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解放の異言者  作者: 綾高 礼
第一部

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23/25

第22話「来島者たち」

 

 そう長くは持たなかった。

 ある程度降下してから、翼は虚しく消え去った。

 再度ミュラは悲鳴を上げる。ある程度降下したが、まだ高さはあった。

 片目をあけて隣を見ると、ノアは気絶していた。

 だらんとした手から、羽筆が離れる。


 「あっ……」


 羽筆はひらひらと揺れながら、漆黒の森へ落ちていった。

 アミアンたちも、そのまま草木が生い茂る森へ急降下していく。

 

 助かったのは、奇跡といっても良かった。

 

 アミアンの強靭さと、生い茂った草木が緩衝となり、三人は地面に身体を打ち付けられた。

 だかアミアンが両脚で着地してすぐ、二人をタイミングよく手放したのが、逆に功を奏した。

 遠方から叫び声が聞こえてくる。

 おそらく戦士たちが、血眼になって迂回して来ているのだろう。


 「ノア! ノア!」


 虚像化が解けたアミアンが、ノアを揺すっている。その姿を放心したようにミュラは見つめていた。

 勢い半分で、よく知らない彼らについてきてしまった。

 彼らはいったい何者なんだろう。とんでもない二人だった。

 今になって、自分のしたことが恐ろしく思えてきた。


 「おい」


 アミアンがミュラを呼ぶ。


 「僕がノアの羽筆を探してくるから、君はノアを見ていてくれ」


 アミアンは早口でまくしたてる。だがミュラには、アミアンの言語が理解出来なかった。

 そもそも先程までのアミアンとは、まるで別人で、そのことに驚く。

 ミュラはほうけたように首を捻る。

 アミアンもそのことに気づき、ため息を吐く。


 「いいから、ここに、いろ。ストップ、オーケー」


 アミアンは身振り手振りで、ノアを指す。意図を理解したミュラは、何度も頭を縦に振った。

 アミアンは鼻をひくつかせ、どこかへ走りだした。

 途端に、静けさが訪れる。

 

 じっとしていては、落ち着かなくなってきた。ミュラは痛む身体を起こす。

 ひとまずノアを揺すってみた。起きる気配はない。まさかと思い、呼吸を確認する。息はあった。ひとまず安堵する。

 

 何もすることがなくなり、膝を抱えて座り、また考えはじめた。

 死ぬはずだった自分が目を覚ますと、カカがチャルの手により殺されていた。チャルは確か、セルミネ村の男の子だった。昔、自分に言い寄ってきた子だったと記憶している。

 

 儀式中に何がどうなって、あのような悲劇になってしまったのか。

 それに、これから自分はどうなってしまうのだろう。

 本当にこれで良かったのだろうか。

 ミュラは心細さに、顔を埋めた。

 

 ーーー


 アミアンは嗅覚を頼りに、ノアの羽筆を探していた。

 ひとまず島から逃げられそうな目処は立った。だがまだ島を離れたわけではない。気を緩めるわけにはいかなかった。

 それはそうと、なぜ一人増えてるんだ。ノアが山頂にいる間に、彼女と関係が出来たのか。ノアも意外と隅におけない奴だ。

 匂いが強くなってきた。嗅覚に集中する。羽筆は、草むらに引っかかていた。

 アミアンは羽筆を回収し、再びノアの匂いがする方へ走り出す。

 戦士たちの声が、近づいてきていた。


 ーーー


 アミアンが帰ってきた。

 その頃には、ノアの意識は戻っていた。ただ酷く衰弱しているようだった。

 アミアンがノアの肩を担ぐ。

 先程のような力は使えないのだろうか。ミュラも立ち上がった。


 「おい、船はどこにある」


 ミュラは首をかしげる。

 

 「ミュラ……船の場所」


 消え入りそう声で、ノアが通訳する。

 ミュラは思い当たりそうな場所を考えた。まずここは、アネゾ村の近くの森辺りだろうと推測する。

 そして二人は、セルミネ村に一度預けられたことから、その近辺に漂流してきたと推測出来る。

 そうなると、ここからのおおよその距離が推測出来た。


 「ついてきて」


 ミュラは動き出す。アミアンたちもそれにならった。


 ーーー


 船は先住民の威嚇を無視し、ライリー島沿岸に着いた。

 操縦士二人を残して、人が出てくる。

 黒長のコートに、黒ハットを被り、丸いサングラスをかけた細面の長身の男が、磨かれた革靴で砂浜を踏む。

 もみあげまで覆った髭を撫でながら、不機嫌そうに、島を眺める。

 激昂した見張り番の戦士たち三人が、容赦なく弓を撃ってくる。


 「やれ」


 男は冷酷な低い声で言う。

 その指示に、四人が船から飛び降りてきて、前かがみになる。目の色が白から赤へ変わっていく。

 首輪をはめた四人は、獣のように唸り、見張り番たちの命を容赦なく葬った。

 その一方的な光景は、狩りに囲まれた哀れな獲物たちと同じだった。

 まっさらな砂浜は、赤く染まっていく。


 「聞いていた通り、血なまぐさい島だな」


 最後に船から降りてきた男が、煙草をふかしながら、細面の男の隣に立つ。この男も細面の男に負けじと高身長である。

 灰色のハットを被り、スーツの上から黒いコートを羽織り、青いネクタイを締めている。

 整ったエドクレア人特有の凛々しい顔は、伊達男としての自信を現していた。

 磨かれた革靴が砂浜に合わないのか、何度も地面を蹴ったりしている。


 「血なまぐさいのは、今、こいつらが人を殺したからだ」

 「エドモンさん。相変わらず空気が読めないね」

 「悪かったな、ファビオ」


 エドモンはポケットから煙草を取り出す。

 すかさずファビオは、海風に配慮しながら火種を提供した。

 エドモンは味わうように、深く吸い込み、長く煙を吐き出す。

 煙は夜の彼方へ消える。


 「確かにお前は気が利くし、器用な奴だ」

 「まぁ、あんたよりはな」


 ファビオは煙草を砂浜に捨て、首をほぐす。


 「それより、さっさと迎えに行くか」

 「そうだな」

 「そういえば、レオさんが前祝いとか言って、八十年ものをあけていたよ」

 「あぁ、そうか。それは……厄介だ」

 

 エドモンとファビオは、獣たちを率いて、沿岸沿いを歩きはじめた。


 ーーー 


「こっち!」


 緊迫したミュラの掛け声は、アミアンにも伝わった。しかし力を使い果たしたノアを補助をするアミアンには、ついていくのがやっとだった。

 

 アミアン自身も、感覚的に虚像化出来ないことを理解しはじめていた。正確には、これ以上虚像化すると、身体に大きな負担を強いることになり、理性を失ってしまう可能性があった。

 

 仮に前回みたいに正気に戻れても、次の虚像化がうまくいかない可能性もある。

 何より虚像化に依存しすぎるということは、自ら病期を進めるということでもあった。


 「いたぞ!」


 迂回してきた戦士たちが、追いかけてくる。その中に、テテロペ祭司やチャルの姿もあった。

 二人の戦士が矢を放つ。すんでところで、矢は木に刺さる。

 それでもミュラは、希望を感じていた。潮風の匂いが、強くなってきたからだ。まだ少し先だが、立ち並ぶ木の先には海が見える。

 

 しかしすぐにミュラは、最悪の考えが頭をよぎる。

 そもそもテテロペ祭司は、鼻から彼らを島の外に出す気はなかった。ということは、船はとっくに破壊されている可能性があった。

 だがそれでも海へ行くしかなかった。

 あとは二人が乗ってきた船が、残っていることを願うしかない。 


 「あと少し!」


 地面が土から砂浜に変わり、木々が少なくなってきた。

 海は穏やかだった。これなら船さえあれば、すぐに逃げられる。

 ミュラは辺りを見渡す。どこ。船はどこにある。お願い。

 

 そんな時だった。後方から放たれた赤色の矢は、ノアの身体を射止めるように飛んできた。

 そのことにいち早く気づいたアミアンが、ノアを庇うように覆いかぶさる。


 「うっ!?」

 

 矢は無情にも、アミアンの背中を貫通した。

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