第021話 ポッポ君、抱きしめるぞ
翌日の昼前。朝の仕事を終えたハトとナユエは、城下町へ出る門に向かっていた。シェリザからの伝言には『友好区の連絡所でお待ちしております』とある。
「昨日は俺を捜して終わったからな。今日はちゃんと依頼を聞こう」
「はいっ。わたしも行きます!」
ナユエはいつもの紺色のジャージで、白い羽根みたいな髪リボンを揺らした。意気込みだけなら、友好区の荷物を全部一人で運びそうである。
「ポッポ君!」
工房の扉からリッカが飛び出した。小柄な体で工具袋を肩にかけ、ハトの前に立つ。
「昨日は街まで探しに行かせてごめん。ヘルメットのことも、あたしが止められたらよかった」
「その話ならもうしただろ。作ったのはちゃんとした道具だったし、リッカのせいじゃないって」
「……まだ、あたしと普通に話してくれる?」
ハトは思わず笑った。
「そりゃ話すよ。次に俺の剣の手入れ頼む時、無言で差し出したら怖いだろ」
「そっか」
リッカの顔がぱっと明るくなる。工具袋を放り出し、両腕を広げた。
「ポッポ君!」
「え、なに、その間合い」
ぎゅっ。
メキメキメキ。
「しぬしぬじぬ゛……!! ……」
「よかったぁ。嫌われたかと思ったよ」
「リッカさん、離して! ハルトさんが板みたいに!」
ナユエに肩を叩かれ、リッカが慌てて腕をほどく。ハトは石畳へぺたりと座り、そのまま横に倒れた。胸のあたりから妙な音がしたような気がする。
「ポッポ君? あたし、ちょっと強かった?」
ハトはふわりと立ち上がった。倒れた時の胸の痛みが、嘘みたいに軽い。
『ちょっとを辞書で引いてこい……』
誰にも聞こえない。
「ライフリバース!」
リッカがハトの倒れた場所にしゃがみ込み、両腕で抱き起こす。ナユエがその腕の中へ手をかざした。淡い光がジャージの袖からこぼれ、リッカの肩から力が抜ける。ハトは二人の後ろから覗こうとしたが、リッカの背中が邪魔だった。
「息はあります。脈も……ある。ハルトさん、起きてください!」
「あたしが運ぶ。今度はそっと持つ」
ハトが二人の背中へ叫んだ。
『何が今度はだ! 俺、もう立ててるぞ!』
リッカが腕の中を庇いながら医務室へ走る。ナユエもその後を追った。
ハトは門の前に立ったまま、胸をさすった。もう痛くない。走り去る二人の背中に遮られて、リッカが何を抱えているのか見えなかった。
『あれ。回復したのに、置いてかれた?』
走り去る二人へ手を振った。ナユエは振り向かない。ハトは自分の服を見下ろした。さっきまで着ていたものと同じだ。ただ、袖の向こうに石畳の目地が透けている。
『待って! 俺、もう歩ける!』
門番が彼のいる場所を見もせず通り過ぎた。ハトは試しにその肩を叩く。指は鎧をすり抜けた。
『おいおいおい。今度は何やった、ナユエ。透明化か?』
返事はない。今回はナユエに頼んでもいない。ハトはそれが一番怖くなり、医務室へ急いだ。
途中、覆面のパイセンが水筒を持って廊下を歩いていた。
『パイセン! 俺、透明になった!』
パイセンは素通りした。
「相棒、今日は休みか。水筒、また忘れてんぞ」
『見えてないのに生活上の世話だけできるの、何!?』
パイセンは廊下のウォーターサーバーで水筒を満たし、蓋をきっちり締めた。ハトは横から手を伸ばす。持ち手に指が入るのに、重さがない。
『透明になった上に、物も持てないのか。俺の水筒なのに!』
パイセンは水筒を脇へ挟んで歩き出す。ハトも追いかけたが、閉まる扉の取っ手をつかみ損ね、そのまま板を通り抜けた。
『うおっ! ……便利、とは言いたくないな。帰れないと困るし』
廊下の向こうで、リッカが医務室の扉を開けるのが見えた。ようやく二人を見つけたハトは、そこへ駆け込んだ。
医務室で、ハトの体は清潔な寝台に寝かされていた。胸が上下している。ナユエはその傍らで両手を握りしめ、リッカは椅子に座って肩を落としている。
『俺が寝てる!? じゃあ今しゃべってる俺は何!?』
寝台の自分、透ける手、すり抜けた門番の鎧。ようやく全部がつながった。
『え? 幽体離脱? リッカのハグ、圧が強すぎて魂まで押し出したの!?』
ハトは寝台へ腰かけてみた。尻が布団を通り抜け、床へ沈みかける。
『うわっ。戻る方法、座るんじゃないのか』
次は寝ている自分と同じ向きに横たわった。顔を重ねる。鼻先まで入ったところで、ぱちん、と弾かれた。
『本人だよ! 入れてくれよ、俺の身体!』
ナユエが寝ているハトの手を握る。ハトはその上から自分の手を重ねた。ナユエには届かないが、彼女の手が温かいことだけは、なぜか分かった。
「治ってるのに、どうして起きないんですか」
「あたし、抱きしめるのも下手だったんだな」
リッカがいつもより小さく見えた。ハトは二人の間に割って入り、思い切り叫ぶ。
『起きてる! 俺はこっちで起きてる!』
何も届かない。ハトは自分の寝顔を覗き込んだ。
『……こいつ、寝てる場合かよ』
寝台の自分はすやすやと息をしていて、ちょっと腹が立った。
医務室の外へ出ると、城内の案内板が目に入った。『休憩室』『食堂』『大浴場』。最後の行の右に、『女湯』とある。
ハトは足を止めた。
『いや、ちょっと待て。俺、壁も人も通り抜けるのか?』
頭の中で、さっきまでの不安が一歩だけ脇へ寄った。
寄せてはいけないものを脇へ寄せた男が、女湯の矢印を見ている。




