奇妙な城 11
馬車がメインストリートに到着した時、十五の鐘が鳴り響きました。
「ヤバ! もうこんな時間じゃん!」
「急ぎ観光を優先しましょう。ブティックは連絡しておけばなんとかなりますわっ」
どちらも余裕で間に合いそうなものですが、パトリックのみならずヒルデガルドまで焦っています。
「まだ日が高い時間ですよ。急ぐ必要はないんじゃないですか?」
昼過ぎなので早いとは言えませんが、市内観光と服を買うだけです。
旅行記で観光スポットが頭に入っているミカエルは、地元民の反応に口を挟まずにはいられませんでした。
*
スレイには三大観光スポットがあります。
一番人気は城壁散歩。
階段で上に昇ることができ、景色を見ながら一周できるのです。
頑丈に作られた城壁は幅も広く、中央でロープが張られているので歩く方向が厳格に区切られています。
これにより衝突のリスクが減り、混雑時でも比較的スムーズに進めるのです。
内側は色調を揃えた町並みを見下ろすことができ、外側は豊かな自然の風景を楽しめます。
景観保持のために城外の開発を禁止していると説明したパトリックですが、彼自身はその理由に納得していないようでした。
二番目に人気なのは土産物通りです。
領土資料館を始点に、軽食や土産物を売る店が連なっています。
観光客が食べ歩きしやすいように馬車は通行禁止。広い道には等間隔でベンチやゴミ箱が置かれていて、一行が到着した時も人で賑わっていました。
最後が領土資料館。通称・邪竜館です。
順路に沿って歩けば、大昔にスレイを襲った終末の赤き竜の伝承が文字の読めない子どもでもわかるような作りになっています。
当時の資料も展示されていて、教皇直筆の辞令書、伝令が届けた書簡、聖騎士の手記や手紙などが硝子ケースに収められていました。
ミカエルくらいの年齢の子どもは、ケースの展示物には見向きもせずに、戦場のジオラマや、資料を基に復元した邪竜の等身大模型。体験コーナーにある、聖騎士の武器(模造品)に興味を示すのですが、ミカエルは文献展示で完全に足を止めました。
「ミカエルくん、もしかして真面目に読んでる?」
「貴重な文章ですよ。全部読むに決まっているじゃないですか。全文読みたいのに、見開きで固定するとか嫌がらせですか。別のコーナーに行けば写本を読めたりしますか?」
「解説パネルならまだしも、本文マジで読んでる人初めて見たよ。てか読めるの凄いね。現代とは文体かけ離れすぎてて、オレには模様にしか見えないんだけど」
「古語の崩し字ですからね。文法も現代とは違うので、慣れないと難しいでしょう」
「でも君は読めるんだよね」
「はい。教養として師匠に教わりましたから」
「恥ずかしい話じゃが、わしは昔から『常識がない』と言われることが多かった。ミカエルに同じ思いをさせないために、幼いころから色々教えたんじゃ」
ミカエルの頭上に移動すると、ラファエロは胸を張りました。体の動きに合わせて、ふわふわの毛がモコっと膨らみました。
「今も幼いよ! てか子どもにそんな専門知識叩き込むとか、マジで常識ないな!」
「そうなんですか?」
ショックで固まるラファエロを無視して、ミカエルはパトリックに確認しました。
「教養の域を超えてるからね。その方面の研究者でもない限り読めないよ。周りを見てみなよ。内容は隣にある解説で確認して、資料そのものは眺めてるだけでしょ」
「……そんな勿体ない。貴重な文章を読めないなんて」
「あ。そうなるんだ」
「師匠。ぼく、生まれて初めて師匠の教育方針に感謝しました」
「そうじゃろう、そうじゃ――え。初めて? 今まで一度も感謝したことなかったんか!? 普段どう思っとったんじゃ?」
復活したラファエロに嘴で突かれて、鬱陶しくなったミカエルはむんずと師を掴むと、パトリックの掌に乗せました。
「『ぼくだからついていけてるけど、普通の子どもにこんな勉強させたら潰れるだろうな』とか『今は道具を使えば簡単にできるのに、魔法使うとか非効率的だな。でも訓練なら我慢しよう』と思っていました」
忌憚のない意見に、ラファエロはパタリと倒れました。心なしか毛がしなびているように見えます。
「緩い関係に見えたけど、案外スパルタなんだね」
「特にそう感じたことはありませんが、世間一般の基準からはかけ離れていると思います」
ラファエロ以外に師事したことのないミカエルですが、数々の文献を読みあさり、近隣住民と交流していれば、どれだけ高水準な教育を受けているか察することはできます。
現にアカデミー出身者であるルカと初めて話した時には、各学科の卒業生並の知識だと驚かれました。
「師匠。今から方針を変える必要はありませんからね。でも師匠の常識が、非常識であることは自覚してください」
「ぴえん」
パトリックの手の上で倒れたまま、ラファエロは小さく鳴きました。
「咄嗟とはいえパトリック様に師匠パスしちゃいましたが、嫌じゃないですか?」
「え? 別に。オレ、動物嫌いじゃないし」
「よかった。パトリック様が、全裸師匠でも気にしない人で」
「……そっか。全裸なんだよね今」
握りつぶせてしまいそうなほど軽くて、小さな命。ふわふわな感触は変わらないのに、全裸の老人だと思うと、何ともいえない気持ちになりました。
「……わたくし、お暇しますわ」
大人しく同行していたヒルデガルドでしたが、「全裸師匠」というパワーワードが効いたのか顔を曇らせてリタイアを宣言しました。




