奇妙な城 23
「あ、師匠は別行動でお願いします」
「なんでじゃ!?」
仲間外れよくない、と抗議する後期高齢者に、九歳児が冷静に諭しました。
「ヨセフ様が連行される前、試しに魔法を使ったら普通に使えました。師匠が着替えたのは、復活した竜と戦って服がボロボロになったからですよね」
「なんじゃ。さっきの言葉はそういうことか」
漏らしたと誤解されてなかったことに、ラファエロは安堵しました。
「明後日の方向で自爆されて驚きました。それよりも、王都から兵隊さん達が飛んでくると思うので対応してください。退職したとはいえ、まだ顔は利きますよね」
「わしをなめるでない。国を代表する大魔法使いじゃぞ」
今のラファエロは、いつもの若者姿です。九年経とうと姿は変わっていません。
邪竜が復活したと上層部は精鋭部隊を送ってくるでしょう。中には見知った顔もいるはずです。
「では、ついでにお願いしたいことがあるんですが――……」
ミカエルの頼み事に、ラファエロは任せろと微笑みました。
*
静かで穏やかな空間は、まるで外の世界から切り離されたようです。
部屋の外で起きたことを知らないセルジオに、パトリックは今回の顛末を説明しました。
「そうか……」
「残念でしたね」
「ああ、まさか弟に殺されかけたなんて――」
「違います。自分の命と引き換えに、ヨセフ様に領主の座を押しつけようとしたのに、失敗したことに対しての言葉です」
ミカエルが言い放った瞬間、セルジオの笑みが凍りつきました。
「でも結果的に最高の結果で終わりましたね。城の魔法を解除したのはヨセフ様であり、あなた達親子に責任はない。目覚めた邪竜は師匠が討伐。もうパトリックさんは自由の身です。彼が犠牲になる未来は消えました」
困惑する周囲を置き去りにして、二人は暫し見つめ合いました。
「……まいったな。まさかそこまでお見通しとは。私は小さなお弟子様を見くびっていたようだ」
「ねえ、どういうことだよ。オレにもわかるように、ちゃんと説明して!」
「領主様はわかっていたんですよ。自分が治らないのは弟の仕業だと」
「どんな手を使ったのかは見当がつかなかったけれど、医者が気がつかないくらいだ。自然死と診断されるのであれば構わなかった」
他殺だと判断されたらヨセフを疑う者が出てくるでしょう。疑わしきは罰せず、されどそんな者を領主にするわけにはいかない。それでは困るのです。
「なんでだよ! オレはもう、アンタが何考えてんのかわかんないよ!」
「お前が大事だからだ」
「――は? なにそれ、笑えないんだけど」
狼狽えた状態から一転して、パトリックは怒りをたたえた目で父親を睨みつけました。
「私はお前に二つ嘘をついた。代替わりに条件などない。口外禁止を架す制約も存在しない。現に私たち兄弟は成人と同時に先代から説明された」
ラウレンチオの子孫であれば、いつでも陣の一部を担う要石になれるとセルジオは説明しました。
そして城の奥深くに邪竜が封印されていることも、この領地が竜を封印するために作られたものであることも、スレイ伯爵家の人間がお役目を引き継ぐ為であれば禁じられていないと語りました。
竜がまだ生きていると公表するのは、国の歴史を否定することになります。
何より国を滅ぼすほどの危険な生物を保有していると周辺諸国に警戒されるので、一族の人間が例外なだけで箝口令が敷かれているのは間違いありません。
「嘘をついたのは、オレに資格がないから……?」
「違う。私の子は、お前だけだからだ」
*
数十年前。先代から封印の話を聞いた時、三兄弟の反応は様々でした。
セルジオは重要なお役目だと高揚し、次男は冷静に受け止め、三男は激しく拒絶して成人すると同時に家を出ました。
領主に就任すると同時に、セルジオは結婚しました。
セルジオは次代を担う子供が欲しい。
妻となった女性は支配的な父親から逃れたい。
初顔合わせで腹を割って話し合い、二人は夫婦という名の相棒になりました。
「妻は私とは正反対だった。社交的で好奇心旺盛――見た目は私似だが、お前の性格は母親譲りだ」
「父さんを捨てて出ていった女に似てるから、オレが疎ましかったの?」
弱々しい問いかけに、セルジオは首を振りました。
「契約結婚だった。でも一緒に過ごすうちに私にとって彼女は大切な存在になり、彼女もまた同じ気持ちを返してくれた」
「でも出て行ったんだろ。わけわかんないんだけど」
「彼女の夢は世界を見て回ることだった。子供を産む代わりに、充分な金を渡して解放する。普通に離縁したら実家に戻されて、また政略結婚の駒にされるのがわかっていたから、護衛を付けて逃がすというのが、私たちが結んだ契約だった。私に付き合って、彼女が夢を諦めるなんて耐えられなかったんだ」
「じゃあ護衛と駆け落ちしたっていうのは嘘?」
「妻の実家を騙す為の方便だ。彼女の名誉を傷つけるが、別人としてこの国を離れるから問題ないと笑っていたよ」
むしろセルジオを「妻に逃げられた夫」にしてしまうことを、最後まで躊躇っていました。
同行した護衛は心は女だが、肉体が男というジレンマを抱えていました。周囲に身を固めるようせっつかれる人生に辟易としており、伯爵夫人とは肉体の壁を越えて女友達のような関係を築いていました。
「お前が成長するにつれて私は後悔した。子供のことをお役目を継ぐ駒くらいにしか思っていなかった己を恥じた」
「……」
「お前は私とは違う」
パトリックは「外出禁止」が罰になるタイプです。一方でセルジオは「外で遊びなさい」と言われることに苦痛を感じる子供でした。
「城に閉じ込められて生きる運命を息子に強いたくなかった。同時に年々弟の野心が強くなっているのに気付いた」
そして考えたのです。
自然な形で弟に領主の座を譲り、息子を自由にできないかと。
いつその時がきてもいいように、セルジオはパトリックを領地運営から遠ざけました。
領主の一人息子としてパトリックが責任を感じないように、邪竜の封印についても教えませんでした。
「ふざけんなよ。オレが今までどんな思いでっ。オレの為って、勝手に決めつけて――クソッ」
「そうだ。全部私のエゴだ」
「開き直るなよ……!」
「いいじゃないですか。これを機に、思っていること全部吐き出したらどうですか」
黙って見ていたミカエルでしたが、会話が途切れたのを見計らって提言しました。
「そうですね。お二人は腹を割って話し合うべきです」
同じく空気を読んで、見守っていたルカも同意しました。
九歳のミカエルと、十九歳のルカ。四人の中でも若い二人に冷静に諭されて、大人組はばつが悪くなりました。
「ぼくたちお邪魔だと思うので失礼しますね」
「僕も席を外します。診察の時間にお会いしましょう」
それまでに終わらせてください、と告げるルカはどこまでもブレない男でした。
まだ悪いやつが野放しになってますよね。
ご安心ください。
次の話でちゃんとお掃除するので。




