奇妙な城 9
「マジビビったんだけど。可愛い顔して闘争心激高だね」
「初手であれだけかませば、ちょっかい出してくることはないでしょう」
「あ。計画的だったんだ」
「パトリック様が庇ってくれるとわかっていたので、少々強気に出てみました」
「少々どころじゃなかったからね。叔父さんに面と向かって食ってかかる人間がいるとは思わなかったよぉ。寿命縮んだって~」
大袈裟に嘆いてみせたパトリックですが、ミカエルの振る舞いに気を悪くした様子はありません。
「踏み込んだ質問になりますが、なぜあの方が領主代理を? パトリック様とは短い付き合いですが、あなたが力不足だとは思えないんですが」
パトリックは、ミカエルが挙げた本のタイトルを知っていました。つまり彼は領地についてちゃんと学んでいるのです。
「……父さんの指名だよ。昔からそうなの。当主教育は受けさせるけど、領地についてオレが意見出しても聞き流して終わり」
「そんな方には見えませんでしたが」
「疑うならオレが父さんに提案する姿こっそり見てみる? 叔父さんは保守的な人だからね、あの人に任せれば現状を維持できる。オレに任せたら領地が滅茶苦茶にされるとでも思ってるんじゃない?」
出会ったばかりのミカエルに打ち明けてしまうくらい、鬱憤がたまっていたのでしょう。
吐き捨てるパトリックは、父親に期待も信頼もされていないことに傷付いているようでした。
「外部の人間が一場面だけ見て、判断することじゃありませんでしたね。すみません」
「うん。嫌なこと説明する羽目になって超ブルー。気分最悪。ってことで、オレの気分転換に付き合ってよ」
「調査はいいんですか?」
「見取り図なんて普段使わないから、探すのに時間かかるって。ただ待ってるなんて時間の無駄だし、闇雲に調べるとか非効率的でしょ」
パトリックはすれ違った使用人に、外出の準備を言いつけました。
「パトリック様がそれでいいなら、構いませんけど」
ルカの診察を受けさせるために奔走したかと思えば、捜査を後回しにする。
父親を助けたいのか、そうじゃないのか。
領地についてもです。
ミカエルには、パトリックがなにを考えているのかわかりませんでした。
「テンション上げるにはショッピングが一番。ってことで、これから買い物と観光に行こう!」
*
ラファエロを迎えに行くため、二人は診察室に行きました。
スレイの城に常駐の医師はいませんが、薬師は多数在籍しています。
「医師と違って薬師は雇用に制限がないからね。この城は住み込みの使用人も多いから、薬師の確保には余念が無いんだ。体の悩みを異性に打ち明けたくない人もいるだろうから、男女の偏りが無いように採用してるよ」
診察室にはルカの他に、数名の薬師の姿がありました。パトリックの言葉通り男女半々でしたが、意外にも半数以上が若者でした。
「知り合いの女性が、ここの採用試験に落ちたと言っていました」
「ああ。ミス・グリーンのことじゃな」
ミカエルの言葉に、ラファエロが反応しました。
「そうなの? 世間って狭いねぇ」
「彼女は『試験では手応えがあったのに、経験が浅くて、若い女だから落とされた』と主張していたんですが、今見たら若い人が多くて吃驚しました」
話を聞いたパトリックは、少し困ったような表情を浮かべました。
「うーん。その知り合いって、二人と親しい人?」
「いいえ。たぶんもう会うこともないと思います」
「うむ。職場を知っている程度の仲じゃ」
「ならいっか。たぶんその人は、裏試験で落ちたんじゃないかな」
「裏試験?」
きょとんとする師弟に、パトリックは苦笑いしました。
「この城には厄介な術が掛かってることは知ってるよね。治療方法に制限を受けているのは医師だけじゃない、薬師もなんだ」
「持ち込める薬が限られているんですね。それは苦労しそうです」
「そっ。だから実力があれば、経験なんて関係なし」
「ふむ。ミス・グリーンの主張と矛盾するのう」
「この城では妊婦さんとか、乳幼児に満足な治療を行えない可能性がある。外なら大事に至らなかったのに、この城にいた所為で取り返しのつかないことになっちゃったら、お互いに後悔するでしょ。うちとしては採用した人材には長く働いて欲しいから、女性は子育てが終わった人か、独身主義を優先して採用してるの」
採用にも教育にも、時間と手間がかかります。すぐに寿退社されてしまったらたまったものではないのです。
「でも残念ながら、口先だけの独身主義が多いんだよね。『私、結婚に興味ありません!』とか言ってたのに、ちょっと格好いい騎士に言い寄られたら、数ヶ月でゴールインしちゃう子が多くてねぇ」
「人の心はままならないものですが、雇用主としては迷惑な話ですね」
「そうなんだよ。だから失礼だけど試させてもらってるんだ」
まず試験官が「パトリックは城主の息子だが採用に口出しする権利はない。更に貴族の婚約者がいるので、もし彼に誘われても応じないように。言い寄られたら、相談するように」と説明します。
そして面接を終えた女性志願者を、偶然鉢合わせたフリをしてパトリックがお茶に誘い、どう対応するかで簡単に男に靡くタイプか見極めているというのです。
完璧ではありませんが、多少ふるいにかけることはできます。
「あー……」
裏試験の内容を聞いたミカエルは、なんとも言えない顔をしました。
ミス・グリーンは、教え子の父親と深い仲になるような女性です。ラファエロほど圧倒的ではありませんが、美男子の枠に入るパトリックに言い寄られたら、ころりと靡きそうです。
「ううむ。わしらとはもう無関係な人物じゃが、この城とは取引があるようじゃから、今の話は内密にしといた方が良いじゃろうな」
「え? うちと取引!?」
「ボスコ商会って知ってます?」
「うん。香辛料とか食品を取り扱ってるところだよね」
「そこから購入しているハーブティーをブレンドしたのが、試験に落ちたミス・グリーンです」
「マジで!? え、ちょっと。理解できないんだけど。二人への説明からして、その人ウチのこと恨んでそうじゃん」
「ヨハン様からの評価が高く、そこを糸口に実利を取ったような口ぶりでした」
「う~ん。割り切っているというか、強かなタイプなのかな」
「強かなのは確かだと思います」
*
三人が話しながら歩いていると、前方に馬車が見えました。見えたのは馬車だけではありません。
もう姿を現すことがないと思っていた人物までいました。
「お待ちしておりましたわラファエロ様!」
どうやら使用人から、外出の件を聞き出したようです。
「ヒルデちゃんじゃん。もしかして見送りに来てくれたの?」
「それほど暇ではありませんわ。これから城下へ行かれるのでしょう? わたくしも同行いたします」
「えーっと……」
どう声をかけるべきか迷っているラファエロに「城の外に出たら、元の麗しいお姿に戻るのですよね」と目をギラつかせたお嬢様が詰め寄りました。
どうやら彼女は、この短時間で砕けたハートを拾い集めて修復したようです。
「ミカエル。なにか良い案はないかのう」
小声で相談されたミカエルは、同じくらいの声量で答えました。
「プランBで、もう一度砕いてみましょう。それでも耐えるようなら、師匠も覚悟を決めてくださいね」




