第018話 捜索対象、捜索隊に入る
「ナユエェエェエエエエエエ!!!!」
控室の壁が震えた。
ナユエはその場で正座した。ジャージの膝が床を滑る。リッカは小さな体の後ろにヘルメットを隠そうとしたが、半分以上はみ出していた。
「説明」
「頭皮に、もっといい刺激をと思って……。この前ハルトさんに寄ってきた魔物の触角を、わたしが勝手に」
「ヘッドマッサージャーに生き物の触角をつけた!?」
「あたしが作ったのは頼まれた留め具だけだよ」とリッカ。「何をつけるか聞かなかったのは、あたしも悪かった」
「で、あのジョリジョリ音は」
「聞こえてた。あんたにはイヤホンの音楽しか聞こえてなかっただろうけど」
ハトは頭に手をやった。手のひらが、前髪のあるはずの場所をするりと通り過ぎる。
「……戻る?」
ナユエが鼻をすすった。
「髪を伸ばす魔法は使ったことないんですけど、今から練習すれば……」
「今から!? 俺の頭で!?」
「ごべんなざいいいいい!」
ナユエはジャージの袖で顔を拭いた。涙も鼻水も追いつかず、袖だけがどんどん濡れていく。
「だって……だっでええええ!!! ハルトさん、最近疲れてるから、気持ちよくなってほしくてぇ!」
「気持ちは分かった! でも撫でるつもりで髪まで刈るな!」
ハトが姿見を指す。鏡の中では、両脇にだけ髪を残した男が、怒った顔で同じ方向を指していた。
「それに、あの格好を見てから演説させたのか?」
「ハルトさんがすごくいい顔してたから……言ったら、せっかくの演説が……」
「今まとめて崩れたわ!」
ナユエは「ふえぇ」とうつむく。リッカもヘルメットを抱え直した。
「布、鏡にかけようか」
「いい。いずれ慣れる。……今日すぐには無理だけど」
怒りはまだある。だが、正座したまま声を詰まらせるナユエに、これ以上何かをさせたいわけでもない。
「次から俺の体に何かつけるなら、先に俺とリッカに言え。今すぐ治そうとして魔法もかけるな」
「はい……」
「謝ったのは聞いた。もう立っていい」
ナユエがふらふら立つ。ハトは見上げるリッカに「その道具はしまっといて」と頼み、廊下へ出た。
会議場では片付けが始まっていた。椅子を一脚ずつ運ぶ人間の係員と、三脚担ぐ角のある係員が、ハトを見る。
「さっきの方、頭が……」
「おい。聞こえるぞ」
「聞こえてるわ! しかも見えてるわ!」
二人は慌てて椅子を運び去った。何も言わないでくれた方がよかった、と言える段階はもう過ぎている。
出口に、見慣れない若い男がいた。取材鞄を胸に抱え、怖いものでも見るようにハトを見て、すぐ紙へ目を落とす。鉛筆を持つ手だけは止まらない。
「あ、あのっ。取材班のキーヴァと申します。今日の演説を記録してました!」
「さっきから何書いてんの?」
「取材班キーヴァ、登壇者の頭を見てショック死……あっ、これは取材ノートじゃなくて、万一のために書いてる僕の死亡記事です」
「万一の用意、早すぎない?」
キーヴァの膝は震えていた。それでも鞄からもう一枚取り出し、演説の開始時刻とハトの言葉を細かく確かめてくる。怖がる足と働く手は別々の持ち主らしい。
「『みんなと働きたい』は、ご自分の言葉ですよね。王様に言わされたわけじゃなくて」
「そこ疑うの? ……俺の言葉だよ」
「なら、そこはそのまま書きます。笑い声だけ載せたら、別の記事になっちゃうので」
キーヴァは震える鉛筆で一行に丸をつけた。頭の絵を描いた犯人なのに、演説の中身は聞いていたらしい。
その鞄の口から、ハトの人相描きがのぞいた。顔は丸と線に近い。頭頂だけが、腹立たしいほど正確に描かれている。
「……これ、何」
「僕が描いた演説の挿絵です。仲間が写しを何枚か持って城下へ」
「城下へ!? 俺の顔より頭の方が情報量多い絵を!? 何枚!?」
「五枚です。あ、もう六枚目を描いてる人も」
「増殖してる!?」
そこへネサルが来た。顎までの赤髪、片肩の防具、細い尾。会議が終わっても護衛隊長の目だけは仕事中だった。
「ハト。終了後の連絡が残っている。控室にいなかったから探したぞ」
「俺、すぐそこの廊下に……いや、それより街に出た写しを回収しないと」
「おまえ一人では行かせん。野生の魔物が寄ることを忘れたか」
「分かった、分かったから、写しを持っていった人を教えて!」
キーヴァが鞄ごと飛び下がる。
「取材資料なので! 怖いけど渡せません!」
「描いたのお前だろ! 頭の線だけ妙に丁寧にしやがって!」
ハトが詰め寄り、キーヴァが鞄を盾に下がる。ナユエが「ハルトさん、落ち着いて!」と割って入り、リッカはヘルメットを抱えたまま二人の間へ入った。
その人垣の向こうに、写しを束ねて城下町へ急ぐ記者が見えた。
「あれだ! 持っていった写し、全部回収してくる!」
ハトは脇の通路から外へ飛び出した。ナユエとリッカが追う。ネサルも二人の後ろから駆けた。
「ハト! 止まれ!」
「ナユエ、リッカ! 見失うな! あいつに野生の魔物が寄る!」
ネサルの声に止まれば、写しを配られてしまう。ハトは片手で額を覆い、人混みの隙間を抜けて裏通りへ曲がった。角を曲がる時に振り返ると、三人は人混みに阻まれている。写しを持つ記者の姿も消えていた。
ハトが追っているのは人相描き。三人が追っているのは、魔物を呼ぶ体質のハトである。どちらも肝心の相手を見失った。
角に黒い覆面が立っていた。
「おい相棒。そんな走り方じゃ、屋台の煮込みを頭からかぶるぞ」
「覆面パイセン! いいところに!」
パイセンは勤務中で、頭まで覆ういつもの布をつけている。予備が一枚、腰に挟まっていた。
「その予備の覆面、貸して。絵を探したいけど、この頭じゃ先に俺が見つかる」
「隊長たち、おまえを捜してるぞ。魔物が寄るのが心配でな」
「知ってる。写しの行き先を見たら、ちゃんと戻るから!」
パイセンはため息をつき、予備の覆面を渡した。
「洗ってある。俺の見習いってことにしとけ。声は低くして、俺の後ろにいろ」
「この作業上着で新人に見える?」
「襟を立てろ。顔と頭が隠れりゃ、一目じゃ分からん」
「いや、そんな雑な変装で……助かるけど!」
「水筒は持ったか?」
「今それ!?」
ハトは作業上着の襟を立て、覆面をかぶった。頭はすっぽり隠れる。パイセンの横に立って口をつぐんでいると、路地へ三つの声が来た。
「ハルトさーん!」
「ポッポ君、出ておいで! 怒らないから!」
「二人とも左右を見ろ。魔物が寄る前に見つけるぞ」
ナユエ、リッカ、ネサルだ。ネサルの手には、キーヴァが描いた人相描きの一枚まである。三人はハトを捜すため、ここまで来たのだ。
ネサルがパイセンの前で足を止め、隣の覆面を指した。
「そこの雑兵。隣は誰だ?」
「俺の手伝いです。見習いですが、捜す人数に入れてください」
パイセンは名を言わない。ハトは新人のふりをして、深く頭を下げた。ナユエの目が一瞬こちらを向いたが、顔も頭も覆面の中。すぐ人相描きへ戻る。
「よろしくお願いします! ハルトさんの頭、こういう感じで……」
「本人の前で絵を広げるなぁ!」
叫びをぎりぎり飲み込み、ハトは覆面の中で頬を噛んだ。
「見習い、声は出せるか」とネサル。
「……はい」
わざと低くした一言に、リッカが首を傾げる。ハトは咳払いでごまかした。
「よし。私と来い。ナユエは向こうの角、リッカは店先を見てくれ」
三人が動きだす。ハトもパイセンの後ろについて行く。人相描きを回収するつもりで飛び出したのに、いつの間にか自分を捜す新人役である。
「俺を捜す隊に、俺が入っちゃったじゃねえか」
覆面の中でつぶやくと、パイセンが小声で返した。
「人手が増えて助かる」
「そういう問題じゃない!」




