第32話(能力の制御に成功?)
それからの1週間。
鏡水はなるべく自然体で過ごすよう心掛けていた。
変に意識することが、身の回りの水にエネルギーを与えてしまうことに気付いたからだ。
ただ、
『自然体というモノが意外と難しい、だから達人達は修行をするんだ』
ということも何となく理解出来たのだった。
「水~~」
週の半ばに入ると、帰宅した莉音が鏡水の体を求めてくるようになる。
それに対し、怪我をさせてしまうかもと最初は拒否をしていたが......
「常に自然体で居ることを会得するには、僕と愛し合うのが一番だよ」
そんな甘言で鏡水の心を惑わしてくる。
やがて、やはり受け容れるように......
それは、やっぱり莉音が好きだからであった。
最初は、鏡水が色々な反応をする度にエネルギーを与えられた水玉が莉音に襲いかかったが、莉音の方は気にする様子も無い。
少々の流血も想定内だと、そういう感じ。
そのうち、余計なことを意識しなくなる。
結果的に、水を扱うことに関して相当上達したのだった。
「はあ~~~、それで?」
金曜日の夜。
条月大付属高から、北の大地の自宅に戻って来た潮音。
先ずは、あちらこちらに絆創膏を貼っている息子の姿を見て理由を聞き、めちゃくちゃ呆れていた。
「だいぶ成長した筈だよ、鏡水は」
少し自慢気な表情。
対照的に恥ずかしそうな鏡水。
「ここに居たら、何れそういうことをするだろうとは思っていたけど、暇さえ有れば三日三晩ずっとシてたの?」
小さく頷く鏡水。
潮音はその姿を見て笑い出してしまう。
「莉音。 体が頑丈なのは重々分かっているけど、怪我だらけになるのは良くないわ。 ただでさえ、大火傷したばかりなのだし」
母親として、ちょっとだけ心配している。
それは、レヴが子供を産めたのは奇跡的な確率であり、寿命等何もわからない手探り状態だからだ。
「かすり傷だし、心配要らないよ」
「逆にそれだから心配なの。 貴方は重傷ならば直ぐ治るけど、小さい傷は普通の人間と殆ど変わらないでしょ?治る期間」
「う~ん、まあ、そういう見方も出来るね」
「そうなのですか?」
初めて聞く話に驚く鏡水。
あの大火傷が簡単に治ったから、小さな水玉が擦った位の傷ならば、全然影響無いと思い込んでいたからだ。
鏡水が動揺しているのを見詰めながら、
「余計なこと言わないでよ、大御所様」
あえて潮音が嫌がる呼称で抗議する莉音。
「莉音が良いのならば、これ以上忠告しないけど......そうだ、早速成果を確認しましょうかね~」
一瞬ニヤリとした潮音。
有無を言わさず鏡水は、そのまま潮音専用温泉に連れて行かれるのだった。
「想定以上に制御出来ているわ~。 ほんとびっくり」
潮音は浴槽内で鏡水の体を弄くり回してみたが、数日前のように、無数の水玉になって鏡水を防護しようという状況にはならず、普通に温泉に浸かれていた。
「ほりゃ~」
「きゃあ~~」
「これでどうだ!」
「ふにゃっ~、擽ったいから止めて~~」
風呂場内に響き渡る鏡水の悲鳴。
だが、それでも浴槽内のお湯に大きな変化は見られない。
「莉音の言った通りだった。 怪我の功名っていう奴だわ」
潮音も感心するほどの鏡水の制御力。
「じゃあ、自身の周囲に水の防護壁を作ってみて?」
その指示に、手を翳してイメージを浮かべる。
すると、人より一回り大きい長方形の壁が作られた。
「あら、概ね思い通りに出来ているんじゃない? 問題は耐久力だけど」
超短期間での向上に、素直な拍手を送った後、その壁に向けて潮音は、弾丸状の水玉を作り攻撃。
しかし、壁の中に水の弾丸が吸い込まれるだけで突破出来ない。
「やるわね~。 じゃあ、これはどう?」
そう言いながら、近くにあった石鹸を細かくして水の壁にぶつけてみる。
今度は、水の壁の表面が泡立ったものの、やはり貫通出来ない。
「へえ~~、こういう風になるんだ~」
妙に感心する潮音。
弾くのでは無く、吸収して対応することが意外であったからだ。
「こういう防御の仕方も有るのね~。 鏡水の考え方が反映されているみたい」
泡だらけになった温泉を見て、石鹸を使ったことをちょっと後悔しつつも、合格点を出した潮音。
週末まで、大自然に触れながら、親和性をより高めるよう、指示を出すのであった。
一方、その後の莉音は潮音から怒られていた。
財閥の仕事そっちのけで、鏡水と過ごす時間確保を優先していたのがバレたのだ。
「全く。 貴方がこういう行動に出たのは記憶に無いんだけど、そんな一面を隠し持っていたの?」
「いやいや、鏡水のことが心配だったからだよ」
「それって、どういう意味?」
「条月大付属高から転校しないことが、僕としては気に入らない」
「付属高には私も居るのだし、基本的に心配要らないよね?」
「あの学校は、僕の影響力の及ばない部分が多すぎる。 国防軍や上条財閥といった大きな力を持つ他者の思惑がかなり気になってさ。 鏡水には早く自身のことを一人で守れる圧倒的な力を発揮して欲しいんだ」
理由を話す莉音の表情には、穏やかさと愛情が隠っている。
潮音は母として、そんな顔をする一人息子を初めて見たような気がしていた。
「あまり過保護になりすぎても良くないわよ。 鏡水の成長を止めてしまうことにもなるから」
「だから転校を強制しなかった。 その代わりが今回っていう訳」
「莉音の思惑通り、鏡水は能力に目覚めつつある。 これなら少しは安心?」
「......」
潮音の確認にも莉音の表情は曇ったまま。
潜在能力が完全解放されれば、他者を圧倒出来るだけのポテンシャルが鏡水にはあるので安心出来る。
しかし現状、石音や幼楓にだいぶ劣っているのは、優しすぎる鏡水の性格が原因だと莉音は分析していた。
焔村が処分されたことを自身にも大きな責任があると、未だに鏡水は自身を責めているのだから......
その後の莉音は土日出勤となってしまい、首都にある本社オフィスで缶詰めする羽目に。
鏡水の為に割いた時間のツケを払う為、財閥当主として決裁せねばならない山のような案件処理に忙殺されてしまったからだ。
それで、鏡水が潮音と共に北の大地の自宅から帰校する際の見送りは出来なかったのであった。
ただ、代わりに潮音が仕上げの突貫工事をしたこともあって、九日前に来た時とは見違える程、特別な能力を発揮出来るようになっていた。
「潮音ちゃん、ありがとう」
「どういたしまして」
「少しは役に立てるでしょうか?」
「それって、莉音の為にってことよね」
「私には水を自在に扱える能力以外、何の取り柄もありませんから......」
「そんなに思い詰める必要なんて無いわ。 莉音が貴女を選んだのだから。 あの突然の襲撃での大火傷後、鏡水の見せた優しさに惚れ込んだってことよ」
「でも......」
「もう少し、自分に自信を持ちなさい。 貴女は必ず財閥当主の護衛責任者にもなれる能力の持ち主なのだから」
「ありがとう......」
「甘えん坊さんね~。 よしよし」
帰りの高速列車内で、そんな会話を交わす二人。
無人の専用特別列車なので、他者は居ない。
そんな場所だからこそ天涯孤独な鏡水も、この世で唯一甘えられる母のような存在の潮音に大泣きの姿を見せることが出来るのだった。
「お帰り~」
夜もだいぶ遅くなってしまったが、首都からは大御所様用の高速ヘリに同乗して、寮の部屋に戻った鏡水。
すると、部屋の電気を点ける前に壁の中から急に石音の顔が出て来て挨拶をしたので、
『お化け』
が出たと勘違い。
驚き過ぎて、固まっていた。
そんな鏡水の頬を、壁から出て指先でツンツン。
背伸びしながらでないと届かないのが不満そうな石音。
「ただいま」
我を取り戻した鏡水がようやく返事をしたので、笑顔を見せる。
「はい、ノート」
「ありがとう」
「1週間の遅れは取り戻すの大変ですぞ、姫」
高3も二学期に入り、条月大の付属高とはいえ、エスカレーター式の大学進学にも厳しい関門があるので、この時期の生徒達は必死だ。
授業の進みも早く、三年間の総合成績やクラス別の成績だけではなく、大学進学の成績に追加で加味される部内の第一次進学テストが二学期末に実施されるので、1週間休んだことは致命的になりかねない。
ただ鏡水は、国防軍が関係する条月大の学部には進学出来ないし、その他の学部に入るつもりも無かったので、特に危機感は持っていない。
「石音が私を待っていたっていうことは、何か心配事が発生したのかな?」
「そうよ」
「誰の件で?」
「水よ」
「私?」
「そう」
石音は説明をしながら、鏡水の部屋全体の組成を変更。
傍聴されないように気を付けているのだ。
「貸与されている携帯型端末でやり取りしたら、全部筒抜けでしょ?」
「誰に?」
「軍と財閥によ」
「......」
この時点では、石音は警戒し過ぎだと思った鏡水。
ただ、話の続きを聞き、一抹の不安を抱いてしまう。
「水が学校を休んだ理由を方々に嗅ぎ回っている人が居たのよ。 この学校は全寮制で病欠以外休めないし、外泊も出来ないのだから」
「誰」
「上条彩雪音」
「私のことをよね?」
「今まで色々なトラブルが有ったので、幼楓が風の能力を使って、学校内の情勢を把握するようにしているの。 そうしたらその網に引っ掛かったのが、あのお嬢様」
「そうなんだ」
「名前を聞けば、理由分かる?」
「莉音さんとの関係だね......」
「私もそう思う」
「気を付けなさいってことだよね?」
「莉音さんの大火傷って完治?」
全てに聡い石音の質問。
本来ならば瀕死の重傷なのに、そこまでの対応をしない潮音等の当時の周囲の反応から、莉音の大火傷が一時的な現象に過ぎないと見抜いていたのだ。
それに頷く鏡水。
「何処かで見掛けて、以前のままだと知ったのでしょう。 心当たりは?」
「......この間、首都で行われた竣工記念パーティーかな?」
「そういう訳で、この部屋にはきっと盗聴器が設置されているわよ。 貴女が不在だったから間違いなく」
「......」
「端末は?」
「貸与品は軍に返還して、今は莉音さんから携帯端末を貰って使っているの」
「それなら大丈夫そうね」
「ありがとう、石音。 心配してくれて」
「どういたしまして」
「随分遅いのにゴメンね。 おやすみ~」
「おやすみ、水」
時計を見ると、既に日付が変わった頃合いだった。
寝る前の挨拶を終えると、石音は自分の部屋に戻る。
静けさが戻った寮の部屋。
「盗聴か......」
小声で呟くと、石音が帰り際に手渡してくれた画鋲のような物を凝視した後、自身の能力で密閉チップの内部に水を注入し、機能を停止させる。
石音によると、部屋の組成を変えた時に発見した異物ということであった......
翌朝。
1週間ぶりに教場に入った鏡水。
「九堂おはよう」
「おはよう~」
旧傭兵Aコースの5人は、突然の休みにも何が有ったのか一切質問せず、いつもと変わりの無い挨拶をしてくれる。
それに対し、鏡水もいつも通りの返事。
そのまま後ろの席に座り、最前列に座る7人の様子を見守る。
季節は秋に入り、7人は早めに教場に来て、自習をしていたのだ。
一学期には見られなかったような景色。
少し学校から離れたことで、今まで見えなかったものが見えてきたような気もする。
『私も自分の進路を真剣に考えないと......』
この年の春に、仮死状態より数十年ぶりに目覚めさせられてから、色々な出来事が有った。
特別な能力を持つ他の3人との友情。
特殊な厳しい学校で出会った多くのライバル達。
嫌がらせみたいなことも有ったけど、逆に団結が強くなった生徒が何人も居る。
そして、永遠の別れも経験。
夏休みに、同じ異能者のうち二人が突如戦場に駆り出されたことは非常に大きな衝撃を受けた。
そうした出来事のうち、鏡水にとって最も大事な出来事は、潮音・莉音との出逢い。
情勢の急減な変化で、軍属で無くなった鏡水の今後の人生は、莉音・潮音親子との関わりが非常に大きくなるであろう。
それにより、この学校に居る多くの生徒達とは異なる、尋常でない人生を歩まねばならない。
次の一歩をどうすべきか?
普通に生きたかったな。
進学に悩んで、人間関係に悩んで、オシャレして、恋をして、就職活動に悩んで、いずれは結婚とか、そんな人生を。
特別な能力を持たされてしまった以上は、石音や幼楓やこの場に居る仲間達と切磋琢磨しながら、戦場に出るのも有りだった。
でも、これからはただ一人だけ、異なる人生を歩まねばならない。
孤独な人生になるだろう。
九堂鏡水は後方の席から周囲を見渡しつつ、そんな思索に耽るのであった......




