第十六話 朝日の落日
「そうだな、よくは知らんが」
フォンの声は静かだった。毒に蝕まれ、ワイヤーに締め上げられ、落下の風圧に全身を削られながらも、その瞳は異様に澄んでいた。
理由は一つ虎豹雷音。
それは己の内にある血の流れが、肉の震えが、まるで生命があるように自在に動き出しては、その流れる音はまるで氾濫する川の濁流が如くと、雷のような音がその全身を駆け巡る。
響きが、体内の血潮を雷鳴のごとく駆け巡らせる。そう来る、ならばフォンは高速の落下でもコブラを掴んだままにできる
ガギィィッ!
コブラの義肢が、突然異様な音を立てた。
まだ変形するのだった。
(何まだ何を隠して!?)
「はははっ! これで終わりだ、ガキ!」
コブラの体が一瞬、落下の勢いを逆転しかける。推進力でフォンを振りほどき、上昇しようとする。だが
(……来い。全部、受け止めてやる)
フォンの右腕が、鈎のように鋭く曲がる。
“鉤・荒天火網(エビチリでたい焼きを釣る)”
それは一見、馬鹿げた名前の技だった。だがその本質は、空気摩擦圧を利用した完璧なカウンター。
この技の名前の由来は、実に馬鹿馬鹿しい。地下にいた時フォンが屋台でエビチリを食べながら、ただでたい焼きを取ろうとして、拾った釣り竿でこそこそ釣ろうとして失敗したとき、ふと思いついたという。
釣竿のしなやかさ。
その時は一瞬先端部が、そう竿を振る時は先端部の風切り音がしては、空気を引き裂いているという気づきに。
ならばと彼は思う。「打撃に...使える?」
しかし違った。
あのしなやかさならば、当然筋肉の働きの制御をしては生み出せない。
(だったら当てなければいい、いやこちらから打ち出すも何もしない。)
フォンは決めた、打ち出さないのに、当たる打撃を生み出すと。
エビチリの辛さと、地下で見た食べられなかったたい焼きの甘さが混ざるような矛盾のバランスを、戦闘に応用できないかという子供じみた発想から生まれた打撃をしない打撃技
“鉤・荒天火網(エビチリでたい焼きを釣る)”
空気摩擦圧を利用したカウンター
相手の攻撃よりわずかに速く後退しつつ、一定距離を保つ。すると空気が圧縮されて“見えざる壁”ができる。
圧力だ。空気摩擦の原理
ボォ!
しかし摩擦となれば当然熱は起ころう、冬に手を擦るように。
そうあるように現に戦いをしている両者は燃え始めた。コブラの義手推進による突進を、フォンは意図的に後退で受け流した、相手の攻撃よりわずかに速く下がりつつ、一定の距離を保つ。
荒天火網の名のようにすでに捕獲する網はある
(釣りで無理なら、網だ。)
空気が圧縮され、目に見えぬ壁が二人の間に形成される瞬間。
フォンの体がその壁に触れた瞬間だ。
発熱は起きた。
虎豹雷音の血液のうねりから起こる全身の筋肉が爆発的に収縮することと合わさり、無数の小さな衝撃が空気の壁をぶち破った。
そんな彼の突進体がそう一気に突破すれば点火する。空気摩擦が炎を呼び、フォンの発射物となった体、全体が赤熱した火網となってコブラに襲いかかる。
そこまでの距離でもないというのに。
ワイヤーがあるのに
だがうまく行った。
「ああああ」
燃える、落下の勢いのおかげか。
経験豊富なコブラはそう気がつく。結果的には同じだが、原理は違う。
原理が違う。そのことに気がつかないと技を破るのにも時間は当然かかるはず。
ならば今はフォンが確実に優勢だ。
その試行錯誤の間に二人は火の玉になり始める。
まるで深い地下に今まで一度もきたことのない太陽の贈り物、朝日を見せるように。
それは空気と摩擦の熱で炎の網(火網)を作り、相手を包み込むカウンターによるもの、量子空気圧縮とプラズマ点火の融合。
要は、フォンが思うには「後ろに下がって溜めて、前にぶちかますってことだ。」
「ぐあっ!?」
コブラの義手の切れ端は炎に包まれ、推進孔が詰まる。
もはや火花が散り、金属が溶けかけるているだがコブラはさらに何か奥の手を繰り出した。
「第一心臓……爆ぜろ!」
コブラの胸部までもが義体で強化されては、なんと人工心臓があった。
当然と言えば当然かと、フォンは後に気づいて思った。
なぜならば、その人工心臓で、何か燃料があっていれば、義手の切れ端の推進力も説明はつくと。
だが、今の彼、フォンには反応し、理解する間もなくただ、脈打つ。ドクン、ドクン、と不気味な音が響いているのを聞いては、次の瞬間――
爆発した。
バァァァンッ!!
血飛沫だ、飛沫が猛毒の液体なものががフォンの顔面から全身へと浴びせられる。
本物の技関係なしの猛毒
心臓部から直接噴出される毒は、通常の毒などとは比較にならない濃度と速度。それは神経を焼き、筋肉を溶かし、視界を真っ赤に染める猛毒の中の猛毒。
「うおおおおおっ!!」
フォンは痛みに吼えた。だが掴む手を離さない。毒に侵されながらも、逆にコブラの胴体を両腕でがっちりとホールドする。落下の勢いが二人の体をさらに激しく絡め合わせる。
当てない打撃の鉤・荒天火網の構えではない、距離を縮めては、打撃の大元の空気の圧力が減ってしまう、一定の間隔が必要なはずだ
「ふざけるな!この高さだぞ、この馬鹿野郎!! 一緒に落ちてどうする!」
「お前が受け皿だ。」
“皿割り(さらわり)”
またもや新技だった。
フォンの全身が重力と速度を味方につける。体重をすべてコブラの上に預け、落下の加速度を最大限に利用。まるで巨大な皿を叩き割るように独特な調整と力の加わり方。
「うおおおおおおおおお!!」
二人の体が高速で回転しながら落ちていく。風が耳を裂き、壁面の岩が矢のように後ろへ流れていく。コブラの毒血がフォンの体を蝕み、フォンの火網がコブラの義体を焼き、互いの怒声が暗闇に響き渡る。
コブラの顔に、初めて本物の恐怖が浮かんだ。
「やめろ……! お前も死ぬんだぞ!」
「いいさ。」
(一緒に地獄の底まで落ちてやる。お前がクッションだ。俺の体重と速度で、全部、叩き潰してやる!)
フォンの精一杯の束縛が、コブラの爆発した心臓部をついてに、ひび割れさせては、その胸を破壊した。
ガキィン!と
「うぁ...」
その衝撃が、落下の勢いと相まって増幅される。コブラの肋骨が折れたのか、それが肺にでも刺さったのか。彼は声が、悲鳴は出ずにただ弱々しくうねりをした。
ボン!
ついに、底が来た。
ゴォォォォォォォォンッ!!!!!
さらなる衝突音、爆発、それはまるで隕石が落ちたかのように凄まじいもので、火の玉が轟音を上げながらに地面に激突するから。
凄まじい衝撃だった、地面に叩きつけられた瞬間、フォンの皿割りの真髄が出た。
コブラの体がまず、受け皿となっては、その振動を、動くフォンにある振動で衝突させては、フォンの体重と速度が一点集中で叩き込まれるとなる。
コブラの義体がそれに共振を起こし、内部から自壊する。まるで薄い皿が割れるように、衝撃が分散されず、ただただひび割れていくように。。
バキィィィィィィン!! ガギガギガギッ!! ドゴォォォォン!!
コブラの体が粉々に砕け散る、残骸化
ワイヤーの破片、骨が四散。血が地面に飛び散り、ぐつぐつに溶け出しているかのように、まるで岩を溶かすような音を立てる。
共振だ、フォンの虎豹雷音の流れに共振したせいである、しかし、その流れる振動に耐えきれずにコブラは崩れる。その肉体は崩れるのだった。
コブラの肉体が、受け皿として潰れ、へしゃげ、骨が折れ、臓器が破裂する。
蛇のようなしなやかな体へと折り曲げていく、骨が全部砕けて、体はただの肉しか無いものと化していく。
一方、フォン。
フォンの体はコブラの上で跳ねるように衝撃を逃がし、骨折こそ免れないが、少し高くまで上がっていた。
朦朧としながらも、地面にやがて転がり落ちる。
凄まじい身体能力だった。
(はあ……はあ……くそ……まだ、生きてる……」)
毒がまだ回っているが、落下の衝撃で一部が排出されたのか、意識は辛うじて保たれていた。
それと対照するようにコブラは地面にぐるぐる巻きのような形に潰れ、微かに眼窩の奥にあった、機械の部分だけを動かしていた。
「てめ……え……この……カスが……」
フォンの意識が、薄れゆく。
安心感だ。勝利への
だが、まだ終わらない。この底から、どう這い上がるか。それが、次の戦いだった。
だがそれも心配はいらないはずだった。
まだレイが、ヤマがいる。いつかくるはず。
それならば例え、コブラの部下がいても大丈夫、そうフォンは思った。
(あとは任せた....レイ...ヤマ....)
周囲から闇は迫る、眼前までに縮んでは囲むように。
暗く底知れぬ大穴の奥底。ただ暗く、静けさに満ちる。
遥か頭上からは、自然の光などただわずかな光の筋が届くのみで、周囲はほぼ完全な闇に包まれている。時折、岩の欠片がぱらぱらと落ちる乾いた音だけが響き、すぐに静寂に飲み込まれる。
冷たい風が底を這い、埃を優しく撫でる。すべてが、ただ静かに沈殿していく。
日はまた登る。
━━落日こそするものの、それは朝が陽光。




