第024話 魔王からの贈り物
翌朝、魔王城の廊下に呼び出されたハトは、まずネサルの腕を見た。
赤い髪の護衛隊長が、両腕いっぱいの布を抱えている。布の端には金糸。しかも彼女は、普段より少しうれしそうだ。
「逃げていいか」
「なぜだ」
「その『なぜだ』が本気だからだよ」
ネサルは返事の代わりに扉を開けた。玉座の前では、ベルダクが朝の日差しを浴びて待っていた。左右で色の違う上着に、肩から下がる金の房飾り。見慣れたはずの装いが、ネサルの抱えた包みのせいで嫌な予告に見える。
部屋の隅には大きな包み紙と、糸屑のついた裁縫箱が残っていた。出来合いの褒美を棚から出したわけではないらしい。ハトはその箱を見て、身構えた自分が少し気まずくなった。
「ハト。昨日、友好区でよく働いてくれた」
「皿を運んだだけですよ」
「落ちかけた者に声をかけ、荷を最後まで運んだと聞いた。働いた者には、形にして返すべきである」
王が頷く。ネサルが布を広げた。
濃紺のマントだった。襟に銀の留め具。表には細い縁飾りがあるだけで、驚くほど普通だ。
「……あれ。いいじゃないですか」
「であろう」
「いや、警戒したのは謝ります。これなら着て出られる」
ハトが肩へ掛けると、布は軽く、歩いても邪魔にならない。ネサルが留め具を直してくれた。鎧姿の彼女がすぐそばへ寄り、ハトは一瞬、言う予定だった礼を忘れた。
「似合っているぞ、ハト」
「あ、どうも」
そこへジャージ姿のナユエが飛び込んできた。白い髪リボンを揺らし、ハトの周りを半周する。
「ハルトさん、詰所で聞きました! 魔王様から、あの、えっと……特別なお召し物を!」
「無理に難しい言い方しなくていいから」
「マントです!」
「ほら言えた」
「わあ。ハルトさん、かっこいいです!」
「だろ? 俺も今ちょっと思った」
ネサルが留め具の最後のずれを直す。ハトは礼を言おうとして、また彼女の顔を見てしまった。ナユエの笑顔が一瞬だけ止まる。
「ハルトさん、こっちも見てください。ほれほれ~」
ナユエが横へ回り、ネサルの尾をつまんだ。
「んっ……や、やめろ……っ」
低い声が妙にしおらしくなった。ハトの視線が、たちまちそちらへ吸い寄せられる。
「ああ、いいぞ! ナユエ! ……いや、よくない! 隊長の尾だろ、それ!」
ナユエの頬がぷくっと膨らんだ。自分で見せておいて、その顔である。
「離して。勤務中よ」
「あっ。ごめんなさい!」
ナユエが手を放すと、ネサルは尾を背後へ寄せ、何事もなかったように留め具を確かめ直した。耳だけが赤い。
ハトは咳払いしてマントの襟を整えた。ネサルも何事もなかったように頷く。ベルダクは満足そうに腕を組む。
人はこういう時ほど、背中に気をつけた方がよい。
「せっかくだし鏡で見てくるか」
「うむ。ぜひ全身を見てくれ」
廊下の姿見まで行き、ハトは正面から角度を変えた。襟の形も悪くない。くるりと背を向ける。
鏡いっぱいに、褌一丁のベルダクが現れた。
「ぎゃああああああああっ!?」
振り返る。王は玉座の前で着衣のまま立っている。もう一度鏡を見る。褌の王が、布の上で拳を天へ突き上げている。
「なんで俺の背中で脱いでんですか!」
「余はここで脱いではおらぬ」
「見りゃ分かる! 刺繍の話です!」
肖像は金糸と赤糸で立体的に縫い込まれ、腹筋の陰影から褌の結び目まで、無駄に仕事が細かい。
「背に余がいれば、街でお前が困った時、誰の預かりか分かる。護符のようなものだ」
「護符に服着せましょうよ!」
「正装を再現したつもりなのだが」
「どこの正装!?」
ネサルが肖像の肩口を整えた。真剣な眼差しだ。
「陛下の威厳がよく出ている。職人も腕を上げたな」
「お前の目には何が見えてんだ」
「陛下だ」
「それは俺にも見えてるよ! 見えすぎてんの!」
ナユエまで胸の前で手を組んだ。
「ハルトさん、さっきから顔が赤いです。そんなにうれしいんですね」
「羞恥って言葉、転生手続きの研修で習わなかった?」
「照れてる!」
「違う!」
ハトが鏡の前で布を裏返そうとすると、ネサルがさっと襟を押さえた。
「刺繍のある方を内へ折ると、襟がよれる」
「俺はよれない方より見えない方が大事なの」
「陛下の肖像を皆に見てもらいたくないのか?」
「ネサル、今だけは俺の目を見ないでくれ。罪悪感が勝つ」
彼女は本当に不思議そうな顔をした。赤髪の下、褐色の頬に疑う色はない。ハトは一つも悪いことをしていないのに、叱られた子どもの気分になった。
ベルダクは、遠慮しているならなおさら着てほしい、と朗らかに言った。贈り物を受け取ったばかりの相手へ、目の前で「これ剥がします」とも言いづらい。ハトは留め具を外さないまま布を肩へ巻きつけ、肖像を内側へ隠した。
「……ちょっと街で用があるんで。行ってきます」
「うむ。風にひるむなよ」
「今いちばん怖いのが風になりました」
ナユエが同行すると言い出したが、彼女には午前の詰所当番が残っている。ハトは「一人で行ける」と手を振り、廊下を出た。仕立て屋に相談すれば、裏地でも足して隠せるかもしれない。王の気持ちは受け取って、王の半裸だけしまっておく。
去っていく背中を、ナユエは扉から見送った。ハトが布を押さえながら、小走りに角を曲がる。
「ハルトさん、あんなうれしそうに」
「足が速いな。喜びで走りだしたのか」とベルダク。
「喜びのあまり、人目につく前に逃げてるんですけど!」
ハトの声だけが角の向こうから返ってきた。三人は顔を見合わせ、ますますうれしそうだ、と頷いた。
城門でパイセンが水筒を振った。
「おい相棒。今日は風が強えぞ。帽子飛ばすなよ」
「帽子より大事なもん押さえてる」
「そうか。門から右の通り、いま荷車が詰まってる。左を行け」
「助かる、覆面パイセン」
ハトは肩の布を脇で抱え直し、左の坂を下りた。小さな毛玉のような魔物が一匹、門の外で尻尾を振っている。
「お前、また来たのか」
しゃがむと、毛玉が靴を舐めた。いつものことだ。魔物に好かれる加護のおかげで、野生の連中だけはやたらと懐く。
坂の下から、もう一匹走ってきた。
その後ろにも、何かいる。
「……今日は、団体さん?」
ハトはマントをぎゅっと抱いた。背中の王には気づかず、毛玉たちがそろって彼を見上げていた。




