第019話 オラのために、こんな……
「城門から広場まで、通りは一本。ハトはさっきこっちへ走った。まずこの三本の路地を見る」
ネサルが地面に指で線を引いた。
ナユエはその左、リッカは右、ネサルとパイセンと覆面のハトは中央。これなら誰がどこを捜すか、ハトにも分かる。
分かってはいけない立場なのだが。
「離れすぎるなよ」とネサル。「野生の魔物まで来る」
「はいっ。ハルトさんを一人で泣かせません!」
「誰が泣くか」と覆面の中でハトがつぶやく。
「相棒、声」とパイセン。
ハトは慌てて咳払いした。
リッカは人相描きをネサルから借り、顔をしかめた。
「これ、顔の方は雑だねえ。目なんかポッポ君と全然違う」
「それな! 言ってやって!」
思わず声が出た。三人の視線が集まる。
「……絵の話です。絵が、雑ですね」
ハトは声を低くした。リッカがじっと見上げてくる。
「新人さん、どこかで会ったかい?」
「い、いや。たぶん、工場で、すれ違っただけで」
「ふうん」
リッカの目が細くなる。ハトはパイセンの背中へ隠れた。
「仕事場の顔は大体覚えてるんだけどね」
「リッカさん! そっちにいません!」
ナユエが一本向こうから手を振った。リッカはそちらへ走り、ハトは覆面の中で息を吐いた。
手を振るナユエの背後を、キーヴァの挿絵が風に飛んでいく。店の主人が拾い、頭を見て、こちらの通りを見回した。ハトは反射的に顔を伏せる。覆面をかぶっているので、伏せる必要はない。
「そんなにその紙が嫌か」とパイセン。
「顔が俺じゃないのに、頭だけ俺なんだよ。腹立つだろ」
「顔の方を直してもらえ」
「頭を直してほしいの!」
中央の路地の奥で、ばたばたと足音がした。毛玉のような小さな魔物が塀を走る。口には灰色のかつら。その後ろを、暗い作業上着の男が追いかけていた。
男はハトと同じくらいの背丈だった。両手で頭を押さえている。上には髪がなく、両脇にだけ灰色の毛。太い眉、丸い鼻、目尻の深い皺は、どこから見てもハトのものではない。
ネサルが息をのんだ。
「いた。あの頭……」
「ハルトさん!」
ナユエが駆けつけ、男の正面から両肩をつかんだ。
「ごめんなさい! わたしのせいで、そんなところまで逃げて!」
「お、オラ?」
男とナユエの目が合った。ナユエはその顔を見て、さらに頭を見て、うなずいた。
「オラの頭は前からこうだべ。嬢ちゃんのせいじゃねえど」
「ハルトさん……わたしをかばって、そんな言い方まで……!」
「かばってねえど?」
ネサルが近づき、男の顔を正面から確かめた。眉、鼻、皺。それから頭頂へ視線を上げる。
「待て。声が違う」
「走って喉が枯れたんです!」とナユエ。「あんなにショックだったんですよ!」
「喉より口調が……」
「故郷の言葉が出たのかもしれないじゃないですか!」
リッカも駆けてきた。小柄な彼女は、男の顔を下からしっかり見上げた。
「ポッポ君、顔色を見せな」
男が素直に顔を近づける。リッカは目元から顎まで眺めた。
「うん、怪我はなさそうだ。頭はひどいけどね」
「顔、見たよな!?」と覆面のハト。
「オラ、元からこの頭だべ」
「強がらなくていいよ、ポッポ君」とリッカ。「あたしの道具のせいでもあるんだ」
男は、自分の頭をつるりと撫でた。困ったように笑う。
「道具? かつらなら、あの毛玉が持ってったんだど」
「毛玉?」
ハトが塀を指す。魔物は上でかつらをくわえたまま、こちらを見ている。
「隊長、あの人は——」
言い終える前に毛玉が飛んだ。まっすぐ、覆面のハトの胸へ。
「うわっ! 俺を選ぶな!」
覆面をべろべろ舐められる。かつらがぽとりと落ち、パイセンが両手で受け止めた。
「相棒、取れたぞ」
「かつらは助かった! 次は俺からこいつを剥がして!」
魔物はひとしきり覆面を舐めると、屋台の煮込みの匂いへ跳ねていった。なぜ覆面の新人にだけ寄ったのか、ナユエは一瞬目を丸くする。だが、目の前の男が鼻をすすったので、すぐそちらへ戻った。
パイセンがかつらを男に差し出す。
「大事な物なんだろ」
「んだ。オラ、一人で追いかけて、もう無理かと思ったべ」
男はかつらを胸に抱き、ナユエ、リッカ、ネサルを順に見た。三人とも、その顔を見返した。
「オラのために、こんな……」
声が詰まる。
「こんなに大勢で来てくれたんか。皆、仕事もあるだろうに。ありがとなぁ」
ナユエの目からまた涙が落ちた。
「ハルトさん……! 頭のこと、こんなに気にしてたのに、わたしのことを……」
「嬢ちゃんのことはよく分かんねえけど、かつらが戻ってうれしいんだべ」
「ほら、何を言えばいいか分からないくらい……!」
「言ってるだろ、ちゃんと!」
覆面のハトが突っ込むと、リッカが男の背をぽんと叩いた。
「よかったねえ、ポッポ君。あたしも道具はもっと気をつけるよ」
「オラ、ポッポって名前じゃねえけど、ありがとな」
「今は照れてんだよね」とリッカ。「分かるよ」
「分かってない! 全員分かってない!」
ネサルはもう一度、男の顔を見た。目も鼻もハトとは違う。だが最後に見た両脇の髪が、人相描きとぴたりと重なった。
「……無事ならいい。城へ戻ろう、ハト」
「オラ、城に用はねえべ?」
「気を遣うな。休める部屋がある」
「部屋まで……?」
男の目に、また涙がたまった。
ハトはパイセンの袖を引く。
「俺、今すぐ言う。あのおっさん違う」
「言え。もうかつらは戻った」
ハトが前へ出た時、男が深々と頭を下げた。
「ほんとに、オラのためにありがとな。こんな日、初めてだど」
その声に、ハトは言いかけた言葉を飲んだ。
近所の人が二、三人、かつらを抱えた男へ拍手を送る。ナユエが泣き笑いしながら両手を差し出した。
「せっかく無事だったんです。みんなで、お祝いしましょう!」
「お祝いって」とハト。
「胴上げです!」
「さすがに危ない」とネサル。「肩の高さまでだ。ゆっくり」
「低い胴上げって何!?」
リッカが男の足元へ回り、パイセンも手を添える。ハトは一歩離れて見ていた。男は「オラ、こんなの初めてだべ」と、泣き顔のまま笑っている。
「……一回だけ、俺もやる」
ハトは男の背中へ手を差し込んだ。
「せーの!」
男がほんの少し浮く。小さな歓声が路地に上がった。
「ありがとなぁ!」
「俺の捜索、どこ行ったんだよ……」
ハトはそう言いながら、二度目には一度目よりしっかり男を支えていた。




