ視線を移す。


「あれ……」


「どうしたんです?」


「先生、これ……」


「見たまま言っていいぞ」


雫が咲を見つめた。


「本物の蒼は、どちらですか?」


「……」


咲は少し迷った。それから答える。


「どちらも、本物です」


「どういうことですの?」


母親の声がわずかに強くなる。


「ですから……」


咲は二人の蒼を交互に見る。


「霊体の方も、実体の方も、魂に違いがないんです」


『勝手なこと言わないでよ――』


「やめなさい、蒼」


霊体の蒼が何か言いかけたところで、雫が制した。少女は不満そうに口を閉じる。


母親が咲へ目を向けた。その目が、わずかに細くなる。


「あなたの見間違いや、勘違いという可能性はありませんの?」


「何かしらの偽装や術がかけられている可能性は、ないではありませんが……」


咲は慎重に答える。


その瞬間。


「もういい。帰るぞ」


「先生!」


御波が立ち上がった。


「どういうことですか」


母親の声が低くなる。


「やはり霊感探偵というのは、あてにならないのでは」


兄も不満を隠そうとしない。


「俺はな」


御波はそんな二人を気にする様子もなく言った。


「この依頼を、とても楽しみにしていたんだ」


「……はい?」


「だからミドリという助手一号も連れてきた」


「咲です、先生。一文字も合ってません」


御波は無視した。


「風祭家と言えば、その筋では有名だからな。どんな魑魅魍魎が出るのか楽しみだった」


堂々と言い切る。


「一家の内紛を見物するのも面白そうだと、それはそれは楽しみにしていたんだ」


――とんでもないこと言うな、この人。


辰也は黙って御波を見た。


「それがなんだ」


御波の顔から、それまでのふざけた調子が消える。


「馬鹿馬鹿しい」


大広間を見回した。


「俺たちを試しているつもりか。ふざけるのも大概にしろ」


誰に向けて言っているのか。辰也には分からなかった。


「犯人は蒼。これがこの事件の結末になるだろう」


そう言い捨て、御波は踵を返した。


「帰るぞ、ミドリ、タツヤ」


なぜか辰也の腕まで掴む。


「え、ちょっと」


「ちょっと先生! そろそろ名前くらいちゃんと言ってくださいよ! 結構付き合いも長いんですから!」


咲が慌てて追いかける。


御波は振り返ることなく廊下へ出た。


「前金は返さんからな!」


「すいません、失礼します!」


咲が風祭家の面々へ深々と頭を下げる。


「いや、なんで僕まで――」


辰也の抗議も聞かず、御波はそのまま歩いていく。


こうして辰也は、訳も分からないまま神戸御波に引っ張られ――風祭家を後にしたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。