第33話(再びの嫌がらせ、そして......)
「いったい、どういうこと?」
上条彩雪音の怒りの声が響き渡る、とある部屋。
そこは、条月大附属高校内に設置されている上条財閥の一族のみが利用可能な特別室であった。
「彩雪音様。 先ずは気持ちを落ち着けて下さい」
「落ち着けって、こんな報告を聞いて、落ち着いて居られる訳がないでしょ?」
報告とはある人物の動向についてであり、皆さんのご想像通り、九堂鏡水に関する内容であった。
それによると、先々週の金曜日の夕方、条月大講師秋月潮音と共に、附属高近くの駅から高速列車で首都に移動。
そのまま璃月財閥の本社ビルに入って以降、所在不明に。
そして、9日後の昨晩。
本社ビル中庭から飛び立った大御所専用高速ヘリで、講師秋月潮音と附属高に帰校。
一週間高校を休んだ理由については、彼女の身柄を国防軍から引き取った璃月財閥による基礎教育実施の為、というものであった。
「肝心な行き先が全くわからない上に、あの子が璃月財閥の準一族扱いになったっていうこと?」
「そのようにも読めますね」
専用ヘリに乗ったというのは、大御所璃月詩音に認められたも同然と思える。
それに、秋月潮音は現当主莉音の姉だと言われている人物なのだから、その潮音が行き来に同行したということは、明らかな厚遇だ。
「どうにかならないの?」
周囲に当たり散らす彩雪音。
ただ、附属高や条月大にいる上条財閥関係者は、傍系である彩雪音の家臣では無い。
あくまで現当主に仕える者達で、本流では無いにもかかわらず、当主お気に入りの孫である彩雪音付きを一時的な任務として受け入れ、従っているだけであった。
「彩雪音様。 これ以上御当主様を失望させないよう心掛けませんと」
その苦言に、感情が複雑に入り混じって顔を歪めた彩雪音。
ここで付き従っている者達も、今まで見たことのないような醜悪な顔つきであった。
「まさか......お祖父様は、既にあの出来事の前後の事象を知っておられるの?」
条月大附属中・高に入学してから約5年半。
その間で唯一かつ最大の失態が、焔村が引き起こした莉音襲撃事件という、見方を変えれば偶発的な千載一遇のチャンスとも言える出来事の際の彩雪音の対応であった。
あわよくば、孫をライバルの璃月財閥当主側室の座にでも据えて、政財界においてより絶大な権力を振るおうという野望を持っていた上条財閥現当主。
その野望が、あの見合いの席の設定に繋がっていたのだが、潮音のさり気ない妨害によって、彩雪音よりも明確な美女である鏡水が送り込まれ、同時お見合いという形態に変わり、しかも大火傷後の莉音を看護したのが鏡水だったことで、莉音の隣に座る資格を彩雪音は失ってしまったのだ。
その始終を現当主は知っているという。
「貴方達、何故お祖父様に報告を。 あれほどダメだ、止めてとお願いしたのに......」
興奮し過ぎて号泣しながら、その場の財閥関係者に訴えかける彩雪音。
「私達ではありません。 8月の終わりに、莉音様から突如拒絶の返事を頂いたことで疑念を抱かれた御当主様が、直々に御自身の側近達に命じて徹底調査された結果です。 あしからず」
それを聞き、彩雪音は益々情緒不安定になる。
既に、鏡水を高校内で再び孤立させようという提案を流月に持ちかけたのだが、拒否されていたからだ。
『「彩雪音。 私には最優先する課題があるのです」
「それは? 条月大での首席卒業?」
「璃月財閥内での立場の維持という命題。 私の家は一族扱いされているものの、偉大な財閥創始者様と直接の血縁関係は全く無いってご存知よね?」
「ええ」
「彩雪音は上条財閥現御当主様の傍系嫡孫の一人。 私と似た境遇ゆえ、今まで親しくさせて頂いてきました」
「だから、今回も協力出来る筈だよ。 絶対迷惑は掛けないから。 ねっ、お願い」
その言葉に首を振る流月。
「私達三条璃月家一門は、御当主様の意向に反することは絶対にしない服従的関係を約束。 これが一族扱いして貰える条件なの」
「まさか......」
「現当主莉音様が九堂鏡水を婚約者と決められた以上、どんなことがあっても、私の一族はその意向に逆らわない。 たとえその正体が、性格が極悪で卑しい出自の雌狐だったとしてもね」
「うそ......もう、婚約者って公言されてらっしゃるの?」
「ええ、数少ない一族内には。 それに私の知る範囲では、九堂鏡水、彼女は雌狐では無いらしいし」
「......」』
思わぬ話に、押し黙る彩雪音。
璃月流月は、少し思慮が足りない面はあるものの、財閥一族においては、彩雪音よりも遥かに強い立場に居る。
彩雪音は現当主の妾の嫡孫だが、本妻系に多くの一族が居る上条家なので、現状それほど尊重されていない。
一方流月は、前当主詩音の実父の後妻から生まれた系統の唯一の孫。
一族が少ない璃月家では、れっきとした現当主のはとことして尊重されている(莉音と潮音を除く)。
附属高内は上条財閥の影響力が強いので対等の立場だが、高校外に出れば、圧倒的に流月の方が立場が上。
そういう場面を今まで多くの上流社会のパーティーで見てきたからこそ、彩雪音は反抗心と向上心の塊となったのだ。
ガラガラと崩れてゆく、上条財閥後継者の有力候補としての自身の立場。
流月と親しいことも、それを補うものであったのだが......
ひとしきり涙を流し終えると、
「あの女、絶対許すまじ」
険しい表情で大きく呟くと、悔しさを出入り口ドアに叩き付け、
『バタン』
という轟音と共に部屋を出て行ったのであった。
「また始まったか~。 相変わらずここの生徒達は」
鏡水は学食に入ると、食堂内に居る生徒の大半からの嫌な視線に気付く。
1学期と違って、一部の授業に参加出来なくなったので、先にお昼を食べようと一人で来たのだ。
とりあえず、適当に見繕って支払い。
『もしかしたら......』
と決済カードが使えないかもと思ったが、問題なく使えたので一安心。
空いている席に座ろうとしたところ、近くに座って食べていた生徒達の大半が場所を移動。
避けられているのが露骨に分かる行動を取られてしまう。
「は~~。 面倒~」
思わず溜息をついてから、食べ始める。
つまらなそうにフォークで食材を突っついていると、突然、
「隣に座っても宜しいかしら?」
その言葉に視線を上げると、目の前に見知った女子高生が彼氏連れで立っていたのだ。
璃月流月であった。
「誰も居ないし、どうぞ」
少し警戒心を持ちつつ、承諾した鏡水。
すると、多くの席が空いているにもかかわらず、真横に座る。
『疎遠な間柄だし、ちょっと近すぎる』
と思い、少し席を横にずらして座り直したが、流月はお構いなしに寄って来る。
その後、無言で学食を頬張り始めた鏡水の横顔をじ~っと見詰めているのだ。
その好奇心溢れる視線に負けた鏡水。
先に口を開く。
「何か質問があるみたいですから、どうぞ」
と。
それに対し、満面の笑みの流月。
「流石、莉音様が選ばれた方だと思いまして......もちろん、美しい容貌でいらっしゃるってことです」
「はあ......」
予想外の褒め言葉に緊張が解けた鏡水。
「では、単刀直入にお尋ねします」
少し大きな声での質問。
流月の隣に居る斯波田上弦が、
『周囲に聞こえているぞ』
と、流月の脇を突っついて合図し、声のトーンを下げるように促す。
「これは失礼を。 ちょっと興奮し過ぎちゃいました」
そう答える流月は、茶目っ気たっぷり。
少しドジなのは癖みたいなものだと莉音から聞いていたので聞き流す。
「で......」
「はい?」
「莉音様とは......」
「ええ」
ズカズカ言いたいことをいうタイプなのだが、かなり質問しにくそうな流月。
そこで鏡水は、
「遠慮なく」
と言い、更に促す。
「ええっと~、莉音様との肉体関係みたいのは......」
その質問に思わず吹き出す鏡水。
それが聞きたくて直ぐ側に来たのだと漸く理解出来たのだ。
「ありますよ」
「1回?」
「いいえ、逢う機会があれば、ですかね......」
その答えを聞き、真っ赤になったのは流月。
そして、思わぬことを言い出す。
「この不肖、璃月流月。 一門の益々の発展の為に、九堂さんのことを全力で応援したいと思っております。 何かあれば、先ずは流月めにご相談を」
その申し出に、めちゃくちゃ苦笑いで反応する鏡水。
言いたいことを言い終えた流月。
凄く満足そうで、しかも彩雪音に従わないと決めた自身の判断が間違っていなかったと、妙にニコニコ。
「食事の邪魔になっているよ。 九堂さんゴメンね~。 流月は思い立ったら止まらない子だからさ」
上弦のフォローを受け、食事の邪魔をしていることに漸く気付いた流月。
「これは失礼致しました。 では、よろしくお願いいたします」
何度も頭を下げながら、学食を出て行く姿に他の生徒達は驚きを隠せない。
そして、迷いが生じる。
『上条彩雪音に従うべきか、それとも璃月流月の独自路線に乗るべきか』
と。
学食内はザワザワ、ガヤガヤ。
一人の生徒を無視するなんて、実にくだらないことだが、そんなことの是非の討論があちらこちらで始まったことに、鏡水は呆れてしまう。
ただ、権力を持つ人間に対して、弱いのも人の性。
このような苦しい時代に、二大財閥の方針が真逆になった時、どう判断すべきか。
そんな問い掛けを生徒達にしているのだったら、こんなことも有りかなと皮肉に感じる。
鏡水は色々な思索をしつつ、食事を終え、席を立って教場に戻るのだった。
結局、流月が彩雪音の出した方針に従わないことを公然と行動で示したことが大きな波紋となり、ほぼ全校生徒が鏡水を無視して精神的でダメージを与えるという陰湿なやり方は、効果が無かったのであった。
そもそも鏡水が、条月大進学を求めていない唯一の生徒である以上、効果が薄いのは当然であるのだが、そうした冷静な判断が出来ない程に彩雪音の視野は狭くなっていた。
いくら財閥一族に連なる人物であっても当主で無い以上、振るう権力には限度があり、彩雪音の知性面の低下が招いた必然の結果であった。
「くっそ~、ルナ(流月)のせいで......」
ただでさえ、進学試験が間近に迫り、自分自身の勉学で手一杯の生徒達が大半のこの時期。
自身は成績優秀で、条月大の希望学部に進学出来る筈だと余裕綽々の彩雪音には、他の生徒達の考えや気持ちの理解が出来なくなっていた。
だから、あまりの悔しさに、ずっと臍を噛んでいる状態。
「こうなったら......」
ついに彩雪音は鏡水への実力行使を考え始めてしまう。
これが自身の破滅への道だったとしても、お祖父様の失望を買ったのだから、早い段階で一矢報いておかねば、上条財閥の当主になる道も完全に絶たれる。
父は『売女の穢らわしい子』だと本妻筋の一族から揶揄され、社長の地位にはあるものの、社員から尊敬されるような経営者としての凄腕は無いので、蔭では『所詮、妾の子』と馬鹿にされている。
そんな人生は嫌だと、常に人並み以上の努力を重ねてきた彩雪音。
だが、これまでの努力が全て無駄になったような感覚に囚われ過ぎており、直ぐ短絡的な思考に繋がってしまう程、自身の成功には、莉音との恋人関係が必要不可欠だと思い詰めていたのであった。
そして、チャンスが巡って来た。
少なくとも彩雪音はそう考えた。
それは、一般教養用の大教場において、流月が鏡水にウザ絡みしつつ話し掛けていた内容を盗み聞きしたことで知った機会であった。
「鏡水様~」
急に『様』付けされるようになり、迷惑そうな水。
「ルナさん、私に『様』付けは必要無いですから」
「では、九堂様~」
「それでは変わっていないでしょ?」
「そんな些事は横に置きましょう。 で、一つ確認なのですが、明日のパーティー。 出席されるのでしょうか?」
その質問の返答に、少し間が空く水。
莉音からの確認に返事をしていなかったのを思い出したからだ。
「どうしようかと迷っているのです」
「では、是非御出席を。 私めも是非鏡水様と御学友として御一緒のところを皆様にお披露目したくて」
「『御』を付け過ぎのようですが......」
「そうかもしれませんが、そんな些細な指摘はせず、是非是非」
「う~ん」
「ぜぜぜ是非是非是非」
そんなやり取りに、鏡水は根負け。
流月に出席を約束していたのだった。
『私のところに招待状が来ていないパーティー。 これこそがあの九堂のしたり顔に、死ぬまで消えることの無い大きな傷を付けてやる大チャンスね』
授業終了後、他の生徒達とは異なる豪奢な上条財閥一族生徒専用の居室で寛ぎながら、計画を練る。
あらゆるモノが揃っていて、もはや寮と呼べる代物では無く、好きな時に専属調理人の極旨料理が毎日味わえるので、食堂に行く必要も無い。
こうした特別扱いはあくまで上条一族のみ。
あの流月ですら、普通の学生寮で暮らしているのだ。
しかも、本来一族として扱われるのは、正室の血筋のみ。
彩雪音の祖母は妾と雖も、本邸宅の敷地内で現在も暮らしているが、彼女の子孫で初めてこの特別室の使用を認められたのが彩雪音であった。
それだけ、傍系期待の星であるという訳だ。
先ずは、パーティーに関する情報を収集。
すると、璃月財閥の関係者だけが招待された中規模のパーティーで、開催場所は非財閥系国内企業が運営する高級ホテル。
開催理由は、このホテルの親会社と璃月財閥の業務提携を記念してのものらしい。
『これだけ見事に条件が揃ったものはなかなか無いわね~。 莉音や流月が出席するようなパーティーには大概上条財閥も絡んでいるから』
自身に疑いの目が向くようなことは絶対にあってはならない。
ただ、莉音が出席しなければ、鏡水は絶対に出席しない。
そうなると条件がかなり限られ、チャンスは滅多に無い。
通常であれば、数年に1回あるかないかと言ったところだろうが、今回は計画を立て始めてから、僅か半月で機会がやって来たのだ。
『まだ婚約は正式発表されていない。 どうも鏡水の卒業を待って発表するらしいから、今回が最初で最後ってことになる』
そう考えを纏めると、あえて声にしてみる。
「やるなら今よ」
言葉にして、ついに意を決した彩雪音。
事前準備で相手方とやり取りしてきた手順に従い、行動に移す。
要人の暗殺や誘拐専門の、海外系アングラ組織に一度限りしか使えない連絡アプリを使って極秘連絡を入れ、先ずは約束の手付金を支払う。
続いて、ターゲットについての指示を出す。
これで準備は完了。
金さえあれば、成功失敗はともかく、画面を数回タッチするだけで、憎むターゲットを襲わせることなど朝飯前の時代なのだ。
しかも、身元は一切バレることが無いと聞く。
『さて、後は貴女の運次第。 九堂、幸せな時間もあと一日よ。 それと私を裏切った流月。 貴女も道連れにしてあげる』
言葉に出さず、心の内で喋り終えると、笑いが止まらなくなる。
「うふふふ......はははは......ワハハハ・・・・・・」




