奇妙な城 21
扉を開けて入ってきたミカエルの後ろには、額に青筋を立てたルカと、冷たい目をした薬師たちがいました。
「牛乳に含まれている骨の基になる成分。苦汁に含まれている水を取り込む成分。どちらも食品に含まれる金属です」
急な説明が始まって困惑する面々を無視して、ミカエルは説明を続けました。
「そして特定の薬は、そういった金属と結合して効果を発揮できなくなります」
飲んだ量の一部しか結合しなかったとしても、有効域を下回る濃度になれば治療効果は得られません。
「その通りだ。この城で使える薬は限られている。だからソゾン風邪と診断が出た時点で、どの薬が使われるか、専門家でないあなたにも特定できたのだろう」
ヨセフを懲らしめたい気持ちはあっても、医師として患者を放置できないルカは中和剤が入った瓶を差し出しました。
仮病を使ったラファエロから事情を聞いて、急ぎ用意した薬です。
「種子の毒を知らなかったように、ヨセフ様に専門知識はありません。だから中和剤が結合する薬か判断できず、一貫して拒否し続けたんですよね」
代表的なのが抗生剤ですが、他にも対象となる薬はあります。
ミカエルの推理に顔を青ざめさせたのは、罪を暴かれたヨセフだけではありませんでした。
「わ、わたし……私が余計なことをしたから、旦那様が」
セルジオに苦汁を飲ませていたメイドは、今にも倒れそうな顔で呟きました。
「おれが作っていたパン粥が、治療を邪魔してたってことなのか……」
ヨセフの勧めで、夜だけメニューを変えていた料理長が項垂れました。
「お二人は利用されただけです。もしヨセフ様の味方だったら、適当な理由をでっちあげてパトリック様の指示を拒否したはずですから」
特定の食品が薬の効果を弱めると知っていれば、ヨセフが拒否した時点で察して動いたでしょう。
「でも、よかれと思って取り返しのつかないことを……」
「そういう患者はよくいる。僕としては減ってもらいたいところだがね」
震えるメイドにルカが声をかけました。
「それに取り返しはついている。昨日から処方を変えたので、スレイ伯は快方に向かっているよ」
まだ顔色は悪いものの、メイドはほっとした表情になりました。
「鐘二つ分くらい時間をあければ、結合することはありません。逆を言えばそれ以下だと影響を受けるわけです。牛乳を使った料理を食べさせてから服薬、その後にトドメの苦汁。確実に影響を受ける、悪意のサンドイッチですね」
食後の診察は経過の確認です。スタートからゴールまで合わせても鐘一つ分といったところでしょう。
今回の殺害計画の肝は、発病が人為的でないことと、全ての薬が無効化されるわけではないことです。
一部の薬はちゃんと効いていたからこそ医師は首を傾げ、セルジオも緩やかに衰弱していったのです。
苦汁は海水に含まれる成分です。古来より存在しており、有害認定されるような物質ではありません。
牛乳と苦汁という城のルールで弾かれないものを使って、治療の甲斐無く亡くなったという流れにもっていく。目の付け所としては悪くありません。
「さあ中和剤を飲んで楽になったところで、取り調べを受けていただきましょう」
ミカエルの言葉に合わせて、廊下に待機していた騎士達がヨセフを取り囲みました。
*
「――お前達は何も知らないんだ」
「え? ここで自白始めるんですか? まあいいです、どうぞ続けてください」
推理小説の犯人のような振る舞いに、ミカエルは一瞬目を丸くしましたが興味深そうに見つめました。実験動物を観察する目です。
「この城のルールは暗殺防止じゃない」
「でしょうね」
「黙れ小僧!」
茶々を入れられたヨセフが睨みつけました。
「グレゴリオ騎士団は邪竜を倒せなかった。聖騎士の異能で封印するのがやっとだったのだ」
殺人未遂の動機を語るのかと思いきや、ヨセフは伝説の真相を話し始めました。
「毒や刃物の制限は単なる目くらまし。領主の暗殺を防止する措置にみせかけるためだ」
兄への恨み言や、次男という立場への鬱憤が飛び出してくると予想していた観客達は、突如始まった昔話に「おおー」とも「ええー」ともなりませんでした。「はあ」とか「へえ」がせいぜいです。
「本命は魔法を使わせないこと。城の地下深くに封印された、邪竜――終末の赤き竜を目覚めさせないためなのだ」
「で?」
「そうやって余裕をこいていられるのも今だけだ。封印を解く手段は他にもある」
「えーっと。もしかして自分にはもう後がないから、領地諸共破滅させてやる的なやつですか?」
「……」
図星だったのか、ヨセフの動きが止まりました。
「マジかよ」
「うわダサ」
「ヨセフ様のこと尊敬してたのに、雑魚すぎ。ショック」
歯に衣着せぬ周囲の言葉に、顔を真っ赤にしたヨセフは、騎士を振り切ると窓に向かって懐から出したものを投げました。
パーンッ!!!!
軽快な爆発音が青空に響き渡ります。
「なんとでも言え! これでもう終わりだ!」
「すみません。爆竹投げて得意げにされても反応に困ります」
ミカエルの言葉に、ヨセフを拘束し直した騎士達が頷きました。
せめて爆弾であれば、追い詰められた犯人による爆発オチになったのですが、爆薬もまた持ち込めません。
ヨセフが持っていたのは獣おどし用の爆竹です。
金属製の筒に入れることで携帯しやすいうえに、容器に反響するので裸よりも音が大きく響くという利点があります。
戦闘能力の無い者が、猛獣が住む森に入る際の必須アイテムなのでルールの許容内なのでしょう。
「あれは合図だ。封印を解く方法は、なにも魔法に限ったことではない。魔法陣の動力源を止めてしまえば事足りるのだ」
得意げに喋っていますが、彼の言いたいことを理解できているのは、この場ではパトリックとミカエルだけです。他の人間はそもそも魔法陣の存在すら知りません。
「領主代理になった際に、水道局の職員に命じたのだ。――合図があれば城に繋がる水路を封鎖しろとな!」
「「……」」
ミカエルとパトリックはなんとも言えない顔になりました。
現実的かつ効率的な手段ではあるのですが、世界崩壊の引き金としては地味で格好悪すぎます。
*
チクタクチクタク……
静まりかえった部屋に、大きな古時計が時を刻む音だけが響きます。
「何も起きませんね……」
誰かがぽつりと呟きました。
地下に封印された邪竜が目覚めたのであれば、足下が崩れ落ちてもおかしくないのですが、地震どころか揺れ一つ感じません。
「……爆竹の音、聞こえてなかったんじゃね?」
「よくよく考えれば、いつ合図がくるかわからないのに常に注意払えって無理だよな」
肉親殺しに邪竜復活。やろうとしたことは悪質ですが、どちらも何とも言えない決着を迎えたことで、周囲は残念な子を見る目でヨセフを見ました。
「そ、そんな……!」
がくりと膝をついた男は騎士に引き立てられました。
推理当たってた君達! 感想欄で僕と握手!




