第十九話 騎士たちと大魔と王
想像を超えるほどの強さにフォンとレイは打ち砕かれた如しに。
そんな三人の姿は、すでにドローン映像を通じて無数の瞳に焼き付けられていた。
砂塵を巻き上げる戦場の上空では、数十機の偵察ドローンが円を描くように旋回を続けている。しかし大数は覇大王のだろうがいくつか違っていた。
それぞれの機体は異なる勢力の紋章を控えめに刻み、映像をそれぞれの本拠地へとリアルタイムで送り続けていたみたいだった
画面の向こうで息を潜める観客たちは、もはや単なる予選などとは思っていない。ましてや小国の王の目論めや錯乱としか見ておらず。ここは彼らの戦場であり、交渉の場であり、そして世界の力の均衡を測るための重要な試金石だった。それは新たなる秩序の一歩へと歩むそんな足場へと。
そして現在、この場に実際きている超常勢力の一人がいた。
騎士
西魯の地、海佑騎士邦。
古くは齊魯騎士邦と称され、大崩壊以来の邦制確立から内戦三百余年を経て、正式に“海佑騎士邦”と改称されたその国。当初の表記は“海右”であったが、騎士たち自身が文書を書き記す際に“右”を“佑”と書き間違えたことが始まりで、以来“海佑”と記されることが多くなった。彼ら自身はその誤りを不快に思わず、むしろ自らの手による誤記すらも立場を示す符牒として受け入れている。
騎士らが言うには━━「天意の加護」
もっともあながち間違いでもなく“海右”とは地名ではない。世界を一つの大海と見立て、その“斜めの角度側を、ちょうど当時の騎士らの頂点が見ていた、それを右手で指差したから礼の座”に立つという、明確な立場宣言となった
王は中央に座す。海右は、中央を仰ぎ、正す側に立つ。
初代騎士、後世“太丘公”と称される男は、覚醒以前より騎馬戦車隊の指揮者であった。当時の騎士とは、最速・最重・最も突破力ある兵であり、一度走れば止まることを許されぬ存在だった。だが太丘公は、暴走する戦車を、命令ではなく手綱を引いて止めた。それが最初の覚醒と言う人もいた
━━「我は最も強き“騎”に在りながら、最初に止まる者でありたい」
この一言が、海佑騎士邦の全ての礎となった。騎士とは、力を預かる者であり、力そのものではない。その精神は、聖本会規篆のもとに抜粋された二十一のしきたりとして、今も厳格に受け継がれている。
一、我、殺生を好まず。然れども悪あらば、民の公義を以てこれを裁かしむ。
それ以外のしきたりについても、力を私に用いることを禁じ、止まることを知らぬ者を騎士と認めぬなど、細やかに、しかし容赦なく記されている。
ドローン映像を見つめる海佑騎士の一室で、分騎の一つ義宗の十二階称号の第六階“執義”に位置し、同時に騎士の第六階にも名を連ねる男が、静かに腕を組んでいた。執義名騎士。二つの位が合わさり当然その名で呼ばれる彼の瞳は、画面に映る巨漢の槍と、血にまみれた若者たちを、冷徹に、しかしどこか懐かしむように捉えている。
「……神経過載・蜂巣解体術か。第一段階から第二段階へ、あれほど滑らかに移行するとは」
隣に控える弟子の一人、息をのむ。
「師、あれは……」
「知っている。人境に至らぬ者で、あれをここまで使いこなす者は稀だ。だが、問題はそこではない」
執義名騎士は、ゆっくりと視線を画面の端へ移した。ドローンの群れの中に、明らかに海右のものではない機体が混じっている。魔教の紋章。宝山寺の紋。そして、東の方角から飛来した、朱を模した黒い機体。
「大魔・安戈崙が動いたか。....我らが義人をよくも!」
義人それは彼が師にして、大儒の一人、今はなき古惱智である
彼は師を殺めた者への怒りを、未だに隠そうともしていない
そこへ弟子が声を潜める。
「あの東王・朱も、すでにこの地に影を落としています。亜聖目前の大儒を手にかけた男です。法宗のみならず我らが騎士、静かにしているはずがありません」
「当然よ」
「天境の強者たちが、ここへ集う。神境に至らぬ世界で、今最も高い領域にいる者たちだ。騎士の戦陣をもってしても、大儒が五名以上いなければ太刀打ちできぬ相手ばかり。ましてや人境の者が単独で挑めば、死あるのみ」
画面の中で、巨漢がフォンの体を地面へ叩きつけた。砂煙が上がり、血が砂に染みる。
「……だが、これを逃すか!!降伏勧告は三度のはずぞ!!」
そう言ってしばらく怒鳴りつけて、弟子らの怯えた姿を宥めるように彼は言う
「失礼した、話を変えさせてもらう。」
失礼、それは騎士にとって最大の禁忌。
今度の失礼は力や身分が足りない弟子らに余計なことを話してしまったこと。
こんなふうに上位者が行なってしまった場合はすぐに平伏し、話を変換しないといけない。
すなわち、孝の一つ「長輩は強者でないといけない」歳を重なれるごとに強者は、心を磨き、歳を重ねていくうちに実力も身に付かねばならない。
弟子や若い人だけに制限で知らせないだけでなく、どんな情勢でも、強くある年上の存在は決して情緒に任せてはいけない
「うむ、太丘公が言ったように、止まることを知る者が、真に強い。だが、止まらずに走り続ける者もまた、時に道を切り開く。あの若者たちが、どちらであるか……まだ、分からぬ」
そのとき、弟子の一人が画面を指差した。
「師、あの黒髪の若者……技の使い方が、妙に洗練されています。もしや双手・絶天壁、そして...呼吸法による力の制御。あれは……」
執義名騎士の瞳が、細められた。
「雷……か」
「え?」
「姓が雷の者だ。ウワサには人境の強者であり、神族の敵対者。仔来屠の弟子だと、噂では聞いている」
弟子たちがざわめく。
「仔来屠……あの、姓の“屠”を後にして名乗る者ですか?」
「ああ。なぜ“屠”が名前の後なのか、気になる者も多い。身をわきまえぬも同然の無礼千万。しかし、神族と敵対し、玄境に師事をしてに人の境まで至ったあの者の弟子が、こんな荒野の予選にいるとは……」
執義名騎士は、画面の中で血だらけになって倒れているレイを見つめた。
「双手・絶天壁。気を壁として空間を塞ぎ、相手の力を殺し、軌道を逸らす。単なる防御ではない。攻守一体の技だ。あれをここまで使いこなすなら、確かに仔来屠の教えを受けた者に違いない」
弟子の一人が、恐る恐る尋ねる。
「師、仔来屠...“屠”は……もしや」
「まだ分からぬ。あのかつて、血の雨を降らせた大秘宝に関連するものかは...ただ、名前の後に“屠”を据える者は稀だ。いずれにせよ、神族の敵対者ならば、我らの敵ではない。今分はな」
画面では、レイが震える指先で絶天壁を展開しようとしていたが、気の流れが途切れ、ただの微風となって消えていた。
「……しかし、敵か味方か、あるいはそれ以外かの問題ではなさそうだが。まだ、死んではおらぬが限界に近い」
執義名騎士は、静かに目を閉じた。
同じ頃、目を閉じていたものもいた
魔教の教主、大魔・安戈崙は、巨大な発光する緑色の玉座に深く腰を沈め、眠るようにしていた。
しかしフォンたちが血飛沫を撒き散らすドローン映像を映す時には、すでに水晶の盤を見つめていた。その瞳は、血のように赤く、静かな怒気を湛えているようだった
「満ちぬ....足りぬ....」と唸りをしていた。
そこへ何かを連れてきた一人が恐る恐る進み出る。
「救主……本日の血奴でございいます」
「満ちぬ...足りぬ...」
安戈崙の指が、ゆっくりと盤の上を滑る。
「満ちぬ...足りぬ.....」
言葉こそは変わらないものの彼の視線は、画面の中で血を吐きながらも拘束を解かなかった若者、フォンへと注がれた。
「.....」
「下がれ」
「はっ左護法!」
「さて、老大こっからどうする。あの忌々しい現世仏の東王も見ているんじゃないか。今」
「...ぁぁ....朱小七....」
魔教の教主は東王に向けてドローン越しに殺気を飛ばした。しかも乳名で煽る一方
だが東王の統べる国、大順の宮殿にいる静かな書院にて東王 朱は、書物を閉じ、窓の外に広がる緑豊かとした風景を見つめていただけだったドローンの映像は、すでに彼の脳裏に焼き付いている。
現実的な時間で
“現世仏”の力、全てを知る力。
そんな彼は、ふと思い出していた。
大魔・安戈崙が“都市を貪る怪物”と称される所以を。
安戈崙が殺戮の限りを尽くした場所は、生き物はおろか、石すらも残されないほど徹底的に破壊される。通り過ぎた後には、ただの瓦礫の海すら残らない。建物は粉々に砕かれ、地面は抉られ、空気さえもが腐臭を帯びたまま停滞する。かつて小国の都市全てが、安戈崙の一手によって一夜にして消滅したのを、幼い頃の朱は遠くから目撃していた。自分より若く生まれたはずの、幼き顔ぶれが巨大なる身体と人ならざる情緒にて、炎も煙も消し去る、すべてが消えていく。石一つ、骨一つ残らぬその光景。
「陛下、天境の者たちがこれほど集まるのは、ここ数百年で初めてかと」
「分かっている。神境に至らぬ者が、世界の頂点を争う時代だ。八百年を超えて神境の者は未だ存在しない..故に朕のような平民出身にとってこれは好機だ」
朱の瞳が、細められた。
「吾皇聖明」
「魔教は所詮速成の、基本がボロボロの怪物どもだ。この際殲滅してやるがいい。うむ、すぐに早朝を用意しろ、朝廷の大官を呼べ。兵将を立てる時だ」
兵士を必要とする、そういった時朱は、再び安戈崙の名を思い浮かべた。
都市を貪る怪物。怒りに飲まれた存在。
(それがどうした)
かつて己が恐れた若き不老の怪物。
魔教の功法の最高到達点ですらも化け物に過ぎん。
絶望や怒りを吸えて、己を強くすると言う。しかし、吸えているだけで特に濾過などもできず、感情は溜まり続けていく。あれでは自分の体で全く別の意思を持ちはじめる化け物を作っているに過ぎない
「蠢貨」
「吾皇万歳万歳万万歳」
「ところで朕の七舅爺はどうした」
「フォン!」
そんなこんなで思惑は多くあった、しかしそれらは決して今の実力のフォンたちが触れられるものではなかった。彼らの生存したいという欲望までも打ち砕かれていくからだ。
「天が最高、玄が次、人が次に武が一番下。それでも一般よりは超人。だが、争いやまぬこの時代に、真に強い者が現れるのか。いるのか。それとも、ただの祭壇の供物で終わるのか...お前たちは違ったようだ、小僧ども。今から死ぬからだ」
槍の男が話していたいたように、彼らの実力はこの場を生き抜くことすらできない。
レイが血だらけになって倒れている。ヤマは岩陰で浅い呼吸を繰り返すばかり。フォンの体は、内側から裂けた皮膚を血の膜で覆われていた。
もはや勝利宣言と言っていい場面だった。
「三発は耐えて見せよ……と言ったはずだ。三発ちょうどで沈むバカはどこにいる。あ、ここか」
巨漢の槍が、再び動き出す。
「うーせろぉ〜」




