因果応報つまりざまぁ
その日、マリアはいつものように部屋に籠もって語学の勉強をしていました。
最近では極力自室で過ごしています。生まれ育った家だというのに、肩身が狭く感じるのです。
「どうしてこうなったのかしら」
集中力が切れた彼女は、母の日記を手に取りました。
何度も読んだ頁を指でなぞります。
ロベルトは心を入れ替えて、妻とやり直そうとしていました。
再構築しようと決意した直後に、その相手を失ったのです。さぞかしショックだったでしょう。
だから妻の忘れ形見である娘を遠ざけた。そうマリアは結論づけました。
違和感に目を瞑り、彼女は父を信じることにしたのです。
「……なんだか騒がしいわね」
窓の外を見たマリアは慌てて部屋を飛び出しました。
*
「お父様! それにミス・グリーンも! 一体何があったんですか?」
階段を駆け下りたマリアの目に飛び込んできたのは、騎士に拘束されるロベルトとミス・グリーンの姿でした。
「この家のお嬢様ですか」
「はい。マリア・ボスコと申します。どこぞの騎士様とお見受けしますが、当家に何用でしょうか?」
「通報がありまして、お父君に殺人の容疑がかかっています」
「事実無根だ!」
「父が人を殺した!? 一体誰を?」
「先代商会長――あなたの母君です」
気遣わしげに、しかしキッパリと告げられた内容にマリアの頭は真っ白になりました。
「ミス・グリーンは殺人教唆の容疑です。こちらは共謀者が自白したので、ほぼ確定です」
半年前にスレイの領主代理と結託したミス・グリーンは、薬学の知識を悪用して治療を阻害する方法を教え、見返りとして先代亡き後にボスコ商会と多額の取引するよう持ちかけたのだ、と騎士は説明しました。
「ミス・グリーンは、ボスコ氏にも同じことをした可能性があります。そちらはこれから調べる予定です」
「それは、どういう……?」
聞きたくない。でも目を背けてはいけない。
スカートを握りしめたマリアは騎士を見上げました。
「先代は感染症を拗らせて亡くなっていますよね。金属を含む食材を標的に飲ませることで、薬が効果を発揮しないようにする。標的は症状が悪化して死に至る、というのが殺害の手口です」
「――!?」
騎士の説明を聞いたマリアは凍りつきました。何度も何度も読み直したので、一言一句覚えています。
「……どんな食材が該当するのですか?」
「乳製品、苦汁と呼ばれる便秘薬、貧血治療の鉄剤、味覚障害を治療する亜鉛……」
つらつらと並べられる言葉に、世界が傾きました。
(ああ、そうだったのね)
生前の母は散々言っていたではないですか。『商人は、最悪の状況を想定して動くべし』と。
あの日記には、ロベルトの行動が細かく書かれていました。何を言ったか、何を妻に食べさせたかまでハッキリと。
マリアが持っているのは、母の遺品であると同時に、犯罪の重要な証拠だったのです。
「マリア! 父親が無実の罪で連行されようとしているんだぞ。黙って見ていないで抗議しろ! 妙な噂が立てば、商会にどれだけ打撃があると思ってるんだ!」
俯いたマリアの視線の先には、握りしめられた手がありました。
なぜ今までスカートに皺を作ってまで堪えていたのでしょう。それは本当に必要なことだったのでしょうか。
マリアは、ゆっくりとスカートを手放しました。
「……そうですね。悪い噂は商売の足を引っぱります」
「ああ、そうだ!」
「だからこそ、徹底した取り調べで身の潔白を証明するべきです。精神を同調させることで、相手の心理状態を確認する魔法があると聞きました」
「確かに、あるにはありますが。どこでそれを?」
「知り合いが教えてくれました。現在も犯罪捜査で使われている手法だと」
「ええと……それは間違いないんですが、あれは国を揺るがすような重罪を犯した者に行う方法ですよ。家族の同意があれば、今回のケースでも行えますが、本当に良いんですか?」
ラファエロはあたかも普通に行っているように言っていましたが、どうやら彼の常識は非常識だったようです。驚きはしたもののマリアの決意は変わりませんでした。
「是非お願いします」
「マリア!」
「お父様。ご不在の間の商会の運営は、私にお任せください。これでも次期後継ぎとして、教育を受けているのでしっかりこなしてみせますわ」
父が戻ってくることはないとわかっていながら、マリアは殊勝な言葉を口にしました。
騎士達にはさぞ健気でしっかりした娘に見えることでしょう。
「私はお父様の無実を信じておりますからね」
これくらいの腹芸ができなければ、この先商人としてやっていけないのです。
大掃除完了。
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