奇妙な城 5
ハートがブレイクしたヒルデガルドと別れ、四人は領主の部屋に行きました。
部屋といっても、病人なので執務室ではなく寝室です。
*
通された部屋の広さはボスコ邸の客室と同じくらいですが、領内で一番偉い人物に相応しく重厚感がありました。
ドアノブ一つからも歴史の重みを感じ、流行よりも品格を重視した壁紙やカーテンが、部屋の雰囲気を上品でありながら柔らかくしています。
部屋の中央には天蓋付きの大きなベッドが置かれ、パトリックによく似た男性が寝ていました。
年の頃は五十路前のはずですが、窶れているからかもっと年嵩に見えます。
「お初にお目に掛かります。国王陛下からこの地の管理を任されている、セルジオ・スレイと申します」
たとえ相手が引退済みとはいえ、世界に名を轟かせる大魔法使い相手に、横になったままでは無作法だと思ったのかセルジオが身を起こしました。
側に控えていたメイドが、すかさずその背に大量のクッションを差し込みます。
「ラファエロじゃ。この子はミカエル。わしの弟子であり養い子じゃ」
セルジオは穏やかそうな雰囲気を纏っていますが、先日のロベルトだって初対面は愛想の良い男でした。
ミカエルに社会経験を積ませたいラファエロですが、いらぬ苦労をさせたいわけではないのです。
子どもだからといって軽んじられないよう、ラファエロはミカエルの立場を強調しました。
「聞いていた以上に可愛らしいお弟子さんですね。お若いのにとても聡明だとルカ医師からお聞きしていますよ。お二人とも、この度はご足労いただきありがとうございます」
「どうやら誰が依頼を請けるか弁えておるようじゃな」
ミカエルの修行の一環であると公言しているにも関わらず、都合良く勘違いする輩が後を絶たないのですが、セルジオは違うようでした。
「ところでルカ医師はどうしてこちらに? それに魔法が制限された土地に、魔法使いのぼくたちを呼んだのは何故ですが?」
ミカエルの質問に答えたのは、ルカではなくセルジオでした。
「スレイ領にも医師はいるが、全員に匙を投げられてしまってね。うち数名が近場に優秀な人物がいると彼を推薦したんだ」
ただし医師は、国が勤務地を決めています。
ルカの診療所を訪ねて診察を受けるのは可能ですが、彼を連れて来るのは伯爵といえど簡単ではありません。
「休診日にスレイ観光したルカ医師が城に泊まって、ついでに領主を診察した……なんて方法も考えたけど」
「それはできないと断った。今までの担当医による診察記録を確認したが、休診日毎の診察では満足な結果が出せない。なによりも方便を使って、国の目を欺こうというのがダメだ」
医療格差を解消するために作られたルールを破るなんてとんでもない、とルカは顔を顰めました。
「患者が城を離れられないという状況は特殊で同情するが、だからといってルールを破っていい理由にはならない。僕の診察を受けたいなら、正規の手順を踏んでくれと言った」
「この通りフラれちゃったからさ。然るべきところに掛け合って『短期間の配置変更で医師に研鑽を積ませる施策』ってことで、領内の医師と交代してもらったんだよね。交換留学みたいな感じで」
手続きに何ヶ月もかかっちゃったよ、とパトリックは苦笑しました。軽く言っていますが、それがどれだけ大変なことかミカエルは理解しています。
生きていくのに損をしたくなければ、ルールを熟知すべし。この場合のルールとは法律です。
貸本屋に通える歳になったミカエルは、まずオズテリアの法典を読みあさりました。
勿論医療制度や、関連する法律も熟知しています。
医師の配属については厳格に管理されており、大貴族であっても圧力をかけることはできません。
建国から続く大貴族であろうと「うちの領地は集落がこれくらいあって、領民はこれぐらいいるから、医師は何人くらい欲しいです」と要望書を出すくらいしかできないのです。
ミカエルの知らないうちに法改正されていない限り、パトリックが言った制度は存在しません。
あたかも手続きに時間が掛かっただけという口ぶりで話していますが、実際はあの手この手で根回しして、奔走したに違いありません。
「昨日連絡がつかなかったのは、今あの診療所にいるのが別の医師だからだったんですね」
その人物は仕事終わりに、酒場にでも行ったのでしょう。
「ああ。僕と交換になったのは、アカデミーの同期なんだ。食材も自由に使っていいと伝えたんだが、遠慮しているのかもしれないな」
「田舎のコミュニティに溶け込むには、仲を取り持ってくれる知り合いを作るのが一番手っ取り早いですからね。人脈作りの為に酒場でご飯を食べることにしたのかもしれませんよ」
「それ君が言っちゃう?」
子どもらしからぬミカエルの指摘に、パトリックが小さく吹き出しました。
*
「話が逸れたね。僕は一週間前に入城して、スレイ伯の治療を開始したが結果が芳しくない」
「治療法が見つかっていない病気ってことですか? それとも未知の病気で診断できないとか?」
「診断は間違っていないはずだ。治療法も存在する――なのに薬が効かない」
師弟は揃って首を傾げました。
「もしかして城のルールを掻い潜って、魔法による妨害工作がなされている、もしくはいくつかの条件が重なった結果、そのようになってしまった可能性を考えた。……しかし僕には魔力が無い」
魔法医と医師、両方の資格を持つ者は数えるほどしかいません。
そしてルカは違います。
何故なら彼は魔法が一切使えないからです。
「洗礼式で才能なしと判明したので、魔法を学ぶ機会がなかった。医療関係の魔法を除けば一般人程度の知識しかない。だから僕が知る中で、最も優秀で信頼できる魔法使いに協力してもらうことにしたんだ」
「それがぼくと師匠ですか?」
「ああ。僕は患者を治したい。そのために必要だと判断したら、誰であろうと助けを請うし、頭を下げる。これが僕の医師としての誇りだ」
そこまで言い切ると、再びルカは頭を下げて協力を求めました。
「……だからわしこやつ嫌いなんじゃ」
自分は正しくて賢いと他者を見下して、己の未熟さから目を背けるような男なら「やな奴! やな奴! やな奴!」と憤慨して終わりにできるのに、そうさせてくれないのです。




