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奇妙な城 12

 十六の鐘が鳴り終わる頃、ヒルデガルドを除いた三人は資料館を出ました。


「あれ?」


 最初に声を上げたのはミカエルでした。


「なんでこんなに人気が減ってるんですか?」


 鐘一つ分しか経っていないのに、土産物通りが閑散としています。観光客はまばらで、店も半分くらい閉まっています。


「……この辺りの店は、十六の鐘――長めに営業している店ですら、十七の鐘で店じまいするんだよ」

「朝が早いんですか?」

「開店は概ね十一の鐘が鳴る頃」

「それは営業時間が短か過ぎんかのう」


 土地によって働き方は様々ですが、極端に短い気がします。

 若い頃に世界を放浪した経験のあるラファエロが首を傾げました。鳥姿なのでクイッとキレのある動きです。


「短時間の営業で、生活に必要な分は稼げちゃうからね。それ以上、頑張ろうとしないんだよ」


 パトリックは皮肉げに答えました。


「人工的な娯楽や、新しい観光スポットは年々増えている。邪竜(イビルドラゴン)伝説を知る人間も年々減ってるっていうのに危機感がないんだ。現に宿屋の稼働率も、資料館の収益も右肩下がりを続けている。この二つの数字だけでも、観光客が減ってるってわかるでしょ。今まで通りで大丈夫だと思ってる連中の気がしれないよ」


 既にミカエルに不満を吐露したことでハードルが下がっていたのでしょう。パトリックは刺々しい口調で酷評しました。


「そうですね。何年も馬鹿の一つ覚えみたいに擦り続けて、向上心の無さに呆れます」


「は? そこまで言われる筋合いは無いと思うんだけど」


 話に乗ってミカエルが皮肉ると、剣呑な空気になりました。


「パトリック様は、お父上含めて、この地で生きる人たちを愛しているんですね」


「……なんでそうなるの」


「自分が馬鹿にするのは構わないけど、他人に言われると腹が立つ。ぼくもそうです。ぼくは散々師匠を弄り倒していますが、他人が師匠についてとやかく言うのは許せません」


「……」


「ねえ。わしの存在忘れてない? 目の前でこんな告白されて、わしどんな反応したらいいの?」

「笑えばいいと思います」

「無理」



「パトリック様じゃないですか! 知り合いの息子さんの世話を任されたんですか?」


 三人が話していると、店じまいの途中だった男がパトリックに気付いて、近寄ってきました。

 店頭には竜が描かれたマグカップ、ハンカチ、チャームといった小物が並んでいます。隣の店も、そのまた隣も同じような品揃えです。もしかして同じ工房から仕入れているのかもしれません。


「本当だ! パトリック様もだけど、お貴族様は美形が多いなぁ」

「手乗りの小鳥ですか。籠に入れなくても良いなんて、ずいぶん賢いんですね」


 他の店の主も、次々に声をかけてきました。


「そうなんだよぉ。到着が昼過ぎでね。観光できる時間が限られてるから急いで来たんだけど、もうお店閉めちゃうんだよね。がっかり~」


 彼らは平民でパトリックは貴族です。領主の息子相手とは思えない気安い態度ですが、両者とも気にする素振りはありません。身分の差があるとは思えないほど親しいようです。


「そりゃ申し訳ない。まだ竈の火を落としてないから、注文があれば言ってください」

「うちもこの後予定があるわけでもないし、パトリック様の知り合いをがっかりさせたくないからな。時間なんて気にせず見て行ってください」

「うちも店開けときます。奥にいるから、会計の時に声かけてください」

「ありがと~。助かるよ。みんなが朝から観光できるわけじゃないからさ。ここは店が多いし、夜市とかやったら盛り上がると思うんだよねぇ」


 軽い口調で提案するパトリックに、店主達は笑顔のまま否定しました。


「日が落ちてからじゃ、店開いたところで誰も来ませんよ」

「そうそう、足下が見えなくなるから城壁に上がれなくなりますからね。観光客の大半は城壁が目当てなんで、暗くなったら潔く店じまいするのが利口ですよ」

「夜は宿に近い飲食店の時間。お互いに領分を侵さないことで上手くやってるんです」

「だよね~。ちょっと思いついただけだから」


 パトリックは笑って引き下がりました。その表情が貴族らしい貼り付けたようなものだと気付いたのは、部外者であるミカエルとラファエロだけでした。



 ミカエル達は土産物屋を見て回りました。

 どこもかしこも似たような雑貨と、似たようなメニューばかりです。それでも営業時間を延長してもらったのだからと、タオルなど普段使いでき、尚且(なおか)つ観光地価格っぷりが低いものを何点か購入しました。


 軽食も同様です。串に刺したものを焼くか揚げるかの二択だったので、軽く食べられそうなものを選びました。


「師匠。お味はどうですか?」

「普通」


 ミカエルが持つ串を啄んだラファエロは端的に答えました。


「ミカエルくん、町に入った時に言った言葉を覚えてる?」

「ええ」


 パトリックの顔を見たミカエルは、彼が父親のことを後回しにしてもミカエルを観光に連れ出した理由を悟りました。


「パトリックさんは、この町の現状を見せたかったんですね」


 あの時ミカエルは『邪竜(イビルドラゴン)伝説の舞台ですからね。それにしても、ちょっとこれはという感じですが』と、決して好意的ではない言葉を口にし、それを聞いたパトリックは肯定しました。


「うん。それで君の意見を聞きたい」


 領外の若者の素直な感想。

 真面目な顔で頷いた青年は気さくなお兄さんではなく、領地を治める人間の目をしていました。



 三人はブティックがある区域に移動しました。

 土産物通りほどではありませんが、半分くらいの店が閉まっています。今日の営業が終わったのか、たまたま休みなのか、それとも閉業した空き店舗なのか判断がつきません。


「遅くなってごめんね~」

「当店一番のお客様からの頼みとあれば、聞かないわけにはいきませんよ。新作はこちらです」

「あっ、今日はオレのじゃなくて連れの買い物。このくらいの身長の男性向けの服ある?」


 パトリックとラファエロでは、ラファエロの方が頭半分ほど身長が高くなります。

 肩幅や腰回りの太さは大差ありませんが、丈が違うのです。


「ございますが、ご本人はいらっしゃらないのですか?」

「いるよぉ。試着したいから、とりあえず一式持ってきてくれる?」


 パトリックが連れてきたのは、彼の腰くらいの身長の少年一人です。頭の中に疑問符を浮かべた店員が準備を終えると、紳士服を抱えたミカエルが試着室に入りました。

 どういうことかと益々不思議に思っていると、二重の意味で見たことのない美形の成人男性が出てきて店の人間は揃って目をむきました。



 着飾りがいのあるラファエロは、服に興味が無いので、店員に勧められるままに着替えました。

 そのうちに店長が記録水晶に残して、宣伝に使いたいと言い出しました。


「この歳で格好つけた姿を他人に見られるとか、小っ恥ずかしいわい」

「師匠。引きうけましょう。近所の人とかじゃなくて、今後顔を合わせるようなこともない他人ですよ。いいじゃないですか見られても」


 協力すれば九割引で販売すると言われて、ミカエルは渋るラファエロを説き伏せました。

 値札から0が一つ消えるなんて、原価割れの大盤振る舞いです。


「盛り上がってるみたいだし、オレはちょっと別の店に顔出してくるね~」


 同席しなくても問題無さそうだと判断したパトリックは、足取り軽く店を出て行きました。

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