第十八話 閃光
残骸の下から這い上がり、荒野の予選会場へ辿り着いた三人の前に、凄まじい肩幅を誇る巨漢が立ちはだかった。男は槍を低く構えると、赤茶けた大地を蹴りつけて突進するあんな巨体からは想像もつかぬ速さだった。
巻き上がる砂塵の向こうでドローンの群れが一斉に旋回し、その姿を遠隔地の観客たちへと中継していた。
レイは意識の薄れたヤマを岩陰へ横たえると、フォンと並んで敵を迎えた。刺留体質によって肉体を保っているヤマは浅い呼吸を繰り返すばかりで、とても戦闘に加われる状態ではない。
「くっ、俺はやれるぞレイ!」
二人もまた地下で負った傷を抱え、体力は限界に近づいていたが、ここまで辿り着いた以上、退くつもりはなかった。
「敵として不足なし!」
男はそういうと手をかざして、槍を持ち上げた
「殺す、準備をしろ、三発は耐えて見せよ」
男は獰猛な笑みを浮かべ、隆起した肩の筋肉を震わせた。槍の穂先が赤銅色の光を帯び、男の構えには一切の隙がない。
「シャオ!」 「ハオ!」 「うぅ.....」
「三人まとめて来いと言ったはずだが、一人は死に損ないか。まあいい。では少しお情けをくれてやる。先に攻めてこい。一撃程度なら反撃はしない。」
言い終えるより早く、男の槍が奔った。
狙いはフォンの喉元だった。「死ねぇい!愚かもの!」
騙し討ちの不意打ちだった。
シュッ!
フォンは退くことなく上体を捻り、頬を掠める穂先を紙一重でかわす。そのまま槍を握る腕に飛びつくと、相手の肘を外側へ捻り、突進の勢いを利用して投げに持ち込もんで関節めがけて重心を崩そうとする
しかし男は揺るがなかった。巨漢の見た目通りというべき頑丈さだった
「関節技か、全体重で投げる...いいや甘すぎるな」
男は肩の力だけで腕を引き戻し、フォンの拘束を強引に振りほどこうとする。だがフォンは指を滑らせながらも食らいつき、今度は脇の下へ潜り込んで肘を制した。さらに膝を太腿へ押し当て、相手の踏ん張りを崩そうとする。
「ヌルい!非力!」
その瞬間、レイが踏み込んだ。
師から学んだ呼吸法によって息を深く整え、吸気と呼気を全身の動きに連動させる。
当然筋肉の収縮と弛緩を極限まで制御し、体内で練り上げた力を打撃へと変わかる、そしてレイは右足で地面を踏みしめると、巨漢の脇腹へ左拳を叩き込んだ。
鈍い衝撃が響き、男の上体がわずかに揺れる。
「いいや甘すぎるといっただろうが...ねへぇ♪」
レイはその反動を利用して身を翻し、後ろ回し蹴りを肩へと浴びせた。分厚い筋肉が衝撃を受け止める一方で、槍を構える腕が僅かに流れる。男は即座にその勢いでも利用したように槍でレイの脚を払おうとしたが、レイは身を沈めてかわし、両手を左右へと開いた。
「双手・絶天壁!」
掌から放たれた不可視の衝撃が前方の空間を覆い、見えない壁となって槍の進路を塞いだ。
攻守一体!
穂先はレイの目前で押し留められ、男の突進力が空間そのものに受け止められたかのように減衰する。
「ねへぇ...アハハハハ」
レイは指先を細かく動かし、衝撃の向きを調整した。ただ攻撃を弾き返すのではなく、槍に込められた力を殺し、わずかに方向を逸らして相手の体勢を崩すのである。フォンの力を利用して、自分がとどめを指す反撃と違う。
反撃への狼煙は打たれた
「気か……筋肉とは違う理屈らしいな」
男は興味深そうに笑うと、なんともう片方の手を戻して、槍を掴んで止めた。だがそれはフォンが捉えていたはずだった。
「うぉ!」
自分が捉えていた、少なくとも本人はそう思っていた。しかし現実、フォンごと槍を引き戻し、間髪を入れず刺突を連ねた。
「避けろ!レイ!」と言い放ち、男の腕から剥がれ落ちるフォンである。
続け様に槍は胸、腹、脚へと、その穂先を走らせて、男の巨体に似合わぬ精密な連撃がレイを襲う。レイは両手を舞わせながら絶天壁を操り、一撃ごとに槍の軌道を逸らしていった。
「ヌルいし、甘いと言ったはずだ」
気がつくと飛ばされていたはずのフォンはいつのまにか男の首へ両腕を回し、彼の上体を縛る姿勢で拘束していた。
「つっ、捕まえたぞ!」
剥がれたのは単に腕に耐えられない訳ではなかった。そして今の拘束も単純に首を絞めるのではなく、腕と肩の位置を固定して全身の動きを封じる組み技だった。コブラの時と同じ構え。
「へぇ...はぁ〜甘かったのはお前たちだけではなかった。」
巨漢は槍を空へ捨ててフォンの腕を掴み、力任せに引き剥がそうとする。肩の筋肉が膨れ上がり、フォンの身体が宙へ持ち上がった。
「力量の差も理解できないとは!」
男が怒声を上げても、フォンは拘束を解かなかった。背中に密着したまま全体重を預け、関節の角度を保ちながら相手の動きを制限する。毒に侵された身体は悲鳴を上げ、地下で負った傷から血が滲んでいたが、それでも腕を緩めようとはしなかった。
(この程度ならいける!)
その間にレイが再び攻め込んだ。呼吸を乱さぬよう全身の力を制御しながら、拳と肘を脇腹へ叩き込み、続けざまに膝蹴りを太腿へ見舞う。打撃の狙いは単なる損傷ではない。フォンが拘束した関節を支える筋肉へ衝撃を重ね、巨漢の姿勢を少しずつ崩していくことにあった。
いける。二人ともそう思っていた。
だからレイは止めの技を仕掛けた。
「わあ!」
刺ッ
肉が刺される音。
音源は槍の男の方から。
(間違いない、レイの攻撃...ガッ!)
すると槍がなんと男の肩へと刺さった
「闘技!多段共振打!」
巨漢は強引に腰を捻ると、肩の力を利用してフォンを振り落とした。
だがそれだけではない。
フォンは感じてしまった。身体が砂地へ叩きつけられ、転がりながらでも残るその感覚。
男は、男は間抜けでもなんでもない。大技がくる
「レッ...レイッ!!!」
男は槍を拾い上げ、立ち上がったフォンへと穂先を向けた。
レイは血だらけになって倒れていた
そうして脳裏で思っていた
《神経過載・蜂巣解体術》その技を。
男が使っている技はそれに違いない、それをフォンに伝えてないと。
そうレイは思っていた。
(間違いない..まだ第一段階だが..フォンに、フォンに伝えないと...!)
大脳皮質と運動神経を瞬間的に過剰伝達させ、瞬間の痛みの電流などをも、経脈や血管などの循環を刺激し力に変える。
「フ...フォ....ち...け...」
だが男は槍を構え直し、笑みを浮かべた。ねへぇという今までと同じな笑いをして
「我は無敗北!ついにさらなる段階を迎える」
フォンは答える代わりに再び踏み込んだ。槍を持つ腕へ飛びつき、身体を回転させて背負い投げを仕掛ける。巨漢の重量はあまりにも重く、容易には崩れない。フォンは無理に持ち上げることをやめ、肘の可動域に合わせて力の向きを変えながら、相手の踏ん張りを削いでいった。
関節が軋み、男の表情が僅かに歪む。歪んだ笑みへと
だが必死なフォンはそれに気がつかなかった
「近づくな!!離れろ!フォン!」
「勝機!」
男の体に槍がまだあるのを見て、フォンはそこへ拳を叩き込んだ。
(いける。これで倒れるなら、力と体格差を少しでも減らせる!)
轟ッ!
「闘技!多段共振打!」
轟音と共に、巨漢の槍が虚空を裂いた。穂先は一度空を刺しただけに見えたが、その瞬間、男の体内で異常な変化が起きていた。
筋肉と筋肉の間を縫うように、微細な振動が走り出す。その振動は単なる揺れではない。爆発的に加速した神経伝達の電流を利用し、衝撃を幾重にも増幅させる。触れられた対象の内部で、その増幅された力が一気に解放され、組織を内側から爆ぜさせる。
フォンの身体が真上から押し潰されるように沈み、砂地が円状に抉れる。
「ぐ……あっ……!」
悲鳴と共にフォンの口から血沫が噴き出した。皮膚が内側から裂けていく感触。肩から腕にかけて、薄い膜のように表皮が引き千切れ、赤い筋が浮き上がる感触
「あっ」
(死ぬ...)
初めて死を覚悟した感触
目の奥が熱く疼き、次にはもう両目から鮮血が飛び散って視界が本当に真っ赤に、顔にある砂埃を洗うように血が混じった涙は滝のようだった。そんな感触
それでもフォンは離れなかった。離れられなかった。
電気のせいだ。過大に増幅した威力の正体は神経伝達の際の電気。
だからフォンの四肢を動かすのにも影響している
「あ...あっあっ!」
腕の力が完全に消えたわけではない。神経が焼き切れるような痛みの中でも、意識はある。
けれどその筋肉が異常な速度で収縮と弛緩を繰り返す。
まるで自分の意思を持ったように
(体が..震えが止まらん)
それが“多段共振打”の本質だった。一撃ごとに筋肉間の振動を神経電流で増幅し、触れた相手の骨格と筋肉を内部から共鳴破壊していく技。一番奥の神経を通して
(第一段階……いや、もう第二段階に入ってる……!)
レイの考えるように《神経過載・蜂巣解体術》は、痛みを力に変換するだけでない。
第二段階までいけば敵の動きを予測し、自身の筋肉を強制的に再構築する。そんな超感覚が生まれる
人呼んで《戦術超感覚・零距離解体》
男の肩に刺さった槍は、すでに男自身の技の触媒だけではない、そこから異変した。槍の、金属の電気伝達は振動に伴い、血飛沫を撒き散らすフォンへと直接伝わっていく。
水は電気を流す、だから水分のある血液はそれを伝える。もっとも電撃された相手の筋肉の歪みの性質上、血飛沫と体は一直線にずっと繋がったままにいられない。つまり水と大元の金属はあるとしても、電気を常に起こしていける訳ではない。
「...第二...!」
しかし、レイの見立て通りであれば、男が第二段階であれば違う。全ての軌道を予測して常に電気を流せ得るように余裕に動かせるからだ。
「はは、やはり水の方が電気を通しやすい」
つまり予測された以上、多段共振打の本体はフォンに変わっていた。フォンは自分で自分を痛めていた。
だがここにきて疑問になることもある。
それはなぜ、伝達させる意味があると。
本当ならば直接触れれば、それで伝わるはずだった、だからいくら効率よくても、手や腕などに流すよりは効率は良くないはずだ。
「フォン!これ以上口を...くっ目が」
煌びやかに血液がなるのを見れば疑問も解消される。
血液は優秀な電解質ゆえに、肉体と違って伝わってきた電気を育てる力があった
事実煌びやかになるのが証拠だ。電解質は分解に際して、キラキラとするのだった。
「あっがががっが!!!!ぎゃあああ!」
触れられた部分から、増幅された神経電流がフォンの体内へ侵食し始める。
「フォ……ン……離……れ……ろ……!」
レイの声は掠れていた。胸を貫かれた傷から血が止まりなく溢れ、砂を黒く染めている。
「無理だぜ、あんた、いやあんたら。アハハアハハハハ、いやおもしれぇ。いいぜ、冥府の土産に行ってやる。」
「ぐっ!」
それでも彼は片手を伸ばし、震える指先で絶天壁を展開しようとした。しかし気の流れが途切れ、掌から放たれるはずの衝撃は、ただの微風となって消えた。
「ハッ!」
巨漢は獰猛に笑った。
「ねへぇ……アハハハハ!ようやく理解したか?気も筋肉など、ただの器、媒体に過ぎん。俺のこともわかったか...大力」
ゴッ!
「ぷっ」
男によるフォンへの殴打
「まだ抵抗するか!!」
ゴッ!
「いいか!その痛みをしれ!痛みを覚えろ!真の力は、痛みをどう使うかに在る!」
ゴッ!
さらなる殴打!
「痛みこそが神経そのもの、痛みこそが人体そのもの。痛みは振動を強くする。振動が神経の電流を増幅し、触れたものを内側から爆ぜさせる……それが我が闘技だ!」
男はフォンを掴んだまま、一気に地面へ叩きつけた
ドン!
砂煙が舞い上がり、フォンの背中から鋭い骨の軋む音が響いた。皮膚はさらに裂け、背中一面が血の膜で覆われる。目から飛び散った血が砂に染み、小さな赤い花のように広がっていく。
「てい!生け花じゃい!」
「う……ぁ……っ……!」
フォンの意識が遠のく。
(あれ...これ....)
どうやら彼の脳裏にはコブラの時の感覚が残っていた。あるいは近づいていた。あの時も、死に瀕した状態で関節を制した。
今も同じだ。ならば、痛みなど、ただの信号に過ぎない。そのはず
(レイ……ヤマ……俺は……まだ……)
フォンは歯を食いしばり、裂けた皮膚からさらに血を絞り出すように力を込めた。
そして一瞬男の肘がわずかに外側へ開く。その一瞬の隙を、フォンは逃さなかった。気がついた。
本能が電気の伝達は互いに可能であると。
それが正常だからだ、電力は、この世の全ての基礎となっている。四大基礎の一つであり、何をしようとも同じである。
だから槍の男の不思議そうな力も決して超常であったり、不可解な異次元のものではない。彼はこの世に単にあるものに気がついて利用しているだけだった
そしてフォンも少しだけだったが、本能的にそれを一瞬利用して、反撃の体制をとるための時間を作り上げたのだ
「荒天!!!」
言霊が再び発現する、コブラ以来に、フォンが!
閃光ッ!
「突触閃光!」
「あっ!」
「ば、ばか...な」
血飛沫に、粉塵
勝者は一体どちらに
レイさえもそれに気がつくのには時間はかかった
(どっちだ!フォンか!うまくいったのか!!)
ズサ
足踏みの音がする、誰が動いた
ズサという音は再び、やはり誰かが動いている。
「フォン!」
土砂が消えたそこに立っていたのは
その大柄な体格は果たして!
「フォン...か!」
間違いない、あの黒い髪は。
「アホウ...冗談にも程がすぎるぜ」
槍の男だった。
力なくへたるフォンの頭を持ち上げていたにすぎない。
「なっなんだと!!!」
反撃!失敗!




