奇妙な城 6
「……魔法の行使できんが、魔力感知は魔法使いにとって五感みたいなものじゃ。別枠じゃから、何とか「なりません」」
ラファエロの言葉を遮ったのは、他でもないミカエルでした。
「師匠は普段魔力を無駄遣いすることで、周囲への影響を抑えています。無駄極まりない若作りが解除されたので、今の師匠はありのまままの姿です。師匠の魔力が強すぎて、側にいられると感覚が狂います」
「え。そこまで?」
「ご自分のことなので自覚が無いんでしょうが、太陽が目の前にあるようなものですよ。眩しすぎて目を開くのも難しく、多少の異常はかき消されてしまいます。協力するのは吝かではありませんが、師匠に城から出て行ってもらうか、魔力感知は師匠に任せて、ぼくは別方向で調査を行います」
「まさかの別行動」
「師匠。観光してきていいですよ」
「違った。これ追放だ。わしは知っとるぞ。これチート過ぎるヤツをパーティーから追い出すテンプレじゃろ」
「違います。師匠は仕事を辞めてから、すぐに子育て始めたじゃないですか。世間では退職後に旅行したりするらしいので、良い機会だから羽を伸ばしてはという提案です。観光地で宿屋も飲食店も多いので、のんびり過ごすには良い場所だと思います」
「ミカエル。そこまでわしのことを……!」
「そうだね。今の彼は歳相応の肉体になってしまっている。正直いつ亡くなってもおかしくない年齢だ」
もし城に滞在し続けるなら、スレイ伯と一緒にラファエロの診察も毎日行う、とルカは進み出ました。
「ううむ……」
「もしミカエルを残して逝くことがあれば、僕が責任を持って彼の後見人になるよ」
「冗談じゃない!」
「冗談でこんなことを言うものか。僕はいたって本気だ。むしろ術が解けるのを目の当たりにするまで、君の寿命のことを失念していたのを申し訳なく思っている」
「なお悪いわ。縁起でも無いことを言うでない。寿命を盾にすればわしを追い出せると思ったら大間違いじゃからな!」
「そんなわけがないだろう、宮廷魔法使いとしての知識と経験を頼りにしているのに」
「いいや、騙されんぞ。おぬしがミカエルを医師にしたがっていることに、わしが気づいてないと思うたか」
「誰しも職業選択の自由があるべきだ。魔法使いに養育されたとしても、魔法使いにならなければいけない義務はない。たしかにミカエルは魔力持ちで、魔法の才能があるのかもしれない。だが父親を自認するなら、子どもが興味を持つ分野に進ませてやるのも親心じゃないのか」
「ミカエルはわしの弟子じゃ!」
犯罪の捜査権を持つ騎士、毒薬を取り扱える医師は、身内に犯罪者がいると資格を剥奪される職業です。本人が清廉潔白であろうと関係ありません。
あの日、自滅したならず者たちは、名のある盗賊の一味でした。
もしも医師になった後に、ミカエルが連中の子どもだと判明したらお終いなのです。
対して魔法使いには、そこまで厳しい規定はありません。それも二つ名持ちの大魔法使いの弟子ともなれば、出自がバレたところでミカエルが無下に扱われることはないでしょう。
修行の名目でミカエルに依頼を請けさせているのも、いざという時用に各方面へのパイプを作らせるためです。こうでもしないと田舎住まいで人脈を広げることなどできません。
ラファエロは自分の余命について楽観していません。
不本意ながらサリエルという後ろ盾を確保していますが、それだけでは心許ないのです。
ラファエロがミカエルを一人前の魔法使いにしようとしているのは、万が一のことを考えてのことです。しかし周囲には単なる孤児と説明している手前、本当のことなど言えません。
「そもそも子育ての苦労をせずに、いいとこ取りしようなど虫が良すぎる!」
本当のことを言えないので、ラファエロは話の矛先を角度にして三十度ほど逸らしました。
「オムツ替え、夜泣き、イヤイヤ期、食べ遊び、トイレトレーニング、躾……全部終わってから、賢い子に育ったミカエルをかっ攫おうなど言語道断じゃ! わしが何回この子がおねしょした布団を洗ったと思っとるんじゃ! おぬしなんて、おねしょ布団の洗い方すら知らんのじゃろう!」
「それくらい知っているよ。ぬるま湯を濾過するようにかける行為を繰り返し、最後に乾いた布で叩くようにして水分を飛ばすんだろう」
「甘い! 臭い対策で、水で薄めた酢を吹きかけるんじゃ!」
よくわからない言い争いを眺めるミカエルの表情は死んでいます。
「師匠の暴露のせいでグレそうなんですけど。早めの反抗期が始まりそうなんですけど」
「ねえねえ。今こそあの有名な台詞を言う場面じゃない? 『オレの為に争わないで~』ってやつ」
「今日初めて会った人に茶化されて最悪なんですけど。今すぐ帰りたいんですけど」
「ごめん! お願いだから帰らないで!」
賑やかなやり取りを咎めるどころか、笑っていたセルジオでしたが、その笑顔はどことなく淋しげなものでした。




