第22話「来島者たち」
そう長くは持たなかった。
ある程度降下してから、翼は虚しく消え去った。
再度ミュラは悲鳴を上げる。ある程度降下したが、まだ高さはあった。
片目をあけて隣を見ると、ノアは気絶していた。
だらんとした手から、羽筆が離れる。
「あっ……」
羽筆はひらひらと揺れながら、漆黒の森へ落ちていった。
アミアンたちも、そのまま草木が生い茂る森へ急降下していく。
助かったのは、奇跡といっても良かった。
アミアンの強靭さと、生い茂った草木が緩衝となり、三人は地面に身体を打ち付けられた。
だかアミアンが両脚で着地してすぐ、二人をタイミングよく手放したのが、逆に功を奏した。
遠方から叫び声が聞こえてくる。
おそらく戦士たちが、血眼になって迂回して来ているのだろう。
「ノア! ノア!」
虚像化が解けたアミアンが、ノアを揺すっている。その姿を放心したようにミュラは見つめていた。
勢い半分で、よく知らない彼らについてきてしまった。
彼らはいったい何者なんだろう。とんでもない二人だった。
今になって、自分のしたことが恐ろしく思えてきた。
「おい」
アミアンがミュラを呼ぶ。
「僕がノアの羽筆を探してくるから、君はノアを見ていてくれ」
アミアンは早口でまくしたてる。だがミュラには、アミアンの言語が理解出来なかった。
そもそも先程までのアミアンとは、まるで別人で、そのことに驚く。
ミュラはほうけたように首を捻る。
アミアンもそのことに気づき、ため息を吐く。
「いいから、ここに、いろ。ストップ、オーケー」
アミアンは身振り手振りで、ノアを指す。意図を理解したミュラは、何度も頭を縦に振った。
アミアンは鼻をひくつかせ、どこかへ走りだした。
途端に、静けさが訪れる。
じっとしていては、落ち着かなくなってきた。ミュラは痛む身体を起こす。
ひとまずノアを揺すってみた。起きる気配はない。まさかと思い、呼吸を確認する。息はあった。ひとまず安堵する。
何もすることがなくなり、膝を抱えて座り、また考えはじめた。
死ぬはずだった自分が目を覚ますと、カカがチャルの手により殺されていた。チャルは確か、セルミネ村の男の子だった。昔、自分に言い寄ってきた子だったと記憶している。
儀式中に何がどうなって、あのような悲劇になってしまったのか。
それに、これから自分はどうなってしまうのだろう。
本当にこれで良かったのだろうか。
ミュラは心細さに、顔を埋めた。
ーーー
アミアンは嗅覚を頼りに、ノアの羽筆を探していた。
ひとまず島から逃げられそうな目処は立った。だがまだ島を離れたわけではない。気を緩めるわけにはいかなかった。
それはそうと、なぜ一人増えてるんだ。ノアが山頂にいる間に、彼女と関係が出来たのか。ノアも意外と隅におけない奴だ。
匂いが強くなってきた。嗅覚に集中する。羽筆は、草むらに引っかかていた。
アミアンは羽筆を回収し、再びノアの匂いがする方へ走り出す。
戦士たちの声が、近づいてきていた。
ーーー
アミアンが帰ってきた。
その頃には、ノアの意識は戻っていた。ただ酷く衰弱しているようだった。
アミアンがノアの肩を担ぐ。
先程のような力は使えないのだろうか。ミュラも立ち上がった。
「おい、船はどこにある」
ミュラは首をかしげる。
「ミュラ……船の場所」
消え入りそう声で、ノアが通訳する。
ミュラは思い当たりそうな場所を考えた。まずここは、アネゾ村の近くの森辺りだろうと推測する。
そして二人は、セルミネ村に一度預けられたことから、その近辺に漂流してきたと推測出来る。
そうなると、ここからのおおよその距離が推測出来た。
「ついてきて」
ミュラは動き出す。アミアンたちもそれにならった。
ーーー
船は先住民の威嚇を無視し、ライリー島沿岸に着いた。
操縦士二人を残して、人が出てくる。
黒長のコートに、黒ハットを被り、丸いサングラスをかけた細面の長身の男が、磨かれた革靴で砂浜を踏む。
もみあげまで覆った髭を撫でながら、不機嫌そうに、島を眺める。
激昂した見張り番の戦士たち三人が、容赦なく弓を撃ってくる。
「やれ」
男は冷酷な低い声で言う。
その指示に、四人が船から飛び降りてきて、前かがみになる。目の色が白から赤へ変わっていく。
首輪をはめた四人は、獣のように唸り、見張り番たちの命を容赦なく葬った。
その一方的な光景は、狩りに囲まれた哀れな獲物たちと同じだった。
まっさらな砂浜は、赤く染まっていく。
「聞いていた通り、血なまぐさい島だな」
最後に船から降りてきた男が、煙草をふかしながら、細面の男の隣に立つ。この男も細面の男に負けじと高身長である。
灰色のハットを被り、スーツの上から黒いコートを羽織り、青いネクタイを締めている。
整ったエドクレア人特有の凛々しい顔は、伊達男としての自信を現していた。
磨かれた革靴が砂浜に合わないのか、何度も地面を蹴ったりしている。
「血なまぐさいのは、今、こいつらが人を殺したからだ」
「エドモンさん。相変わらず空気が読めないね」
「悪かったな、ファビオ」
エドモンはポケットから煙草を取り出す。
すかさずファビオは、海風に配慮しながら火種を提供した。
エドモンは味わうように、深く吸い込み、長く煙を吐き出す。
煙は夜の彼方へ消える。
「確かにお前は気が利くし、器用な奴だ」
「まぁ、あんたよりはな」
ファビオは煙草を砂浜に捨て、首をほぐす。
「それより、さっさと迎えに行くか」
「そうだな」
「そういえば、レオさんが前祝いとか言って、八十年ものをあけていたよ」
「あぁ、そうか。それは……厄介だ」
エドモンとファビオは、獣たちを率いて、沿岸沿いを歩きはじめた。
ーーー
「こっち!」
緊迫したミュラの掛け声は、アミアンにも伝わった。しかし力を使い果たしたノアを補助をするアミアンには、ついていくのがやっとだった。
アミアン自身も、感覚的に虚像化出来ないことを理解しはじめていた。正確には、これ以上虚像化すると、身体に大きな負担を強いることになり、理性を失ってしまう可能性があった。
仮に前回みたいに正気に戻れても、次の虚像化がうまくいかない可能性もある。
何より虚像化に依存しすぎるということは、自ら病期を進めるということでもあった。
「いたぞ!」
迂回してきた戦士たちが、追いかけてくる。その中に、テテロペ祭司やチャルの姿もあった。
二人の戦士が矢を放つ。すんでところで、矢は木に刺さる。
それでもミュラは、希望を感じていた。潮風の匂いが、強くなってきたからだ。まだ少し先だが、立ち並ぶ木の先には海が見える。
しかしすぐにミュラは、最悪の考えが頭をよぎる。
そもそもテテロペ祭司は、鼻から彼らを島の外に出す気はなかった。ということは、船はとっくに破壊されている可能性があった。
だがそれでも海へ行くしかなかった。
あとは二人が乗ってきた船が、残っていることを願うしかない。
「あと少し!」
地面が土から砂浜に変わり、木々が少なくなってきた。
海は穏やかだった。これなら船さえあれば、すぐに逃げられる。
ミュラは辺りを見渡す。どこ。船はどこにある。お願い。
そんな時だった。後方から放たれた赤色の矢は、ノアの身体を射止めるように飛んできた。
そのことにいち早く気づいたアミアンが、ノアを庇うように覆いかぶさる。
「うっ!?」
矢は無情にも、アミアンの背中を貫通した。




