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第028話 偽物の避難者

「前から三人目って、毛布の男?」


「はい。支えられてる人は普通の人です。男の人だけ」


 ナユエは声を落とした。ハトも小さく頷く。前に人間の顔を信じて追いかけ、ネサルに止められたことがある。今度は逆に、関係のない人まで疑うわけにいかない。


 毛布の男は、隣の女性の肩を支えていた。女性は足を引きずり、買ったばかりの青菜を紙袋ごと抱えている。ハトが近づくと、男は親切そうに道を譲った。


「こちらの方を、先に。歩くのがつらそうで」


「ああ。じゃ、俺が椅子を持ってくる」


 ハトは男の顔を見たまま返事をした。言葉だけ聞けば、自分と同じことを考えている。


「ネサル」


 声をかけられた隊長は、ハトの視線とナユエの指先を追った。それだけで相手を決めつけず、部下に女性を別の椅子へ案内させる。


「座って。足を見せてください」


 女性が部下に支えられて離れる。男は一緒について行こうとして、彼女の腕を強く引いた。青菜が一束、袋から落ちる。女性が顔をしかめても、男は手を緩めなかった。ネサルが二人の間に立つ。


「あなたは少し話を」


「こんな時にですか? 私が運ばないと、その方は」


「もう椅子に座ったわ。今は私の部下が付き添ってる」


 男は女性へ目をやった。たしかに介助は続いている。言い逃れの隙を探しているのか、次に出てきたのは別の言葉だった。


「魔王軍は、人間だけを呼び止めるんですね」


 列の後ろがざわついた。


「俺はこの人を助けてたんですよ。ここにいる方は見ていたでしょう」


 男は青菜の女性を指した。列の人が何人か頷く。肩を貸して歩いていたのは本当だ。ハトも見た。だから、今あの人たちが迷う気持ちは分かる。


 女性は椅子に座ったまま、掴まれた腕をさすった。


「助けてもらったよ。でも、さっきは離してって言っても離してくれなかった」


「転ばないようにしたんです」


「その時はもう座ってたよ」


 男は一瞬だけ彼女を見た。謝るより早く、後ろの人々へ向き直る。ハトの背中が冷えた。人助けをした事実を、別の誰かを押し留める口実に変えている。


「違う」とハトは言いかける。ネサルが先に、声を大きくした。


「列は進めて。足の悪い人は座っていい。誰もここに留めない」


 彼女は男だけを広場の端へ促した。連絡用の卓があり、シェリザが書類筒から紙を出している。銀縁眼鏡の奥の目が、男とハトを順に見た。


「人間側の連絡官、シェリザ・ドレフでございます。あなたのお名前を確認させてくださいまし」


「救護の名簿にありますよ」


 シェリザは出口の記録を開いた。


「この番号の方は、先ほどご家族と出口を通過済みですわ」


「戻ってきたんです」


「でしたら、出口の係が記した帰りの時刻を確認いたします」


「いちいち紙に書くんですか、こんな時まで」


「こんな時こそ、でございます」


 シェリザは紙を男へ向けたまま、空いている手で隣の係に出口の札を示した。相手の嘘を確かめる間も、住民を通す方は止めない。


 書面ではびくともしない。ところが、列へ向けて短く事情を説明しようとした途端、シェリザの声が詰まった。


「こちらの方につきましては、所定の……いえ、いったん、その、別の場所で……」


 ハトが横から言った。


「この人の名前だけ確かめてる。後ろの人は水をもらって、そのまま出口へ行って」


 シェリザは一拍置いて頷く。


「そうでございます。ハト様、今の言い方を後で教えてくださいまし」


「後でな! 今はこの人!」


 男の右手が毛布の下で動いた。


 ナユエがハトの袖を引く。


「ハルトさん、下がって」


「今度はちゃんと下がる!」


 ネサルが男の手首をつかんだ。毛布の内側から、小さな発煙筒と、錆びた留め金が落ちる。留め金には市場の日除けと同じ赤い縄の繊維が絡んでいた。煙が広がる前に、ネサルが発煙筒を靴で踏み消した。男は笑みを消し、ネサルの腕を振り払おうとする。頬の線が一瞬、粘土のように歪んだ。


「その金具、日除けの柱から抜いたのか」とハト。


 男は答えず、救護を受けている女性を見た。彼女が足をひねった場所は、倒れた柱のすぐ脇だ。


 ハトは息を止めた。前に路地で見た顔の崩れ方と同じだ。


 ネサルが男を卓の裏へ押し込む。衝立が立てられ、列からは男の顔が見えなくなった。ハトは、さっきまで親切そうに女性を支えていた腕を思い出した。シェリザがもう一度尋ねる。


「出口から戻られたのなら、どちらの係へ声をかけましたの?」


 男は答えない。つかまれた手首を見て、ようやく口角を上げた。


「救助が遅れますよ」


「あなたの隣にいた女性は、もう出口へ向かってる」とハト。


「そちらではありません」


 男が顎で示した先は、ミロのいる広場の奥だった。椅子が増え、そこへ人が集まっている。


 ハトの背筋が冷えた。男がさっき叫んだ声は、あちらの人たちにも届いている。


「市場で転ばせた人を、ミロの椅子まで運ぶつもりだったのか」


 男の口角が上がった。ハトは青菜を落とした女性の足を見た。あの人の痛みも、この男には道具なのか。


 出口側から別の声がした。


「魔王軍が人間の避難者を捕まえた! 勇者様を呼べ!」


 ハトが振り向く。声の主は見えない。けれど、人々が一斉に出口を見るより早く、シェリザが係へ手を上げた。


「通路を塞がないで。わたくしが人間側へ訂正を送りますわ」


 彼女は伝令に、自分の署名入りの紙を渡す。説明は短かった。


「人間の住民は出口へ通しております。確認中なのは一名だけ。これをアルディオ様へ」


 ハトは胸の結晶を押さえた。男はつかまった。列も動いている。それでも誤報は、人の足より速い。


 広場の向こうで、誰かが「アルディオ様が来る」と叫んだ。

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