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奇妙な城 20

 異変が起きたのは、乾杯から数分後のことでした。


 急に頭を押さえたセルジオは、立っていられなくなり座り込みました。痛みは増すばかりで椅子がある場所まで歩くこともままならず。とうとう絨毯の敷かれた床に横になりました。


「ちょっ、叔父さんどうしたの?」


 真っ先に声をかけたのは隣にいたパトリックです。


「眩暈が……頭が……」


「ただいま戻りました」


 ちょうどその時、ミカエルが戻ってきました。

 まるでタイミングを見計らっていたような絶妙な帰還です。


「ヨセフ様、どうしたんですか?」

「わからない。乾杯してしばらくしたら、急にこんな状態になっちゃったんだ」

「乾杯――? あっ、もしかしてリボンが巻かれたジュースを飲んじゃったんですか!?」

「え? あれは叔父さんのために作ったんだろ」

「違いますよ。師匠への日ごろの感謝を込めたものです。ぼく言いましたよね、種の中身を入れたって」

「う、うん」


「桃のようなバラ科の植物の果実や種子には、特殊な物質(アミグダリン)が含まれています。熟した実や、加工すれば無害ですが、そのまま摂取すると体内で毒性の高い青酸に変化します」


「え!? つまり叔父さんは毒を飲んだってこと? この城に毒は持ち込めないよ!」


「条件が揃えば毒になり得るだけで、毒じゃないから持ち込めます。胃腸で分解された瞬間に毒に変わり、その直後に城のルールで無毒化するからこの程度で済んでいるんです。もし城のルールが無かったら痙攣を起こして呼吸が止まっていたでしょう」


「そんな――」


「死にはしないでしょうが、体内に原因が留まっている限りこの状態が続きます。ルカ医師(せんせい)に中和剤を用意してもらいますね」


「オレにできることある?」

「出しきるか、中和するしかありません」

「何でそんな危ないものを用意したんだよっ」


「力を消費しないと師匠が魔力過多になるからです。魔法の使えない城で、中毒状態に抗おうとすれば力業しかありません。長時間にわたって魔力を浪費してもらうためです。ルカ医師(せんせい)が注意するよう言った場にヨセフ様もいたし、そもそも常識じゃないですか」


 しかしながらヨセフも含め、体内で種が毒に変わるなど知っていた者はいませんでした。

 もしかしたら医療従事者の間では常識なのかもしれませんが、薬師も医師も乾杯の前にラファエロを連れて出ていったので、この場には居ません。



 中和剤を手に入れるために部屋を出たミカエルを見送ると、パトリックは神妙な顔で口を開きました。


「このまま待ってるなんてできない。……出せば少しは楽になるんだよね」


 強制的に排出する方法は、嘔吐か排便の二択です。

 くるりと周囲を見回したパトリックは、セルジオの専属メイドに目をとめました。


「たしか便秘薬がどうこうって言ってたよね」

「はっ、はい。苦汁(にがり)のことですね」

「少しでも早く出しきるために、叔父さんに飲ませよう」

「かしこまりました。至急持ってきます!」


 非常事態に役目を与えられ、メイドは使命感に燃えた表情(かお)で走り出しました。


「それと君にも頼みたいことがある」

「おれですか?」


 パトリックに見つめられて、料理長は生唾を飲み込みました。知らぬこととはいえ、原因となったジュースは厨房で作られています。


「叔父さんは料理を口にする前に倒れた。空きっ腹で薬を飲むのは体に良くない。牛乳を飲めば胃にかかる負担を減らせるだろう」

「そうですねっ。すぐに用意します!」

「ま、待てっ」


 指示された二人を引き留めたのは、寝そべったままのヨセフでした。


「どちらも要らん。余計なことはするな――っ」

「どうしてだよ叔父さん」

「そのっ、気持ち悪いからだ。今何か口にしたら吐きそうだ」

「吐いたらいいじゃないか」

「なん……だと?」


「体にたまってるものを出せるなら、上からでも下からでも構わないんだ。今吐いて症状を軽くしておけば、折角の中和剤を吐いちゃう可能性が減るだろう」


 パトリックの言うことは筋が通っています。

 魚のように口をぱくぱくさせるヨセフを尻目に、周囲の使用人達もその通りだと同意しました。


「駄目だ駄目だっ、絶対に駄目だ!」

「心配しないで。トイレに駆けこんだところで叔父さんの尊厳は傷付かないよ」

「違う、そうじゃない!」

「問答している時間はない。さあ行って!」


 パトリックに急かされて、料理長も部屋を飛び出しました。



「私は飲まないぞ!」

「いい加減にしてよ、単なる牛乳だよ」


 喚いたところで、今のヨセフは自力で座れないほど弱っています。体格の良い使用人に体を固定されてしまっては抗う術などありません。

 押さえつけられたヨセフの口元に、苦汁を混ぜた牛乳が入ったカップが近づきます。


「強情張るなら強制的に飲ませるからね」

「止めろ!」


「叔父さんはアレルギー持ちじゃないだろ。子供だってこの状況なら拒否したりしないのに、普段から理性的な叔父さんが、どうして頑なに拒否するのか理解できないんだけど」


 人と話すのに慣れているパトリックの声はよく通ります。

 言っていることも妥当なので、パトリックが首を傾げると、周囲の人間も感化されてヨセフの反応に疑問を抱きました。


「なあ、どうしてヨセフ様は抵抗してるんだ?」

「子供みたいに駄々こねる方が、よほど見苦しくないか」

「何か飲めない理由があるんだろうか」


 手持ち無沙汰になった使用人たちが囁きます。


「中和剤が効かなくなったら困るからですよね」


 心配が疑心に変化し始めた時、幼い少年の声が部屋に響きました。

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