第032話 魔王の盾、勇者の剣
ミロが床を踏んだ。広場の石畳から、透明な刃が四本突き出す。
「うおっ!」
ハトは尻もちをついた。さっきまで爪先があった場所に、白い刃が立っている。ナユエが彼の襟をつかみ、力任せに後ろへ引いた。
「ハルトさん、前に出ちゃだめです!」
「出てない! 向こうから床が来た!」
ネサルが四本の間を駆けた。二本を尾で払い、残る二本を蹴り砕く。砕けた透明な欠片が赤い髪をかすめても、止まらない。ミロの腕へ手が届く。
「返しなさい。シェリザも、あの二人も」
ネサルの肘がミロの顎を打った。ミロは首を傾けてかわし、白い光を掌に集める。至近距離だ。ハトが叫ぶ前に、ネサルは尾をミロの手首へ巻きつけた。光が空へ逸れ、夕空を白く照らした。
「隊長、すげえ……!」
光はすぐ消えた。ネサルが腕を捻る。ミロの足元の宝石三粒を踏まないよう、彼女は踵だけで石畳を押した。
その一歩の慎重さを、ミロは見ていた。
「優しい方ですね。壊せない物のそばへ立つ」
ミロの壁がネサルと魔王たちの間へせり上がる。ネサルの尾がほどけた。彼女は壁を蹴って飛び退く。遅れて白い光が頬をかすめ、肩当ての表面を結晶に変えた。
「ネサル!」
魔王ベルダクが盾を壁へ叩きつけた。広場に鈍い音が響く。壁の中央へ亀裂が走った。魔王の靴が石畳を割り、一歩、もう一歩と前へ進む。
「余の兵を、余の目の前で奪えると思うな」
ミロは盾の向こうから笑みを返した。
「だからあなたが厄介なのです。捨てればよい者まで抱える」
ベルダクの額に血が流れた。盾を通して押し返されている。ハトの隣でナユエが杖を握り直した。
「ライフリバース!」
光が魔王の肩へ届く。ベルダクの膝が伸びた。
その盾の右脇から、アルディオが飛び込んだ。剣を振る。ミロの壁が刃を止める。アルディオは引かず、刃を立てて二度、三度と同じ亀裂を叩いた。
「あなたのやり方は、救いじゃない!」
「勇者なら分かるはずです。あなたが守った方も、明日には病み、老います」
「その明日を奪う権利は、ボクにもない!」
アルディオの四撃目で、透明な壁が割れた。白い破片が降る。ハトは思わず拳を握った。
だがミロは指を一本立てる。割れた壁の奥から、さらに薄い壁が現れた。剣先が止まり、アルディオの身体が前へ流れる。
「後ろ!」
ハトの声に、アルディオが振り向いた。ミロの左手から、白い光が飛ぶ。ベルダクの盾が横から割り込み、光を受けた。盾の端が砕け、魔王の腕に傷が走る。
「魔王!」
アルディオが初めて、ベルダクへ剣を向けずに叫んだ。魔王は歯を見せる。
「借り一つだ、勇者。返すならあれを斬れ」
「借りではありません。ボクは、ボクが守る人を守る」
「ならば同じ方を向いておる」
「今は、です」
二人はミロへ向き直った。並ぶと、ハトはなおさら自分が役に立たないのを感じた。あんな剣も盾も持っていない。けれど、ミロの足元には三人がいる。下手に突っ込めば助けたい人を踏む。
リッカがハトの横へしゃがんだ。
「ポッポ君。あの剣、さっき打った楔で次の一撃までは持つ。あとは使い手の腕次第」
「アルディオなら、やれる?」
「剣はね。ミロの壁を全部割れるかは、見てみなきゃ分かんない」
ハトは透明な壁を見た。ミロが腕を振るたび再生する。アルディオの剣、ベルダクの盾、ネサルの速さ。ひとつずつ当てると、次の一撃までに壁が戻ってしまう。
「一回だけ」とハトは言った。「三人の攻撃を続けて当てられないか。壁が戻る前に」
ベルダクが盾越しに振り向いた。アルディオも剣を引く。ネサルが頬の血を拭った。
「ハト君。ボクは前から行きます」
「それは分かる。あんた、どっから見ても前から行く人だもんな」
「ボクの美しさは横顔にもありますが」
「今は黙って壁を斬って!」
魔王ベルダクが盾を構え直した。ネサルは壁の左へ走る。ハトはサイネの宝石を守るよう上着を押さえ、ミロの両手から目を離さなかった。




