奇妙な城 10
「ヒルデガルド様。残念ながら師匠はいつもより大目に魔力を消費しないといけないので、ご希望には応えられません」
「またお前なの!? わたくしとラファエロ様の関係に口出しするのお止し!」
「ぼくは師匠の息子なので、師匠の結婚相手は継母になります。口出しする権利は充分ありますし、逆に継子の存在を受けいれられないなら、ご縁がなかったということです」
「くっ。ああ言えば、こう言う! 本当に顔以外は可愛くない子どもね!」
「顔を褒めていただきありがとうございます。綺麗で優しいお姉さんたちに可愛がってもらえるので、この顔に生まれて良かったと思っています」
裏を返せば、ミカエルを可愛がらないヒルデガルドは『綺麗で優しいお姉さん』には当てはまらないということです。
このまま負けるわけにはいかないが、反撃の糸口が見つけられない。
ヒルデガルドが歯がみしているうちに、馬車が動き出しました。
*
城門をくぐり抜け、強制解除から解き放たれたラファエロは、魔法で姿を変えました。
しかしそれはヒルデガルドが期待した姿ではありませんでした。
抜け殻となった服から姿を現したのは、ちんまりとした白い小鳥です。クイッと首を傾げて周囲を観察すると、狭い馬車内を飛び回りミカエルの肩にとまりました。
「なにそれ超かわいい! もしかして変身魔法? 初めて見た~」
別の動物に姿を変えるのは高等技術です。
変化先との体のサイズや構造が違うほど難易度が跳ね上がります。
魔法薬や魔導具の補助なしで動物に姿を変えられるのは、一握りの魔法使いを除けば獣人だけです。身体能力が高い分、魔法適性の低い獣人ですが、自分の種族であれば完全な獣姿からヒト型まで、自由に姿を変えることができます。
「こんなにちっちゃくなるなんて、凄いな~」
「プランBです。洗濯物を溜め込んで、着替えがなくなった時によくやる方法です」
「どういうこと?」
「この姿であれば、堂々と全裸で過ごせます」
「えーっと、まず着るものが無い状況が想像できないんだけど」
パトリックとヒルデガルドは、ミカエルの説明が理解できませんでした。お坊ちゃんとお嬢様なので、洗濯は使用人任せ。シーツも含めて毎日交換して洗うのが当たり前なのです。
「洗濯なんて手間暇かかるし、洗う度に生地を傷めるじゃないですか。毎日するのは、洗い物が大量に出る大家族だけですよ。僕たちは二人暮らしなので、週に一回くらいの頻度です」
汗をかく夏場は比較的小まめにシーツを交換しますが、それでも週に二回とかです。
洗う予定のものを突っ込んだ籠が一杯になったら、天気が良い日にまとめて洗う。これが庶民の洗濯事情です。
「天気が悪い日が続いたり、うっかり洗い忘れてると着替え切らしちゃうんじゃよな。そんな時は動物に姿を変えれば、服いらずじゃし、変身魔法の練習にもなるからのう」
「うっかり人前で魔法が解けたら、社会的に死にますからね。集中力と緊張感が通常の修行の比じゃありません」
「え? ミカエルくんも変身できるってこと?」
わりと頻繁に動物に姿を変えていそうな口ぶりに、パトリックは驚きました。
顔の広いパトリックは、魔法使いの知り合いもそれなりにいます。彼自身は魔法使いではありませんが、それなりに知識はあるのです。
「師匠のように小動物になれるレベルではありません。今の体と同じくらいのサイズで、体の構造が想像しやすい生き物に限定されます」
変身魔法で重要なのはイメージと、魔力コントロールです。過不足なく体の細部にまで魔力を巡らせて、変化した姿を維持しなければいけません。魚や鳥といったイメージしにくい生き物は、解剖学で体の構造を把握していても、いざその姿で過ごすとなると難しいのです。
「いやいや。十分凄いって!」
「ラファエロ様の弟子なのですから、それくらい当然です」
「ヒルデちゃん、変身魔法がどれだけ難しいか本当にわかってる? 大人でもできない人の方が圧倒的に多いんだよ。この歳で長時間姿を変えられるって天才でしょ!」
素直に賞賛されてミカエルは面映ゆくなりました。悪くない気持ちですが、この流れはいけません。ラファエロの状態について肯定的な流れになってしまっています。
「……ぼくは未熟者なので、動物に姿を変えた時は外出したいと思えません。ましてや師匠のようにむき出しの下半身で、他人の肩に腰掛けるなんて真似はとてもとても」
「え?」
「埒外の魔法使いは、神経も凡人とはかけ離れているのでしょう」
「そ、そっか。服着てないって、そういうことだよね」
座席の上にある抜け殻(服)を見て、パトリックは言葉を濁しました。
「もし小鳥師匠が落とし物をしても、見て見ぬふりをしてあげてください。鳥としての本能です。それだけなりきっているということですから」
「そこまで言う!? 今まで人前で糞をしたことはないぞ!」
「折角言葉をぼかしたのに台無しにしないでください。その姿でお手洗いに行く方が不自然なんですから、ぼくに落とさなければ気にしませんよ」
「そんな心配は無用じゃ! もよおしたらトイレに飛んでいって、元の姿で済ませるわ!」
リアルに想像してしまったのか、育ちの良い二人は浮かない顔になりました。
どうやらラファエロの尊厳と引き換えに、プランBは成功したようです。




