第24話「陰謀論」
アミアンは、ファビオの近くに投げ飛ばされた。砂浜が白煙を作る。
エドモンは即座にノアのいる方へ走り、剣を振りかざす。
「その羽筆は我々のものだ!」
ノアは目を瞑る。
間一髪で、オリフィスが斬撃を防ぐ。
刹那、エドモンは不自然に身体を横へとずらす。何故なら、後方からファビオの放った弾丸が、エドモンごと貫通しようとしていたからだ。
信じられないほどの阿吽の呼吸が、オリフィスを襲う。
持ち前の驚異的な反射神経をもって、オリフィスは弾丸を避けようとする。
致命傷こそ避けられたが、無傷では済まされなかった。
顔面付近を通過した弾丸は、オリフィスの頬に傷をつけた。その際に眼帯の紐が切れ、右目が露呈する。
オリフィスは、咄嗟に右眼を左手で覆う。
眼帯がないことを理解し、ゆっくりと面を上げる。
「これはたまげたな」
エドモンは、不気味なものを見たとばかりに、片方の口角を釣りあげる。そのまま銃口をオリフィスへ向けた。
「まさかお前……イフチィ人か。それにその隻眼。もしや、クザフェスト強制収容所の生き残りか?」
オリフィスの右眼の焦点は、義眼のように定まっていなかった。
その右眼の虹彩は、不自然に赤黒い色をしている。
オリフィスは、明らかに動揺していた。
エドモンは、トリガーに指をかける。
「オリフィスさんに」
いつのまにかナギサが、エドモンの背後に回っていた。
「手をだすな!」
エドモンは咄嗟に振り返り、拳銃を向けようとする。
それよりも速かったナギサの刀が、拳銃を切り刻む。その際に、エドモンの右手の薬指と小指が刎ねられた。
「クソがっ」
指は骨から断ち切られ、断片から血が飛び散る。
筆力が維持出来ずに拳銃は、粒子となって霧散した。ついでに羽筆も切り刻まれ、使い物にならなくなる。
だがエドモンは、すかさず回し蹴りをナギサの腹に叩き込む。ナギサは吹っ飛び、砂浜に投げ捨てられる。
刀は砂浜に突き刺さり、筆力は霧散し、羽筆だけが残った。
ノアはその一連の流れを、呆然と眺めていた。色々なことが起こりすぎて、もう何も考えられなかった。というよりも、脳の防御機構が働いて、思考を停止させていた。
再度、エドモンは指から血を垂らしながら、ノアのもとへ向かう。
自失したノアの手から羽筆を奪うことは、簡単だった。
しかし、ミロンが放った弾丸が飛んできて、間一髪のところを転がりながら避ける。
ミロンはその後も容赦なく、連射を繰り返す。
流石のエドモンも身の危険を優先し、後方へ退避する。
「危ない!」
後方からファビオの援護射撃が飛んでくる。ミロンは呆然と突っ立っていたオリフィスに駆け寄り、体当たりする。
男たちは、アミアンを連れて森中へ去っていく。
静けさが訪れる。
ミュラはノアのもとへ駆け寄った。
「大丈夫、ノア」
ノアは膝を砂浜につけ、羽筆を大事そうに離さず、一点を見つめていた。
ナギサは、遠方で倒れるているカルロのもとへ向かう。
カルロの安否を確認したあと、ミロンがいる方へ無事を示した。
砂浜にひれ伏せたミロンは、胸を撫で下ろす。
「重い」オリフィスが唸る。
「まずは助けて頂きありがとうございます。だろ」
「…………重い」
「筆聖になったからって調子に乗るな。馬鹿野郎」
「…………重い」
ーーー
船に乗る直前、ナギサはオリフィスを呼び止める。
振り返ったオリフィスは、既に予備の眼帯をしていた。
「なんだ」
「これなんですが」
ナギサは布包みを紐解き、中身を見せる。切り分けられた左腕の上腕部分だった。
見る者が見れば、吐き気を催す生々しいものだが、オリフィスは気にすることなく凝視する。
鷲のような鳥が、翼を広げているタトゥーが刻まれている。
「先程交戦した虚像者の一人の腕です」
「これがどうした」
「確認しましたが、残りの三人も同じタトゥーが彫られていました」
オリフィスは、ナギサが相手した虚像者四人を回想する。
年は二十代から三十代の男女。
見た目は、どこにでもいる道を踏み外した輩の風貌だった。
オリフィスは、サングラスの男を尋問した時、所属は【黒華】と名乗っていたことを思い出す。
黒華とは【黒き闇に咲く華】という、フリマ難民の不良たちが徒党を組んで出来た、多国籍ギャング集団の略称だ。
メンバーは、腕に黒い華のタトゥーを彫り込むのが、特徴の一つとされている。
そしてもう一つが、ヘムランド共和国の貧困移民たちのコミュニティから生まれた【黄金螺旋17】というギャングが存在する。近年この二大勢力が、イーローブ圏で勢力を拡大させており、軍や警察が目を光らせている。
さらに彼らは、狂書やドラッグ産業の流通売買に力を入れており、国際的にも厄介な組織となりつつある。
「どこの組織だ。ゼアレア系の5大マフィアか」
「私が認知している限りでは違います。それよりもオリフィスさんは、秘密結社についてご存知ですか」
「……秘密結社だと」
「はい。現代でもっとも有名な秘密結社は、自由な木工ですが、そちらはご存知ですよね」
「何が言いたい」
【自由な木工】は、九世紀頃に設立したとされている友愛組織であり、現在は世界に数百万人の会員を有するとも囁かれている。
当時は、木工職人が集まり、権利や行動の主権を主張するための労働組合に過ぎなかった。だがいつのまにかその枠組を越えて、人種、階級、国を問わない組織へと変貌していったとされている。
会員には、政財界の有力者から街の庶民まで、幅広く世界に潜んでいるとも。
というのも、秘密結社と言われるだけあり、組織構造、形態は謎に包まれている。
現代では、災害時の社会奉仕活動などを認知しており、世界中央連合としても危険指定はしていない。
「では、聖鳥の翼については」
「聞いたことはある。まさか、奴らはそういう類の連中だとでも言いたいのか」
【聖鳥の翼】は、二百年前、およそ十一世紀頃に友人などが集まり、フリマ国で設立された友愛組織とされている。
彼らは啓蒙思想を唱え、当時の腐敗したアフレズト教社会に、政治的な影響を与えたとされている。
その後、自由な木工のように拡大することもなく、自然消滅したとも。
「失礼ですがオリフィスさんは、陰謀論にはお詳しいですか」
「ナギサ。これ以上の無駄話は」
「待ってください。聖鳥の翼は、フリマ革命に裏から関与したとも言われており」
「らしくないな。いい加減にしろ」
呆れたオリフィスは、船へ向かおうとする。
「彼らは異言者と呼ばれる本を出版したと記録されています。そこに例の羽筆の存在についても記されていたと」
オリフィスの足が止まる。ノアから没収した羽筆を思い返す。
「……異言者だと」
「いえ、すいません。書かれていたという記録が、別の書物に記されているだけです。写本どころか、原本すら見つかっていません。彼らが秘密裏に発行したとされる書物は、当時の教会が焚書したとも……」
「だからどうした」
「カルロの兄が、失礼。ファビオ・バルディーニは、私の書生養成院時代の同期です。色々問題を起こして退学しましたが、彼は当時から反社会勢力や秘密結社の存在について、熱心な興味を抱いていました。その根拠の一つに、彼は過去に一度だけ、私に聖鳥の翼について尋ねてきたことがあります」
オリフィスは、船に乗る直前、頭から血を流したカルロが、漏らしていた言葉を思い出す。
『ファビオは、おいらの兄貴です……』
カルロは交戦したが、すぐに気を失ったという。命を奪われなかったのは、兄弟故の情けかは不明のままだが、カルロは怪我以上に憔悴しきっていた。
「それと」
ナギサはコートの内ポケットから、数枚の原稿を取り出す。
「橋の下に住んでいたニックの未完原稿です。内容こそ古代の聖剣伝説のような幻想じみたものですが、そこに聖鳥の翼という組織名が出てきました」
オリフィスは原稿を受け取り、ナギサが指摘した箇所に目を通す。
「組織については、確かに私の推測に過ぎません。ですがもしかしたら、彼らも例の羽筆を狙ってここにやって来たのではないでしょうか」
『その羽筆は我々のものだ!』
エドモンの台詞をオリフィスは思い出す。ナギサは虚像者と交戦中だった為、まだこのことを知らない。
「橋の下で死んでいた浮浪者は……」
「なんですか」
オリフィスは一度躊躇ったが、いずれわかることだと思い直し、口を開く。
「二次大戦でお前の故郷を焼き払った、ビュレアス・オビムフェニルという男だ」
「えっ……」
あまりにも突然の飛躍に、ナギサはしばらく言葉を失う。放心するように、顔は青ざめていく。
「……ありえません。彼はもうこの世にはいないはずです。かつてクニリーア政府が、死亡したと公表したはずです」
「あぁ。だが生きていた。そして死んだ。それも異国のフリマでな。ただそれだけのことだ」
ナギサは信じられないという表情で、オリフィスを見る。
そこでナギサは一つ大きな疑問が浮かび、息を呑む。
「ど、どうしてオリフィスさんは、ビュレアス・オビムフェニルの顔がわかったのですか? 彼は確かニック・ギルバートという名だったと、地元警察の人たちが」
「奴のツラは新聞でも世界に公開されている。誰でもわかるはずだ」
「それは理解しています。ですが、橋の下で死んでいた彼は随分と老け込んでいるように見えました。私も彼の顔を確認しましたが、全く気付きませんでした。すみませんが、まだ信じられません。それこそ、陰謀論じみた話みたいで……オリフィスさんは、なぜ彼がビュレアス・オビムフェルニだと見抜いたのですか」
ナギサは早口で捲し立てるように話す。平気なフリをしているが、いつもの冷静さを失っているようにも見えた。
オリフィスはそんなナギサを一瞥したあと、消え入るように呟く。
「それは、お前が知る必要のないことだ」
今度こそ、オリフィスは船に戻った。ナギサはその後ろ姿を見つめる。
何か自分の知らないところで、物事が動きだしている。それもよくない方向に。
そんな胸騒ぎを覚えながら、最後に振り返ったライリー島は、驚くほど静かだった。




