僕は私。Ⅶ
凄い男前。
ほんとに女なのか、という疑惑は履いているスカートが如実に物語っていた。
彼女の周りを囲んだ人たちも、自分を着飾っていて派手な装いの人たちばかりだ。
彼女自身が輝いているかのように存在を主張していて目を引くばかりなので、視線は其方に移った。
視線攻撃という心理的にダメージを受ける攻撃から逃れることが出来たと、
ホッと息をついたのも束の間、彼女はその鼻筋の通ったくっきりした顔を僕に向けた。
「――おや?彦都じゃないか。
どうしたんだい。こんな朝から広間にいるなんて、珍しいね?」
ぎゃあっ。
知らず知らずのうちに抜け出そうと画策していたのに、丸ごと潰されてしまった。株の大暴落である。
しかも、なんだその妙に友好的な態度。
こちとら他人だぞ。君のことを何も知らない赤の他人なんだからな!
心の叫びも虚しく、先輩は群集の向こうからこっちに向かっているようだ。
―どうやら中性的な先輩は夕日ちゃんの知り合いらしい。
夕日ちゃんの日記帳には載ってなかったような気がするが…、もしかしたら見落としているのかもしれない。
帰ったら黒ツインテと中性的な先輩を調べる、と心の中でメモを取っておく。
そんな心の動きを見せた間に、先輩は目の前で微笑んでいた。
…あれ?
デジャヴ?
微笑みが眩しい。
隣国の王子だと紹介されたら、間違いなく信じてしまいそうだ。
隣国の王子って所がポイントだ。
何故自国の王子ではないのか。
それは何か腹黒さを感じさせる笑顔をしているからだ。
―奴は危険ですよー。腹に一物を抱えてますからねー。
脳内司会者がいつものような軽い調子から一転、ニュース司会者のような真面目さを醸し出していた。
緞帳の脇から。
幕引きは先ほど済ませたばっかりなので、降りてしまった幕の脇からひょいと顔だけ出しているのだ。
…顔、変わってね?
少し見ない間に痩せたね、ぐらいの変化なんて生ぬるいと思うぐらいの劇的な変化。
前は見るに耐えない顔だったのにっ…!
徐々に人、多分青年に近づいている脳内司会者の進化ぶりを認めたくなくて、つい憎まれ口を叩く。
―でも、何で変化してるの?
純粋な疑問だった。
脳内司会者はさも当然そうに胸を張って、―といっても首から下は緞帳の中に隠れているが、
変化というよりも成長ですかねー。
そりゃあもう凄まじい成長ぶりで…、
ぶつりと映像が切れたみたいに暗くなって、脳内にいた司会者が見えなくなった。
何をやってるんだか。
僕はドジっこは既にいたな、と面白く思いながら、漸く現実に意識を戻した。
先輩が何かを言っていたようだが、
僕が脳内司会者とコンタクトをとっている間のことだったので、唇が動いていたぐらいしか記憶にない。
「…、…それで、…って、聞いてるのかな?」
先輩は少し訝しそうに顔を覗き込んできた。
「聞いてますよ、先輩。
それより、部屋に戻りたいんですが。」
それを聞いた途端、先輩は笑い出した。
「あはっ、あはははははっ、君、ほんといいよね。
僕に何の関心もないところとか、飄々として凛とした強さを持っているところとか。
僕が話し掛けても基本的に無視するしね?」
―知り合いじゃなかったんかい。
とは言っても、夕日ちゃん、無視するのは良くないよ!
こんな面倒くさそうな先輩と関わりたくないのは確かに納得出来るけどっ。
それよりも早く部屋に戻りたい、切実に。
先輩が僕に話し掛けてきた時でさえ、周りの女子たちは睨んできていたというのに、
さっきの部屋に帰る発言をした時からはそんな視線と比にならないくらい苛烈さを増した視線攻撃が僕に押し寄せていた。
じりじりとにじり寄ってくるように感じる取り巻きたち。
僕も心は既に何歩も後ろに後退していた。
そんな膠着状態を破ったのはまたもや先輩だった。
「彦都、今度はお茶会の参加をしてくれると信じているよ?
…じゃあ、またね。」
そう言い残して彼女は去っていった。
台風が通り過ぎたような心情だ。
僕は部屋に帰って、昨日コンビニで買っておいた一個350円のパンを頬張りながら、日記帳を開いていた。
―あ、あった。
黒ツインテは載ってなかったが、先輩は載っていた。
どうやら学園でも有名人らしい。
いや、あの様子なら納得がいくけど。
要注意人物欄に写真つきで載っていた。
昨日は此処まで見なかったもんなぁ、と反省しながら、先輩プロフィールを見ていく。
二宮 聖
“学園で5番目に危ない奴。情報収集に長けていて、人の弱みを握るのが得意。常に女子の取り巻きをつけていて、まるで王子のように振る舞う。こいつのファンクラブの総称がアリスのお茶会。狂ってると錯覚するほどに取り巻きたちは攻撃的だから注意。私はお茶会に毎回誘われているけど、毎回断っています。
最後に、こいつに関わるとろくなことが無いので止めておいた方がいいですよ。”
と、かかれていた。
…うわぁ。
お茶会って王子のファンクラブのことだったのか。
道理で断るわけだ。
そのページにはお茶会の招待状と思しき銀色の薄いカードが挟まっていた。
そこには(アリスのお茶会)と彫られていて、精巧な造りになっている。
手にしたカードを眺めながら、初日から面倒ごとに関わってしまったと、思わず溜め息をついた。
あれが要注意人物の5番目だというなら、あと4人もっと怖いのがいるということに思い当たって、身震いした。
―何かこの学園、凄く面倒くさいような…。
つい先ほどジョギングの時に意気込んだと言うのに、今は少し気分が沈んでいた。
―まぁ、でも、僕なら頑張れるよ。多分。
この日記帳だってあることだし。
攻略本を持っているかのようなもんだよな。
主な登場人物に会いに行く。
今はそれだけを目的として動こう。
そう思い直してから、鏡を見ながら冬用の制服を着て、部屋をあとにした。




