第十四話 新宿の決闘
昼の新宿。絶え間なく人が行き交う街を見下ろす、とあるビルの屋上。
そこに二つの影が向かい合っていた。
「お前も暇だな、孫悟空」
青年が呆れたように言う。
「うるせえ。気配垂れ流しやがって、誘ってんだろ?」
悟空は如意棒を肩に担ぎ、睨みつけた。
「そんなつもりはないんだがな。ここは何故か位相が不安定だから、天界のやつらに見つかりにくいんだよ。久々に実体を持って、のんびりさせてもらっているのさ」
「妖怪退治の専門家として、お前を見逃すわけにはいかねえ」
「妖怪ではないんだがな」
「同じようなもんだろうが!」
悟空が地面を蹴った。一瞬で間合いが消える。如意棒が青年の頭上へ振り下ろされ――その姿が横へ滑った。
直後、屋上の床が大きく砕ける。だが、轟音も衝撃も、下を歩く人々には届かない。
二人の姿も、その戦いの音も、通常の人間には感知できない。
頭上で人外同士の戦いが始まっているとも知らず、街の人々はせわしなく歩き続けていた。
「別の世界とはいえ、玉帝を手にかけるなんて、阿呆かお前は?」
追撃しながら悟空が言う。
「あれは一緒に行った奴がほとんどやったんだ。僕はたまたま止めを刺しちゃっただけだよ」
「同じだろうが」
如意棒が横薙ぎに振るわれる。青年は身を反らしてかわした。
「君だって似たようなことやっただろう? 斉天大聖君」
「懐かしい名前だな」
悟空の口元がわずかに歪む。
「俺は未遂だからいいんだよ。未遂ですらねえか。その点ではお前の勝ちだな」
「?」
「やっちゃったんだから」
「褒められてる気がしないな」
「褒めてねえよ!」
再び如意棒が迫る。青年は紙一重でかわし、さらに一歩下がった。
「天界に洗脳されているんだよ、お前は。僕たちが戦う必要なんてないんだ」
「抜かせ!」
悟空は聞く耳を持たない。今度は連続で如意棒を叩き込む。
青年は左右へ身をずらし、時には手で軌道を逸らしながら攻撃をいなしていく。
そして、いつの間にかその右手に一本の剣が握られていた。
透明な刀身。光の加減によって、そこに何かがあると辛うじて分かる程度だった。
悟空が即座に距離を取る。
「出しやがったな、伝家の宝刀を」
「そんな大層なもんじゃないよ」
「その剣が危ないってことは、天界にいるやつはみんな知ってらあ」
「有名になったもんだな」
「使い手がぼんくらだってこともなあ」
青年が踏み込んだ。透明な刃が悟空の首元を横切る。
悟空が如意棒で受け流し、そのまま腹を狙って突く。
青年が身をひねる。かわす。斬る。叩く。
互いに決定打を許さない。
何度目かの交錯の後。透明な剣が、ついに悟空の胴を深く切り裂いた。
「よっしゃ」
青年が呟く。
だが。
斬られた悟空の姿が、煙のように消えた。
「あれ?」
分身。気づいた時には遅かった。
本物の悟空が青年の背後にいた。
如意棒が振り下ろされる。
青年はすんでのところで横へ跳び、直撃を免れた。
「危ねえな……」
「ポンコツ侍にしてはなかなかやるな」
「こっちも場数を結構踏んでるもんでね」
青年は剣を構え直す。
「なら、これはどうだ」
悟空が距離を取った。両腕を腰の横へ引き、奇妙な構えを取る。
「……何する気だ?」
「か……」
「ん?」
「め……」
青年の顔から余裕が消えた。
「は……」
「お前、まさか……」
「め……」
「ちょっと待て――」
「破!」
悟空の両手から、巨大な衝撃波が放たれた。白い光が屋上を覆い尽くす。
「うおおっ!?」
青年が慌てて空中へ逃れる。衝撃波は派手な見た目のまま、屋上を駆け抜けていった。
――だが。
「……あれ?」
青年はすぐに気づく。見た目ほどの威力がない。
「こけ脅しか!」
「遅え!」
悟空はすでに頭上にいた。空中へ逃げたことで、青年は完全に体勢を崩している。
「しまっ――」
如意棒が振り下ろされた。
まともに頭部へ食らった青年が、凄まじい勢いで屋上へ叩き落とされる。
鈍い衝撃。床が大きく陥没した。
「……やりやがったな」
瓦礫の中で、青年がかすかに顔を上げる。
「勝ち逃げは許さねえぞ、クソ猿……」
その姿が、ゆっくりと消えていった。
悟空はしばらく黙って、その場所を見下ろしていた。やがて如意棒を肩へ担ぐ。
「……これでよかった、はずだ」
そう呟いてから、少しだけ顔をしかめる。
「あの坊主には悪いがな」
◇
悟空がホテルへ戻った頃には、すでに夕方になっていた。
「さてと」
廊下を歩き、自分たちの部屋へ向かう。
その途中。前方の部屋から、人影が出てきた。
「ん?」
見覚えのある少女――蒼。ただし、雫に腕を掴まれ、半ば引きずられるように歩いている。
まずい。このまま進めば鉢合わせる。
悟空は一瞬だけ周囲を見回し、その姿を変えた。
ホテルのボーイ。制服姿の青年になり、何食わぬ顔で二人の横を通り過ぎる。
雫の視線がこちらへ向いた。一瞬。ほんのわずかに、怪訝そうな表情を浮かべる。
だが、それだけだった。二人はそのまま通り過ぎていった。
悟空は数歩進んでから、振り返る。
「……あの嬢ちゃん、俺に気付きやがったな」
口元を少し上げた。
「なかなか見込みがあるな」
元の姿へ戻り、部屋へ向かう。そして扉を開けた。
「戻ったぞ――」
中を見る。辰也がいる。白雪もいる。
そして。
青年もいた。霊体ではあるが。いつも通り。何事もなかったかのように。
悟空の顔が固まった。
「あ? なんでピンピンしてんだクソ神?」
『いきなりなんだクソ猿?』
青年が不機嫌そうに返す。
「やっぱり叩き殺したぐらいじゃお前は死なねえか……」
『勝手に叩き殺してんじゃねえよ』
「誰か助けてくれ……」
辰也は会長からの招待にすっかりおびえている。
白雪が少し考えてから言った。
「お茶でも入れましょうか?」




