僕は私。Ⅵ
ジョギングから戻った僕を迎えたのは、黒髪ツインテールに白いリボンを付けた少女だった。
僕は汗を吹きながら、乱れた息を整えていた時、少女を見つけたのだ。
最初に感じたのは、超可愛ええぇぇ!だったのだが、今はちょっと違ってきている。
―何なのあの子、恐ろしい子!
さっきから背中に突き刺さるような視線を感じるのだ。
ちらちら僕が少女を見る度に、恨みでもこもってんじゃないかってくらいの鋭い眼光に射抜かれて、僕の少女に話し掛けるという勇気はガリガリと削られていた。
やばい。やばいよ。
僕は削られゆくライフポイントを切実に感じながら、頭をフル回転させていた。
夕日ちゃん学校で恨まれてたの!?
もしや夕日ちゃん、彼氏奪っちゃった?
―夕日ちゃんの容姿は筆舌しがたいほどの和風美人だ。
おしとやかそうな外見、薄い紅色の小さな唇、柔らかな顔立ち、黒くなまめかしく光り輝くさらさらの髪の毛。
笑うとえくぼが出たよ!
そして、なんと言っても、控えめに見えて出るところは出ている身体!
なんと浴衣が似合いそうな美人なんだろう、と鏡に見とれたのは昨夜のことだ。
まあ、彼氏を奪っちゃったならしょうがないよ!
少女も十分に可愛いけど、夕日ちゃんだとタイプが違う上に、少し分が悪いしね。
正直言って、どちらも美人なんだが。
なんてことを考えていると、カツカツとローファーを床で鳴らしながら、少女が近づいてきた。
ツインテが揺れて、白いリボンが舞う。
夕日ちゃんが高い身長だからなのか、少女の小さめな身長は近く度により小さく思えた。
…140ぐらいかなあ。
僕はと言うと。
突然動き出した少女に驚いて、逃げようにも足がすくんで動かないのだ。
僕は心の何気ない声が少女に聞こえてしまったかのように思えて、
夕日ちゃんの方が可愛いとか言ってごめんなさい!
でも事実なんです!
心の中で少し失礼な事を叫んでいた。
遂に少女が目の前まで来ていた。
乾ききった筈の汗が額から流れ落ちるような感覚がする。
近くまで来て改めて。猫みたいな少しつり目の、小動物みたいな可愛い少女は、間近で見ると魅力が倍増である。
全体的に小さいしっ、怖いと思った睨みつける目なんて、心なしか可愛く見えるしっ。
そんな少女に見つめられて、この僕が正気を保てるとお思いだろうか。
保てるわけないですよねー、と僕の脳内司会者が僕に同意するように言ってくる。
ええいっ、また出たなっ。
今回は首もとに蝶ネクタイをして、マイクを手に持って、如何にも司会者然としている。
前みたいな似非司会者風の装いとは大違いである。
訝しげに司会者を見ていると、
え?スーツ新しくしたの分かりますー?、なんて言った。
分かるかゴルァ。
もう黙れ、と司会者を壇上から引きずり下ろした。幕引きである。
短い現実逃避から帰ってきた僕。
遂に少女との戦いの火蓋がきって下ろされるのか…っ、と覚悟をしていると、少女の可愛らしい唇から声優もかくや、といったような、これまた可愛らしい声が発された。
「あ、あんたっ、昨日授業をサボったんですってね!
あ、有り得ないわっ、優等生にあるまじき失態よね!
体調はどうなのよっ、保健室で贅沢にも寝てたって聞いたんだからっ!」
…うわぁ。
怒涛に押し寄せた彼女の金切り声に近いのに不快感を与えない声は、僕の耳に早く届いた。
その間、彼女の顔は真っ赤である。
もう一度言おう。
林檎も顔負けの真っ赤っかである。
どこに彼女が照れる要素があったのかよく理解出来なかったが、彼女の白い肌には朱がさしていて、耳まで赤い。
思わずこっちが恥ずかしくなるほどだ。
もう一度うわぁ、と呟きながら、もしやこれがツンデレという存在ではないかと思い当たる。
ツンデレ!
現実にはあまり見かけない故にその貴重さが際立っている存在だ。
いたとしても、二次元だから許せる、みたいなツンデレが多い。
だから僕は感動した。
そして、可愛い少女に恨まれてないと判明して安堵しきった僕は、ツンデレには言ってはいけないことを思わず口走ってしまった。
「心配してくれたの…、してくれたんですか?
嬉しいです。ありがとうございます。」
にっこりと、微笑んだ。
次の瞬間、彼女の赤かった顔は更に赤みを帯び、湯気が出るのかと錯覚するほどになった。
彼女はツインテがぐしゃぐしゃになるのも気にとめず、勢いよく首を左右に振った。
其処まで否定しなくても…、と思うが、確かに失言だったなと後悔した。
ツンデレに本音を直球でぶつけてどうするよ。
そこは分からないふりをするべきだったのにっ…!
少女の可愛らしい声は震え、羞恥に震えているといった感じで、
「あなたっ、何をっ、私が心配?!
するわけないでしょ!!」
大声で、彼女にとっては精一杯の大きな声が寮の入り口に響き渡った。
周りからの視線が痛い。
皆が興味深そうに見てくる。
少女は叫んだ後に、はっ、とした顔になってから、僕の方を一瞥することもなく足早に去っていった。何て身軽なんだ。
小動物のように逃げ足が早い。
呆然としたまま取り残された僕。
自然と、皆の視線は僕に集まった。
黙り込んだ僕に追随するかのように静かになる広間。
さて、どうしたものか。
そこで、向こうからざわめきがやってきた。
ざわめきの正体は男のような格好良さを醸し出した、中性的な顔立ちの先輩だった。




