第23話「別離」
オリフィスはいち早く、船から降りた。残りの三人もそれにならう。
来島しても、威嚇や攻撃がなかったことから、平常時ではないことがすぐにわかった。
沈み込む砂浜は、思うような移動をさせてくれない。
だがそうも言ってられなかった。
少し離れたところから、男の悲鳴が聞こえてくる。
「あっちだ」
ミロンが声をあげる。
オリフィスは、黙って進路を変える。
砂浜と森の境界線に、人だかりが見えてきた。
間違いない。彼ら中に逃亡者がいる。ナギサは心の中で確信した。
「きなくせえぞ、オリフィス」
「……」
ミロンの言う通り、血の匂いが、海風によって運ばれてきた。
オリフィス班の羽筆を握る手にも、自然と力が入る。
夜なので視界が良いとは言えないが、満月のお陰で遠目からでも、状況が窺えた。
複数の虚像者が、半裸の男たちを攻撃している。
その光景を、長身の男二人が眺めている。そのすぐ側で、少年と少女が見守っている。
もう一人、島の住人でない服装の人物が、倒れていることが確認できた。
間も無くして、最後の半裸の男が力尽きる。
距離が詰まり、男たちがオリフィスたちに気づく。
「オリフィスさん!」
カルロが弾んだ声で呼ぶ。それと同時に、四人の虚像者がこちらに向かって走り出してきた。
つまり、動いてもいいかと、カルロなりに指示を仰いでいた。
しかしオリフィスは、冷静な声で、別の名を呼ぶ。
「ナギサ」
「はい」
待っていたといわんばかりに、ナギサは先頭を走るオリフィスを追い抜く。
そのままひとり全力で、砂浜を駆け抜ける。
一人目の虚像者が、よだれを垂らし、赤い瞳をギラつかせながらやってくる。右へ左へと揺れ動き、物凄い速度で向かってくる様は、獲物を見つけた獰猛な獣だった。
そこでナギサは急停止し、羽筆を腰に添える。その羽筆の持ち方が、普通の者とは異なっていた。
右手を逆手にして、右足を踏み込むような前傾姿勢をとる。
旭登国出身者に多く見られる、独特な姿勢を維持したまま、ナギサは虚像者たちを待ち構えた。
赤い粒子は、鋭く反っていくように形成されていく。
「うるゔぁあ」
何も知らない一人目の虚像者は、ナギサの圏内に入った。
すべてが、洗練された所作だった。
ナギサは柄に手をかけ、鯉口を切るような動作のあと、抜刀した。
「失せろ、獣」
瞬間、虚像者の身体は切り刻まれていく。血飛沫が派手に飛び散る。辺りは血の霧に包まれ、霧散した。
その頃には、虚像者の肉体は呆気なく肉塊へと変わり、鈍い音と共に砂浜に落下した。
「ひぇえ」
カルロがわざとらしい悲鳴を上げる。
オリフィスたちは、角度を変えてナギサを追い抜いていく。
血飛沫がナギサの頬に飛び散る。気にすることなく、ナギサは強く砂浜を蹴った。
目にも止まらぬ刀捌きで、突っ込んできた女虚像者を切り刻む。
残りの虚像者たちが、緊急後退する。睨み合いとなるなか、オリフィスたちは、謎の男たちのもとへ辿りつこうとしていた。
ーーー
アミアンが倒れる。赤黒い血が服に滲み出す。
ノアは泣きそうになりながら、アミアンを揺すっている。
アミアンの返事はない。
終わった。ミュラはどうすることも出来ずにいた。
やはりこの島から出ることなど、最初から無理だったんだ。
立ち止まる三人の前に、戦士たちがやってくる。
「哀れだな!」
近づいてきたテテロペは、喜々とした表情をしていた。
「ミュラ以外は殺せ!」
チャルは常軌を逸したように目を見開き、ノアに斬りかかろうとした。刹那、横から虚像者が現れ襲われた。他の戦士たちも、虚像者たちに急襲される。
戦士たちは訳がわからないまま、どうすることも出来ずに息絶えていく。
四人の虚像者が、獣のようにテテロペを取り囲む。テテロペは今まで見せたことのない、怯えた表情をしていた。
何が起きているの。ミュラは混乱した。
「やれ」
あとからやってきたエドモンが、冷酷に言い放つ。呆気なくテテロペが殺される。その姿に興味がないファビオは、後ろを振り返り笑みを浮かべた。
「面倒な奴らが来てるが、どうする」
その言葉に、エドモンも走る四人の人影を捉える。
襟の高い白コートを羽織った男が三人と女が一人。
「国際出版局だな」
「どうする」
「どうもこうも、この少年を連れ帰るのが、我々の仕事だ」
ファビオは、倒れているアミアンを見て同調するように軽く頷く。
「だな」
ファビオは、虚像者たちに指示を出す。
虚像者たちは、それぞれ新たな獲物のもとへ走っていく。
ーーー
オリフィスは、瞬時に状況を把握する。
少年が二人。うち一人は倒れている。例の逃亡者たちか。どちらがアミアンという虚像者なのかは、まだ判別がつかない。
生きている少女が一人。おそらく島の者か。なぜこの中にいる。
そして成人の男が二人。こいつらは、堅気の人間ではないな。
そもそも虚像者を使役する連中に、ろくな奴はいない。
「ガキは任せた」
ミロンに告げる。
「あぁ」
ミロンは、オリフィスから離れていく。
「カルロ、ついてこい」
「どこまでもついていきますよ、オリフィスさん!」
オリフィスは加速しながら、男たちのもとへ近づいていく。
ーーー
「まったく、使えねぇ奴らだ」
虚像者たちが、ナギサ一人に手こずる様子を見たファビオは悪態をつく。
胸元から羽筆を抜く。
赤い粒子は、拳銃を形成していく。近づいてくるオリフィスの眼帯目掛けて、数発乱射した。
その弾丸を、オリフィスは剣でいなし、即座に剣を糸へと変化させる。糸はファビオたちの背後にある木に巻きついた。木がしなる。
オリフィスはその勢いに任せて、砂浜を滑りこんでくる。
砂影に構わず、ファビオとエドモンは、弾丸を撃ち込んだ。
だがオリフィスが止まることなくこちらに滑り込んでくる。仕方なく、ファビオは拳銃から近接武器に変化させようとした時だった。滑りこんでくる砂影から、カルロが宙を舞うように回転しながら鎌を振り回してきた。
間一髪、ファビオはその鎌を同じく鎌で防ぎ、後退する。だがその顔に焦りの色はなかった。むしろ歓喜の表情を浮かばせていた。
反対に、驚きを隠せないカルロの顔が交錯した。
「奇遇だな、兄弟!」
「あ、兄貴!?」
エドモンは冷酷な顔のまま、近距離まで迫ってきた砂影に、弾丸を撃ち込み続ける。
背後で、ミロンがノアとミュラに近づいていることに気づき、弾丸を放つ。弾丸は空を切り、ノアとミュラも消えていた。
舌打ちをする。アミアンだけは、まだ地面に伏せたままで、それだけが幸いだった。
その隙に、木に巻き付いた糸が消えていた。
砂影がの中から出てきたオリフィスは、勢いよく回転しながらエドモンに斬りかかってきた。
「クソ」
エドモンは瞬時に盾を形成し、斬撃を防ぐと共に、後退する。
ファビオが少し離れたところで応戦してしまっている以上、自分がアミアンを回収するしかないことを理解した。
しかしオリフィスは、追撃の手を緩めることなく、容赦なく斬りかかってきた。その剣さ捌きは、ただの軍人のレベルではなかった。
確実に人を殺すことを目的とした、斬撃の雨だった。
このまま盾で防ぎ続けることは出来ない。エドモンが認識を改めなおした時には、オリフィスに足を掬われ地面に倒れていた。
右手を踏みにじられ、手から羽筆が引き離される。
剣先が、鼻先に触れる。
「所属をあかせ」
見下ろす眼帯の男は、冷酷に言いつけた。
サングラス越しであっても、この男の狂気じみたものが、エドモンにも伝わった。
「黄金か、黒華か」
「……黒華だ」
「目的はなんだ」
「お前たちと……」
そうエドモンが言いかけた時だった。離れたところから、ファビオが放った弾丸が飛んでくる。オリフィスは咄嗟に後退した。
舌打ちをしたオリフィスは、ファビオの方を見る。
カルロは倒れていた。命があるかは判断が難しかった。
弾丸がまた飛んでくる。躱す。
その隙にエドモンが立ち上がり、アミアンを糸で縛りつけ、カルロの方へ逃げていく。
そこで想定外のことが起きた。
「おい! 戻ってこい!」
ミロンの叫び声にオリフィスが振り向く。
ノアがミロンを振り切り、アミアンの方へ走っていくのだ。オリフィスは再度舌打ちをし、走り出す。
だが先程よりも威力の高いショットガン級の弾丸が、オリフィスを邪魔をしてきた。
そんなことを気にする素振りもなく、ノアは逃げるエドモンを追いかける。
「おいクソガキ、止まれ!」
オリフィスの叫びは、ノアには届いていない様子だった。ただ無心で、砂浜を駆けていた。
「アミアン!」
負傷したアミアンの意識が戻る。腰を筆力の糸に括られ、宙を浮いていた。
ノアが自分を呼びかけている。
手を伸ばしてくる。
アミアンも手を伸ばそうとして、咄嗟に引っ込めた。
今にも意識が飛びそうな背中の痛みに耐え、自由な右腕でアミアンは胸元をさぐる。
羽筆を抜き、再度ノアに手を伸ばす。
ノアもアミアンの手を羽筆ごと握ることに成功した。そこでノアが体勢を崩し、二人は砂浜を引きずられる。
アミアンはそれでも、ノアの手を離すまいと握り続けようとした。
だがそれも限界だった。ノアの手の力が弱まっている。時期に二人の手は離れてしまうだろう。
そこでアミアンは、羽筆をノアの手へ移してから、離した。
――どうして。
そしてすぐにアミアンは、ファビオのもとに豪快に投げつけられる。ノアはその場で砂浜を転がる。
「アミアンっ!」
二人は完全に引き離された。




