奇妙な城 2
今回も転移魔法を使ったラファエロでしたが、ボスコ商会の時とは違って、城には直行しませんでした。
スレイ領は豊かな自然を持ちながら、人が住んでいるのは城下町だけという少々特殊な土地です。
古の法により土地の開発に制限が掛かっているためですが、領民が集約しているぶん城下町の広さは東部一です。
高く丈夫な壁で囲まれた城塞都市なので、水害や土砂災害の危険はなく、主な産業は観光業。
観光地は、治安が良くなければいけません。貧民街や裏社会の形成を防ぐため、スレイでは人の出入りを厳しく管理しています。
領主の縁者だろうと例外ではなく、一行は関所で順番待ちをしていました。
ノトブルガが先行して手続きに行ったので、優先して許可が下りるでしょうが、それまでは待機です。
慣れているのか、ヒルデガルドも待つことについては文句を言いませんでした。
*
「お嬢さんは人族じゃろ。わしもそうじゃ」
「奇遇ですわね!」
オズテリアは七割が人族の国家です。奇遇ではなく普通です。
「わしの外見はこの通りだが、中身は余命幾ばくも無い爺さんなんじゃ」
「まあ、長命種もいる世界で数字の話なんて無意味でしてよ。肉体が若ければなんの問題もございませんわ」
「……今のわしは、この子を一人前の魔法使いにすることに心血を注いでおる。ミカエルはいずれわしの後を継ぐ立派な魔法使いになるじゃろう。そんなわけで、他のことにかまける余裕はないんじゃ」
「養子が後継ぎということは、血の繋がったお子様はいらっしゃらないのですね。出会う前のことについて、あれこれ言うつもりはございませんでしたが、内縁の妻や実子がいないというのは僥倖ですわ!」
「…………」
ようやくヒルデガルドに惚れられたことに気付いたラファエロは、あの手この手で諦めようとさせましたが相手もさるもの。
他人を慮らないタイプであることも相まって、攻撃が全く通りません。
「病に倒れた叔父様に代わって、現在はわたくしの父が領主代理を務めておりますの。そこらの準貴族とは違いますわ」
オズテリアにおける準貴族は「貴族の血筋だけど、爵位を持っていない者」です。
他国では一つの家が複数の爵位を持っていて、後継ぎ以外には余った爵位を与えるといったことができますが、オズテリアでは複数爵位を所有することはできません。
例えば男爵家の後継ぎに、伯爵の娘が嫁いだ場合。
もし伯爵家に不幸があり、嫁いだ娘以外の血族が亡くなったら男爵家は爵位・領地の統合を申請できます。承認するか、認めたとして伯爵位に昇爵するか男爵位のままかは王家が裁決します。
よって後継ぎ以外は、成人をもって貴族ではなくなります。
法的には平民ですが、さりとて額面通り平民扱いすれば面倒なことになるので、爵位持ちの直系三親等以内は「準貴族」として、別枠扱いされるのが慣例です。
準貴族になったとしても、本人に才覚があれば自力で叙爵可能な国です。
皮肉な見方をすれば、準貴族を名乗る行為は「俺は凄くないけど。俺の家族は凄いんだぜ」と、己は無能であると自己紹介しているも同然なのです。
「おかしいですね。伯爵のご子息――ヒルデガルド様の従兄弟は、それなりのお年だったと記憶していますが、彼を差し置いて領主代理になるなんて、混乱に乗じてお家乗っ取りを画策しているんですか?」
ミカエルは鋭い一撃を繰り出しました。
初対面でクソガキ扱いされたので、お望み通り振る舞ってやるつもりです。
案の定ヒルデガルドが睨みつけてきましたが、素早くラファエロの後ろに避難すれば、慌てて表情を取り繕いました。
「ま、まあ人聞きの悪いこと。ラファエロ様、誤解なさらないでくださいまし。お恥ずかしながら従兄弟のパトリックはとんだ放蕩者ですの。一人息子でありながら毎日フラフラしているのですわ。叔父様は今やベッドに寝たきりの状態。そんな状況で、我が父以外の誰が領地の舵取りをできまして?」
「そうですか。いい歳して実家住まいで、仕事もせずに遊び歩いているんですね」
師匠を肉壁もとい盾にしたまま、ミカエルが口を挟みました。
折角ラファエロに話しかけたのに、会話を横取りされたヒルデガルドは内心舌打ちしました。
「ええ、その通りです! 全くお恥ずかしい限りですわ」
「親が偉いだけで、本人は何も成していない。そのくせ貴族としての恩恵はしっかり受け取っている。厚顔無恥を絵に描いたような人物ですね」
「そ、そうですわ」
自分から話を振ったとはいえ、辛口通り越して激辛なコメントに、ヒルデガルドはたじろぎました。
「ところで、ヒルデガルド様はどんなお仕事をされているんですか?」
「え?」
「お恥ずかしながら、ぼくは無学な平民なので、年頃で婚約者のいないご令嬢がどんな生活を送っているか知らないのです。大魔法使いである師匠を専属魔法使いに希望されるくらいなら、さぞ重要なポジションに着かれているのですよね。契約を検討するためにも、現在の肩書きと、一日のルーティンを教えていただけませんか?」
なんということでしょう。パトリックに向かっていた刃が、いつの間にかギロチンになってヒルデガルドの頭上で光っています。
ヒルデガルドに肩書きなんてありません。強いて言えば家事手伝い(ただし家事をしたことはない)です。
一日のルーティンなんて、母や友人とお茶をして、買い物や観劇に行き、気まぐれで読書かピアノを弾くくらいです。
パトリックに負けず劣らずのニート。それがヒルデガルドお嬢様なのです。
それどころか浪費額と地位に見合わぬ態度の大きさを加味すれば、パトリック以下の無駄飯ぐらいなのです。
本人がなんと言おうと、パトリックには領主の息子という将来性があり、ちゃんと婚約者もいます。
軽い性格ですが、誰に対しても気さくで大らかなので、使用人や城下町の民には好かれています。
それに比べてヒルデガルドは、地方の準貴族でしかないのに理想が高すぎて婚約者が決まらず、浮いた時間を奉仕活動に充てるどころか、周囲の人間を巻き込んで暇つぶしをしているだけなのです。
しかしそんなことは口が裂けても言えません。
騎士達は固唾を呑んで聞き耳を立てました。
「え? ええと、そうね。淑女の一日を言葉で説明するのは難しいわ。そこの騎士達のように毎日決まった仕事をするわけではないの」
「簡単にで構いませんよ。昨日はどんな一日でしたか?」
「黙秘権っ――じゃなくて、守秘義務よ! 家に不利益をもたらすわけにはいかないの。情報は使い方次第でいかようにもできるもの。だから、わたくしが言えることはなくてよ!」
嘘をつかない絶妙な言い回しです。
上手く逃げたヒルデガルドに、騎士達は感心しました。
「本当に頭の良い人は、相手の理解度に合わせて説明したり、家の不利にならないよう瞬時に情報を取捨選択できるものなんですが、お嬢様にはどちらもできないと。なるほど。難しいことを要求してしまってすみません」
「――っ! このっ――!」
表情は殊勝ですが、言葉は滅茶苦茶好戦的です。
貴族もかくやの言い回しで「馬鹿に期待しちまってスマン」と言われたヒルデガルドは、扇を投げつけたい衝動を必死で抑えました。
両者の攻防を見守っていた騎士達はといえば、無表情の仮面の下で拍手喝采です。
領主が所有する騎士団は、領地の治安維持、災害時の救助活動と復興支援、魔物退治が主な任務です。
お嬢様のショッピングに同行して荷物持ちをしたり、お茶会の警備を命じられて「背は高いけど、顔がイマイチ」とか「将来ハゲそう」とか聞こえる距離でクスクス言われる謂れはないのです。
特に後者が業腹で、騎士の間では「暇を持て余した女達の品評会」と言われて、指名された騎士に皆がカンパして奢るくらいです。
まさかこんな形で、ヒルデガルドが痛恨の一撃を食らうとは思いませんでした。
今日は美味い酒が飲めそうです。




