奇妙な城 17
診察室を出たミカエルは、建物の周りをぐるりと散策しました。
領主の居城なだけあり、整備された広い庭もあれば、鬱蒼とした森のような区域もありました。
「部屋に籠もりっぱなしだと体力が落ちる一方だ。この辺りなら人目も無く過ごしやすいだろう。車椅子で散歩することを提案してみるかな」
「ルカ医師。仕事から離れましょう。気分転換しにきた意味がありません」
ミカエルは隣を歩く仕事中毒者を窘めました。
*
しばらく歩いていると、1人佇む男性の後ろ姿が見えました。
「あれはヨセフ様ですね。何をしているんでしょうか」
庭園とも森とも言えない、芝だけが広がる空間にぽつんと三本の木が立っています。
ヨセフは中央の木の前に立ち、物思いに耽っているようです。
「邪魔をしては悪い。迂回しよう」
「夜になると真っ暗になりそうな場所なので、今のうちに調べておきたいです」
「お前たち、聞こえているぞ」
それなりに距離が離れていますが、静かな場所なので二人の話し声は筒抜けだったようです。
振り向いたヨセフは、不機嫌そうな顔をしていました。
ヨセフと対峙したルカは腰を折って、貴族に対する挨拶の言葉を述べました。ミカエルもルカに倣うと、ヨセフはフンと鼻を鳴らしました。
相変わらずの顰め面ですが、ルカの前だからか嫌みや叱責は口にしませんでした。
「これは桃の木ですよね」
ミカエルはたわわに実った果実を見上げました。
桃の旬は夏です。少し早めですが、品種によってはもう収穫できます。
「こんなに立派な木が生っているのに、どうして手つかずなんですか?」
鳥に突かれたのか、崩れた実が地面に落ちていました。
「……記念樹だからだ」
ヨセフは色の無い声で、先代伯爵が子供が生まれる度に植えたのだと説明しました。
「この城では小さな子どもや妊婦に満足のいく治療が行えない。領主と違って家族は城の外に出られる。連れ出せばいい話だが、中には一刻を争うこともある」
ヨセフはルカの言葉を肯定しました。
「そうだ。だから子供たちが自分の誕生日に植えられた木の実を食べられるまで、無事に成長することを願って植えたらしい」
「農学書にハマっていた時期があるんですが、その時に読んだ本には『桃は最初に実をつけるのに三年かかるが、本格的に収穫できるのは六年目以降である』とありました。立派な実が生っているんだから食べたらいいのに。勿体ない」
先代領主が植えたものなので、使用人も手入れはするが、勝手に収穫して食べることができないのでしょう。このままでは落ちた実で地面が汚れて終わりです。
「そんなに気になるなら、お前にやろう」
「え? いいんですか!?」
「私も兄上も、もう桃で喜ぶ年齢では無いからな」
つまり昔は喜んで食べていたのでしょう。体質的に受け付けないわけではないようです。
「ミカエル。ちゃんと熟したものを選んで、種を食べるんじゃないよ」
「わかってます」
「……随分過保護なことだ」
二人のやり取りを見ていたヨセフが皮肉げに言いました。
「そうですか?」
「当たり前のことを、わざわざ言うなんて過保護以外の何ものでもないだろう」
「当たり前?」
「未熟な果実を食べても不味いだけだ。種については言うまでもないだろう」
そもそも食べる物ではない、とヨセフは言いました。
「……そうですね」
ミカエルはヨセフの意図を理解すると、素直に頷きました。
*
記念樹のある区域を調べ終える頃には、ヨセフの姿はありませんでした。
ミカエルはルカに手伝ってもらい、桃を収穫すると厨房に持っていきました。
いきなり果物を持ち込んできた客人を、料理人達は驚いて出迎えました。
「ヨセフ様の許可はいただいています」
桃を手に入れた経緯を説明すると、料理長は顔を綻ばせました。
料理長は、毎年食材が無残な姿になっているのを心苦しく思っていました。厨房を統括する料理長ですが、領主に意見できるほどの立場ではないので見ていることしかできなかったのです、
「喉越しの良い桃であれば、領主様にも食べていただけるだろう」
「では今日のパン粥は甘くない味付けにしましょう」
「待ちたまえ。パン粥とは何だ」
「え? 領主様の夕餉ですが」
「チーズ抜きのオニオングラタンスープを病人食にしている、と聞いていたが違うのか」
「いつもならそうなんですが、領主様もお歳ですからね。栄養豊富な牛乳を取り入れた方が良いだろうと夜だけパン粥にしているんです」
ブランチになることが多いが、日中は肉と野菜で出汁を取ったオニオングラタンスープで、夜はパン粥にしていると料理長は説明しました。
説明が進むにつれ、ルカの形相が鬼もかくやという険しさになったので、料理長はしどろもどろになり、最後は言い訳のように「ヨセフ様に勧められたんです」と独断では無いと告げました。
「こんな簡単なことに気付かなかった自分が恨めしい――!」
拳を握りしめるルカの隣で、ミカエルはすべて合点がいきました。
「やっぱりそうでしたか」
「君は気付いていたのか?」
「そういう薬もあるとしか知らなかったので、今のルカ医師の反応で確信しました。医師は治療に専念してください、あとはぼくが上手くやります」
ルカを仲間に引き込むか迷いましたが、医師としての使命に忠実な男です。
騙すだけならまだしも、体に害があるとなれば反対されるのは火を見るよりも明らかなので、ミカエルは黙っていることにしました。
伝統らしいのでここで「読者への挑戦」を挟みます。
現時点で謎を解くための材料は揃いました。
ロベルトが妻を殺した方法、領主の病が治らない理由は同じです。




