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第020話 本人確認は頭で

「せーの!」


 最後の一回だけ男がふわりと浮き、ネサルの「そこまで」の号令で胴上げは終わった。


「ひゃあ、びっくりしたべ。オラ、かつら取り返してもらった上に、空まで飛んだど」


「空までって、肩の高さだよ」とリッカ。


「オラには十分高かったべ」


 男は胸に抱えていた灰色のかつらを見つめ、砂を払ってから、慣れた手つきで頭へ乗せる。


「よし。これでいつものオラだ」


 灰色の毛が頭頂を覆った。


 ナユエがぱちぱちとまばたきした。リッカとネサルも男の顔を見る。さっきから見えていた太い眉、丸い鼻、目尻の皺である。かつらが載った途端、三人の中でその顔が別人の顔になった。


「……あれ?」


「……ポッポ君?」


「違う」


 ネサルがはっきり言った。


「やっと!?」


 覆面のハトは思わず声を上げた。


「この方、ハルトさんじゃ……」とナユエ。


「オラ、ハルトって名じゃねえべ。さっきから言ってたど」


「言ってました!」


「何度も!」


「じゃあ、ハルトさんはどこに?」


 ハトが覆面を脱いだ。汗で張りついた布の下から、両脇と後ろにだけ髪の残る頭が現れる。


「ここ」


「ハルトさん!」


「ポッポ君!」


「ハト!」


 三人の目が一斉にハトへ向いた。あまりに迷いがない。


「お前ら俺の個人認識そこなの?」


「いや、顔も見てたよ」とリッカ。


「見てて間違えたの!?」


「頭が先に答えを出しちゃったんだよ」


「頭に判断させるな!」


 ネサルが人相描きを折りたたむ。


 ネサルがパイセンへ向き直った。


「ハトが覆面をかぶっていたとはな。そこの雑兵、おまえは知っていたのか」


「はい。途中で見つけました。言う前に本人が絵の回収をしたがって」


「一人にするなと言ったはずだ」


「俺がついてました」


「それは守っている。だが、知らせろ」


「すみません、隊長」


 パイセンが素直に頭を下げた。ハトも覆面を手に持ったまま、ネサルへ向き直る。


「俺が隠れたんだよ。パイセンは巻き込まれた。……さっきから違うって言おうともしたんだけどさ」


「顔は見た。だが頭を見た瞬間、そちらを信じた」


「顔を見た上でそれ!?」


 ネサルの尾が一度、足元を打った。護衛隊長として失敗したのが悔しいらしい。


「怪我がないなら、まずはよしとする。次に街へ飛び出す時は、私に行き先を言え」


「次もある前提?」


「おまえとナユエなら、ある」


「否定できねえ……」


 ナユエがハトの頭と男のかつらを交互に見る。


「あの、ハルトさん。ずっとすぐそばにいたんですね」


「俺を探すのを手伝ってた」


「どうして言ってくれなかったんですか!」


「俺の絵を持って『頭はこうです』って説明してる人に、言い出しにくかったんだよ!」


「……それは、すみません」


 リッカが男へ向き直った。


「あたしもごめんね。ポッポ君と間違えた」


「いいんだべ。おかげで、オラのかつらが戻ったど」


「それは本当」とハト。「捜し物の方はちゃんと見つかった」


 男が嬉しそうにかつらの縁を押さえる。


「オラのために来たんじゃなかったとしても、手ぇ貸してくれたのは本当だべ。ありがとな」


 ハトは胸がちくりとした。人違いのまま持ち上げてしまったことより、礼を言われたことの方が今は残る。


「俺も、途中からは本気だったよ」


「んだな。二回目、ちっと高くなったべ」


「バレてた!」


 男は「またな」と手を振り、友人にかつら騒ぎを話すためだと言って通りへ戻っていった。


 ネサルが手帳を開く。


「捜索は終了。誤認した男性のかつらも回収」


「記録に『誤認』って残すの?」


「残す。次は頭より先に顔で判断するためだ」


「今日だって顔は見てただろ!」


 パイセンが覆面を受け取り、布を裏返して確かめる。


「相棒、これ洗って返せよ。魔物のよだれがついてる」


「当然だよ。あいつ俺だけ舐めすぎだろ」


「そのおかげでかつらが戻った」


「そう言われると怒れないな……」


「取材班キーヴァ、頭を見て死亡……いや、誤報を出しかけて死亡」


 キーヴァが通りの端でぶつぶつ言っていた。会議場から人相描きを追って来たらしい。震える鉛筆で、今度は捜索の経緯を写している。


「どっちも死んでないぞ」とハト。


「はい。事実の記事には書きません。これは僕の死亡記事です」


「一日で何本書く気だよ!」


 キーヴァは鞄で身を守りながら、それでも『本人、捜索に参加』と書き足した。


 そこへ銀縁眼鏡のシェリザがやってきた。会議場でハトへ渡す書類を持っていたが、捜索の声を聞いて街まで来たという。


「ハト様。ようやくお会いできましたわ」


「捜索隊、もう解散したよ」


「わたくしはお仕事のご相談でございます」


 ハトとナユエが顔を見合わせる。弁当の追加注文が来た時の目だ。


「醤油さし何百個?」


「違いますわ。城下町の端の友好区で、荷物と人を安全に移すお手伝いをお願いしたいのです。あそこには人間の住人が多くおりますから」


「え。俺にそんな大事なこと?」


「今日の会議で、現場で働く人の話をなさいましたでしょう。あの話を聞いた方もおられます。顔を知っている人が同行すれば、話が早いかもしれません」


「顔を知ってるっていうか、頭を知ってるんじゃ」


 シェリザの視線が、ほんの一拍だけハトの頭へ上がった。


「……お顔も存じておりますわ」


「一拍あったな!」


「詳しい段取りは連絡所でお話しします。お受けになるかは、聞いてからで結構ですわ」


「それなら、聞く」


 ネサルが頷いた。


「私は先に現地の安全を確認しておく。来るなら一人で走るなよ」


「今日の教訓それに尽きるな」


 ハトが歩き出すと、ナユエが隣へ並んだ。頭に視線が寄るたび、まだ逃げたくなる。だが覆面を借りて自分を捜すのは、もうこりごりだ。


「ハルトさん。髪のこと、わたし、いつかちゃんと方法を探します」


「探すのはいい。試す前に俺へ言えよ」


「はいっ」


「あと、似顔絵を増やすなよ」


「わたしが増やすわけないじゃないですか!」


 ナユエは胸を張った。その後ろでキーヴァが挿絵をもう一枚、描き足している。


 ハトは振り向かなかった。今見たら、また捜索が始まりそうである。

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