彼女は、Ⅷ
曇天が立ち込めて暗い影を落としている。
雨が彼女を急かすように強く降り注いで、彼女はより一層、足に力を入れる。
傘をさしているにもかかわらず、彼女の身体はずぶ濡れだ。
彼女の足は、踏み出す度に雨を吸い込んだ靴が音を立てる。
傘があるだけまだましだ。
彼女はそう感じていた。
何かをぐちゃぐちゃに織り交ぜたような色合いをした空は、彼女の嫌な未来を暗示しているようだった。
雨は更に強さを増している。
彼女が通ってついた雨の足跡は、すぐにかき消されていた。
住宅地の一角に高層マンションがそびえたつ。
雨の音が埋め尽くしてしまうほどに辺りは静寂に包まれていた。
彼女はマンションの中に入り込んだ。
彼女の目的地だ。
雨粒が張り付いた傘を折り畳んで、右腕にかけておく。
傘からは重力に従い水が滴っていた。
彼女はエレベーターに乗り、12階まで上がった。
マンションに入った時から彼女の全身は濡れそぼっていて、上に羽織った黒いパーカーは水を吸い込み重くなっていた。
艶やかに輝く髪の毛は濡れて顔に張り付き、
いつもの隙がない完璧な彼女は、どこにも見られない。
水が滴ることで、普段はないような彼女の妖艶さが際立って、彼女は息を呑むほどに美しい。
エレベーターから降り、灰色の単一な廊下を進むたびに床が濡れていく。
彼女が通った後は、ぬれたことにより色が変わっている。
彼女は気休め程度に、と取り出した、一緒に濡れてしまっているタオルで顔や髪の雫を拭った。
歩くこと少し。
ようやく彼女はとある扉の前にたどり着いた。
彼女は少し躊躇う素振りをしてから、チャイムを鳴らした。
「入れ。」
彼女を迎え入れた扉の前では、彼女から滴り落ちた雫が床を黒く染め上げていた。




