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奇妙な城 3

 関所を通過すると、賑やかな町並みが広がっていました。

 ボスコ商会があった海沿いの町は開放的でしたが、こちらは建物が所狭しと密集していて、多くの人が行き交っています。


「竜のシンボルが多いのう」

邪竜(イビルドラゴン)伝説の舞台ですからね。それにしても、ちょっとこれはという感じですが」

「へ~。よくわかってるじゃん」


 言葉を濁したミカエルに、若い男が声をかけてきました。

 身綺麗ですらりとした男は、橙色の長い髪を肩のあたりで軽く縛っています。

 女性が羨むようなサラサラヘアーは彼が高い身分の持ち主だと公言しているも同然ですが、不思議と雑多な町に溶け込んでいました。


「てか、邪竜(イビルドラゴン)伝説そのものが、もう廃れてる(オワコン)でしょ。オズテリアの若い子なんて『終末の赤き竜』って言葉すら知らないんじゃない? 現に今来てる観光客の八割が外国人だし」


「パトリック様!」


 ノトブルガの口から、この土地を治める領主の息子の名が出てきました。


「みんなお疲れー。領主の一大事とはいえ、お使いのような真似させちゃって悪いねぇ」


 へらりと笑うパトリックに対し、騎士達は一糸乱れぬ動きで敬礼しました。


「この先はオレが引きうけるから、君達はもう戻っていいよぉ」

「はいっ!」


 素直に従う騎士に反して、ヒルデガルドだけが「勝手なこと仰らないでくださいまし!」と抵抗しました。


「え~。どうして? オレにバトンタッチして終了で良いじゃない」

「ラファエロ様のお世話はわたくしが責任を持って行います!」


「うーん。そういうのは使用人の仕事だし、案内はオレがするから。ヒルデちゃんにできることはないけど、ついてきたいならいいよ。ただし邪魔はしないでね」



 パトリックに先導される形で、ミカエル達は町を歩きました。


「話戻るけどさ、君はどうして邪竜(イビルドラゴン)伝説を知ってるの?」

「本で読みました」

「君くらいの子が読むなら、絵本だよね。そんなのあったかな……?」

「いいえ。ペトロ著『東部地方のある場所について』と『伝承で紐解くオズテリアの歴史』です」

「ガチの民俗学と歴史書じゃん。その年であれ読んだの? マジで?」


「生まれながらに文明を破壊する本能を持つ、終末の赤き竜――通称・邪竜(イビルドラゴン)が、アンスリア歴五年にこの地を襲うも、聖騎士ラウレンチオ率いるグレゴリオ騎士団が討伐。褒美としてラウレンチオは伯爵位と領地を賜り、スレイ家の初代当主となった――…………」


「わぁ。マジじゃん。あの先生もだけど、今時の若い子は凄いねぇ」

「パトリック様もお若いと思いますが」


 パトリックは、ラファエロと大差ない外見年齢をしています。

 老け顔だったら十代後半、若く見えるタイプだったとしても三十路には届いていないでしょう。


「こーみえて二十三歳」

「普通に見た目通りの年齢ですね」


 意外性もなにもありませんでした。


「そう? 同い年の既婚者や、子持ちの連中と並ぶと、若く見られるんだよねぇ。好き勝手して生きてるからかな、生き様が顔に出るってやつ?」


 言われてみれば学生のような、親の庇護下にある若者特有の気楽さが漂っています。


 貴族は爵位に比例して政略結婚の比率が高くなりますが、一昔前に比べると新郎新婦の平均年齢は上がりました。

 情勢が不安定だった頃は十代前半での輿入れも珍しくなかったのですが、心と体が成長しきる前に婚姻を結ぶのはよろしくないと、今は二十代での成婚が主流です。


「婚約していらっしゃると聞きましたが、いつごろご結婚予定なんですか?」

「いつだろうねー。ここだけの話、先方が乗り気じゃないんだ」

「どうしてですか?」


 主な収入源は観光ですが、人が一ヶ所に集まっているために商業も盛んなスレイは、農業のように収益が自然に左右されません。

 戦争や疫病で観光どころじゃなくなれば、税収は落ちるでしょうが、そんな事態になればオズテリア全土が不況になります。

 スレイだけが痛手を受けるわけではありません。


 観光用に整備された町並みは、手狭ではあるものの衛生的です。

 放蕩者と聞いていたパトリックですが、中々の美男子で、実際に会話してみるとそこまで印象は悪くありません。

 嫁ぎ先としては花丸でしょう。


「あの城は巨大な檻だからねぇ」


 パトリックは「オレの母親は耐えられずに出て行っちゃったんだよ」と、続けました。


 意味深な発言に少年が踏み込もうとしたところ、ラファエロが小さく手を上げました。


「話の腰を折ってしまってすまんが、パトリック殿は、誰とミカエルを引き合いに出したんじゃ?」

「ルカ医師(せんせい)だよ」

「なんでヤツが!?」

「だってお二人を推薦したの、あの人だもん。――あっ、ほら迎えに来てくれてる」


 パトリックの視線の先。城門を守る衛兵の隣で仁王立ちしている人物を見て、ラファエロは締められた鶏のような声を出しました。



「君達を巻き込む形になってしまい申し訳ないが、どうか力を貸してほしい」


 二人を出迎えたルカは、開口一番頭を下げました。


「昨日連絡が取れなかったのは、このお城に滞在していたからなんですね」


 通信鏡は基本的に部屋に据え置きです。

 持ち歩けるほど小型化されていないのは、技術の問題もありますが、小型化すると犯罪や戦争に利用されやすくなるので開発者である【怠惰】の魔法使いが許可しないのです。

 彼女の機嫌を損ねたら、今後生み出されるであろう数々の発明の恩恵に預かることができなくなります。


「連絡してくれたのか。出れなくて悪かったね。どんな用件だったんだい?」

「コーヒーに含まれる覚醒成分(カフェイン)の離脱症状と、依存症の治療方法を確認したかったんですが、もう解決しました」

「……診療所にある医学書を読み込んでいる君なら間違いないだろうが、万が一にも誤りがあってはいけない。どんな状況か聞こう」

「ちょーっといい? それ今すること? もう解決したんでしょ。話すのは後でよくない?」


 話が長くなりそうだと感じたがパトリックが止めに入りましたが、相手は空気は読むものではなく吸うものなルカです。


「この場にいる医師は僕一人。解決したというのはミカエルの考えで、それが正しいか判断できるのは僕だけだ。誤診で取り返しのつかないことになったら、どう責任をとるつもりだい」


 キッと睨みつけられたパトリックは怯み「そ、そうだよねぇ」と、愛想笑いしました。


 ルカが融通の利かない性格だと知っているラファエロは、端から虚無顔で静観モードです。

 余計な口を挟んで、医師でもないのに診断するなんて云々と説教が始まるのは勘弁でした。

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