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第1話 遠い追憶と蝕む銀の針

 玄霄国(げんしょうこく)、帝都・承京(しょうけい)

 帝都の北端、権力の心臓部である皇宮のさらに奥深く。

 禁衛軍を統括する若き将軍、藍湛星(らん・たんせい)の執務室〈凌霄処(りょうしょうしょ)〉は、真夜中特有の冷たい静寂に包まれていた。

 年明けに着任してからわずか五ヶ月あまり。ようやく場所にも空気にも慣れてきたかといったところだった。

 窓の外、皇宮を囲む高い石壁の向こう側で、帝都の灯りが一つ、また一つと消えていく。人々が家族の温もりに包まれ、泥のような眠りに沈んでいくその時刻、湛星の「戦い」は幕を開けるのだ。


「…っ、う」


 不意に、こめかみを銀の針で貫かれたような激痛が走り、湛星は無意識に指先でこめかみを強く押さえた。

 俯いた拍子に、柔らかさを削ぎ落とした頬へと艶やかな黒髪が幾筋か落ちる。

 それは単なる頭痛ではない。脳の奥深く、神経の一本一本を錆びついた細い針で、一晩中なぞられているような苦痛だった。

 蝋燭の炎が爆ぜる音さえ、今の彼には耳元で鳴らされる銅鑼のように響く。


「くそ、今夜は一段とひどい……」


 湛星を苛み続ける不眠と頭痛。

 それは、父が「逆賊」として処刑されて以来、彼の夜を支配するのは安らぎではなく、底冷えするような不眠と、拭い去れない復讐の念から生まれたものだ。

 ただ、五年前も今も、湛星は父が謀反を企てたなど欠片も信じてはいなかった。

 父は国に忠誠を誓っており、当時の皇帝の忠実な臣下であり、良き友だったからだ。

 

 国を想い、部下を想い、民を想い、家族を想う。

 

 そんな父の背中を幼き頃より見続けてきた。いずれ大きくなった自分も、父と同じように誠実で忠義溢れる臣下になるのだと。

 ーーそれなのに。




 五年前の春のことだった。

 突然、皇帝弑逆の企て(くわだ)についての密告があり、続いてそれを示す書簡が見つかったことで宮廷は騒然となった。

 密告者の名は伏せられていた。何故なら書簡には、誰もが目を疑うような高官の名が記されていたからだ。

 

 高官の名は藍玄霆(らん・げんてい)。湛星の父、その人だった。

 

 湛星たち家族を筆頭に藍家の臣下、分家ともに無実を叫んだが、書簡には父の署名と印が押され、筆跡も本人のもので疑いようもなく。

 動かぬ証拠がある以上、勅命は覆らない。あれよあれよという間に捕らえられ、処刑となった。

 そうして父は逆賊として死に、九族誅殺(きゅうぞくちゅうさつ)となるところを母と両祖父母の連座と、十七になったばかりの姉が『謀反の意なし』の証として、皇太子の後宮に上がった。

 要は、湛星を押さえるための人質となったのだ。

 父母を亡くし、祖父母も亡くし、姉を犠牲にしてかろうじて湛星の命は守られたものの、それ以外の全てを失った。


 ーー何故、父が逆賊などという汚名を着せられたのか。


 考えた先で至極当然の答えに行き着いた。

 清廉潔白、悪を良しとせず正義心に溢れていた父。全ては心根が綺麗すぎたのだ。

 朝廷は魑魅魍魎が跋扈している。その者たちからすれば、父は目の上の瘤。何がなんでも排除したい存在だったに違いない。


 そして父がいなくなり誰が得をするかーーそれもまた、一目瞭然。

 武の藍家、知の柳家と呼ばれ双璧を成していた家門。柳家の現当主・柳 詭影(りゅう きえい)はいまや大丞相までのし上がった。

 当時の皇太子は皇帝となり、柳家の愛娘も後宮にあがっている。

 名家の子女だったにも関わらず、謀反人の娘であるために下級妃として娶られた姉とは違い、妃嬪でも最上位の貴妃に冊封されている。

 皇帝も無碍には出来ないくらい、名実ともに今一番力を持ち、栄華を誇っている一族。それが柳家だった。


 湛星は柳家が黒幕だと確信している。いや、湛星だけではなく、他にもそう思っている者は大勢いるだろう。

 おそらく密告自体も柳大丞相本人か、それに連なる者の仕業に違いない。どうやって捏造したのか。誰しもが分かっているのに、証拠が崩せないからどうにも出来ない。

 何度、自分の無力さを悔いただろう。

 固く握りしめた拳で、爪が手のひらを破っても、喉から血が滲むまで泣いて、叫んで、歯を食いしばっても、地面に蹲って悔しさで擦り付けた額が傷となってもーーどこまでいっても湛星は無力だった。

 

 いつか、父を死に追いやった「偽りの証拠」を陽の目に晒し、父の、家族の恨みを晴らすこと。それらへの憎悪だけが、長く続く不眠で磨り減った彼の精神を辛うじて繋ぎ止めている。

 涼しげな目元にはいつしか消えない影が宿り、かつて溌剌としていた凛々しい面影は、氷の彫像のように冷たく、危うい美しさへと変わっていた。白皙の美貌は不眠の影響もあり生きている人間とは思えないほどに青白く、まるで冥府から這い上がってきた『幽鬼』のようでもあった。


 湛星が目を閉じて耐えるのは、自分の痛みのためだけではない。

 脳裏に浮かぶのは、後宮の奥深く、「人質」同然の立場で妃として暮らす姉・映月の姿だ。


(姉上。……俺が、この真実を暴かなければ。……あなたを、あんな毒の吹き溜まりから救い出すことはできない)


 帝都に舞い戻った、冷酷無比な将軍として立ち振る舞う湛星の唯一の弱点。

 運よく眠りに落ちることが出来ても、再びの頭痛で目がさめる。眠らなければ、いつかこの頭痛に精神を焼き切られる。彼はその狭間で、自らを削り続けていた。


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