第十三話 二人の策略
「その……」
辰也は言葉に詰まった。雫の視線が痛い。
新宿。謎の猿。そして、ミカガミ高校の制服。
どうやら、自分が疑われているらしい。
さて、どう説明したものか。
『犯人知ってます! 実はそこにいたのは僕なんです』
辰也の口が、勝手に動いた。青年だ。
「そうなの?」
雫はわずかに眉を上げる。
『僕も猿に襲われたんです。おそらく、あの猿はグルです』
「というと?」
『蒼さんの体を狙ってるんですよ』
『ええ……』
雫の隣にいる半透明の少女が、目に見えて青ざめたように思える。
「続けて」
雫だけは落ち着いている。
『実は以前、謎の影に狙われて、乗っ取られかけたことがありました。その時はなんとか撃退したのですが、今度は蒼さんを狙っているんだと思います』
「では、その猿が黒幕なのかしら?」
『その猿がリーダーなのか、逆に影の眷属なのかは分かりません。孫悟空などと名乗っているので、どうせロクな存在ではないでしょう』
よくもまあ、本人がいないところで好き放題言えるものだ。
『そこで相談なのですが』
「なにかしら」
『実は油断したふりをして、その猿もホテルの部屋に幽閉しているのです』
「随分とうまくやったものね。蒼が無事だといいけど」
『汚されるのはいやよ』
霊体の少女が自分の体を抱くようにして呟いた。
『しばらくはその心配はないでしょう。その猿はロリコンのようで、白雪という少女に夢中です』
おい。
辰也は声に出せないまま青年へ突っ込んだ。
「その子は大丈夫なのかしら?」
『おそらく洗脳したのでしょう』
『その子も助けたほうがよさそうね』
少女まで完全に信じている。
「なるほどね。言いたいことが大体分かったわ」
雫が静かに頷いた。
『ここは協力しましょう。残虐な猿の元から妹さんの体と少女を救い出すのです』
『善は急げよ、お姉さま』
霊体の少女が力強く言う。
後で悟空に殺されるんじゃないかと、辰也は思った。
『大丈夫だよ。お詫びにきび団子でもあげとけば』
絶対大丈夫じゃない。
◇
こうして孫悟空に罪を被せるついでに、蒼の身柄も雫に引き取ってもらうことになった。
放課後の街を抜け、辰也は雫とともにホテルへ向かう。建物を見上げた雫が、足を止めた。
「随分といいホテルね?」
「まあ……はい」
「親御さんは財閥か何かかしら」
「ははは……」
辰也は笑ってごまかした。まさか神の力でどうにでもなるから、などと言うわけにもいかない。
エレベーターで上階へ上がり、部屋の前へ。辰也が扉を開ける。
「あ、おねえちゃん!」
中にいた蒼が、雫を見るなり笑顔になった。
「思ったよりすぐばれちゃったか」
その直後だった。雫の手元に、半透明の青いハンマーが現れる。振り上げる。そして――
ごんっ。
「痛っ!」
蒼の頭に容赦なく振り下ろされた。
「お姉ちゃん、痛いって!」
『痛い……』
なぜか雫の隣にいる霊体の少女まで、頭を押さえている。
「誰がお姉ちゃんよ」
雫は冷ややかに言った。
「体は返してもらうわ。家に帰るわよ」
「ふええ……」
蒼が頭を押さえながら情けない声を漏らす。
辰也はそのやり取りを横目に、部屋の中を見回した。悟空がいない。代わりに白雪がこちらを見ていた。
「悟空はどこに行ったんだ?」
「野暮用があるとかで、出ていきましたよ」
「野暮用?」
「ええ」
それ以上は白雪も知らないらしい。
雫が彼女へ目を向けた。
「その子も保護した方がいいかしら」
『この少女は僕に任せてください』
青年がすかさず口を挟む。
『下手に連れて行くと、悟空に狙われるかもしれません』
「そう。こちらも蒼を連れて行かなきゃいけないから助かるわ」
「許して……」
『痛い……』
蒼と霊体の少女が、ほとんど同時に頭を押さえている。
辰也は気になって、少女の方へ目を向けた。
「なんで君まで痛がるんだ?」
『感覚は、ある程度、共有しているから……』
「ああ。きついよな、あれ」
辰也はしみじみ頷いた。以前、雫にあの弓で射られた時の痛みが蘇る。あれは本当に痛かった。
「妹の体を返してもらうわ。家に帰るわよ」
「もう少し優しく……」
「駄目」
そのまま連れて行こうとした雫が、ふと振り返る。
「それと――」
嫌な予感がした。
「後日、あなたにも家に来てもらうわ。紫藤辰也君」
「え?」
「今回の事件の重要参考人ですもの、あなたも」
にこりと微笑む。
「それじゃあね」
「ちょ、ちょっと待って――」
辰也の言葉を聞くこともなく、雫は蒼を引きずって部屋を出ていった。
扉が閉まる。静かになった室内で、青年の声が響いた。
『よかったね。家へのお誘いだよ』
「何もよくねえよ」




