姿なき呪い 5
その後マリアに案内された二人は、まずは屋敷の中を見て回りました。
二階建ての屋敷は二棟で構成され、渡り廊下で繋がっています。
本館は一階が玄関ホール、応接室、食堂、喫煙室とこのフロアだけで客をもてなせるようになっていました。
二階が家族のフロアで、各人が私室、寝室、浴室が繋がった部屋を持ち、当主には別途専用の書斎があります。
三階は客人用のフロアで、客室だけが並んでいます。ラファエロとミカエルにあてがわれた部屋もこの階の一室です。ミカエルはまだ幼いので、ラファエロと同室にされました。
お年頃にさしかかっているミカエル少年は、一人部屋というものを体験してみたかったのですが、残念ながら叶いませんでした。
別館は内装こそ本館のような華やかさに欠けるものの、しっかりした造りをしていました。
一階に厨房、洗濯場、二階と三階は従業員が暮らす部屋です。
屋敷で働く使用人はほとんどが通いなので、この棟に住んでいるのは主に商会の職員となります。個人で家を借りたり買うのは自由ですが、仕事で各地を飛び回るので、滅多に帰れない家に無駄金を払う羽目になったり、契約手続きが面倒だったりします。
それに比べて、宿舎は書類一枚で即日入退去できます。
安くて早くて安心という、どこかで売り文句に使われそうな快適さです。
*
下宿している職員、主人一家、使用人のまかないを毎日作っているうえに、時にはパーティーの準備もする厨房は、食料庫も含めると一階の半分以上を占めていました。
働いている人数もかなりのものです。
「……あの一角だけ、他と雰囲気が違いますね」
料理人の動線から外れた一角――厨房の隅にある棚にミカエルは目をとめました。
「あれはミス・グリーンの棚です」
「中身を見ても?」
「誰でも手に取れる場所に置いてあるので、構わないでしょう」
三段作りの棚には、同じサイズの缶が並んでいます。
蓋には手製のラベルが貼られていて、中身について箇条書きされていました。どれもハーブとして知られている植物の名前です。
ミカエルが円柱型の缶を開けると、乾燥したハーブが入っていました。
「ブレンドティ―のようですね」
植物図鑑だけでなく、生薬図鑑も暗記しているミカエルは加工済みの姿であっても正体を当てることができますが、ハーブに薬剤を染みこませたり、粉をまぶしたりと細工されている可能性を考えて鑑定魔法を発動しました。
「お、おおっ……! ついにミカエルが魔法を!」
「え?」
感動に打ち震えるラファエロに、マリアは困惑しました。
「依頼を請けるようになって早一年。ようやくミカエルが魔法を使ってくれた……!」
「あのう、彼は大魔法使い様のお弟子様なのですよね。それなのに魔法が使えなかったのですか?」
「いんや。使える。むしろ年齢の割にできすぎなくらいじゃ」
マリアはラファエロが感極まっている理由がわからず、これ以上踏み込んで良いものか迷いました。
「……師匠、五月蠅いです。ぼくが今まで魔法を使わなかったのは、使わなくても解決できる問題だったからです。そして今回は、使うべきだと判断しただけです」
「そうなんですね」
マリアの疑問に答えたのはミカエルでした。
次々に缶を開けると、ラベルに書かれていないものが混ざっていないか確認していきました。
*
「――……妙なものは入っていませんね」
「のう、ミカエル。もし怪しげなものを混ぜていたら、こんな場所に放置したりはせんじゃろ。わしならここにはダミーを置いて、本物は部屋に隠し持つぞ」
「それだと部屋を捜索されたら、言い逃れできないじゃないですか。誰にでも触れる場所に置けば、仮にバレても、自分は嵌められたと主張できます」
大勢が働く場所ですが、夜中など無人になる時間帯は存在するはずです。
それに人の行き来が盛んであれば紛れ込むことも容易で、忙しい現場では各自仕事に集中していて、動線の外にまで注意を払っている人は稀でしょう。
全て可能性の話ですが、大切なのは第三者が細工できる状況であったと主張できることです。
「……もしかして、お弟子様も大魔法使い様と同じで見た目と実年齢が違うのでしょうか?」
マリアはおそるおそる訪ねました。
ラファエロが若い姿をしていることは、風の噂で聞いていましたが、弟子も同じとは考えていませんでした。
客室の手配をしたのはマリアです。答え次第では今からでも別室にするべきでしょう。
「ぼくは見た目通りの年齢です」
「首がすわる前に出会ったから、九歳で間違いないはずじゃ」
本当の誕生日はわかりませんが、ずれても二ヶ月程度のはずです。
「そ、そうですか」
マリアは思い込みで失礼なことをしていなかったことに安堵しつつ、どうみても九歳の言動では無いミカエルに複雑な気持ちになりました。
そんなマリアの心境など知るよしも無いミカエルは、ぱたぱたと可愛らしい足音を立てて料理人の集団に接近しました。
*
「こんにちは。今晩、こちらのお屋敷でお世話になるミカエルと申します」
「お? おお。ご丁寧にどうも」
マリアお嬢様が連れてきた見知らぬ連中。やたら顔の良い男と少年。こっそり気にしていた調理場の男たちは、いきなり話しかけられて動揺しました。
「お部屋にあった果物いただきました。ありがとうございます。ぼく甘い物が好きなんですが、あんなに美味しいもの生まれて初めて食べました」
美少年にお礼を言われた料理人たちは、なんとも言えない顔になりました。
だってあれは調理すらしていない果物なのですから、評価されたところで反応に困ります。
「……どれも南国の果物だから珍しいモンではあるが、あれで喜ばれちゃ料理人としては立つ瀬がねぇな」
「だな。坊ちゃん。甘い物が好きなら、今晩のデザートに期待しときな。ボスコ邸の料理人の腕を見せてやるよ」
顔を見合わせた男たちは、この少年にプロの全力を味合わせてやることにしました。
「朝も子供仕様にするか。坊主、フレンチトーストとパンケーキならどっちがいい?」
「どちらも食べたことがないです」
「っかー。親はなにしてんだよ。どっちも作るのに大して手間かからねぇだろ。特にフレンチトーストなんて、家にある材料でパパッと作れるだろうに」
思わぬ形でラファエロに流れ弾が飛んできました。
*
食べなくても健康体を維持できるラファエロと、体力と魔力が直結していて魔力が充分あれば、食糧をそこまで必要としないミカエルの普段の食事は良く言えばシンプル。悪く言えば粗食です。
朝も昼も夜もパンと、適当な野菜と肉を煮込んだスープとチーズ。
甘い物が欲しければ、森で採れた果物。
村に行けばお菓子を買えますが、ミカエルはお小遣いを全額貸本屋で使っています。とはいえ見かねたジョンが、店の中で読む分は無料にして、小休憩に手作りの焼き菓子を振る舞ってくれるので、軽いものならそれなりに食べているのですが、がっつりパンケーキやフレンチトーストはさすがに対象外でした。
「そうなんですか? じゃあパンケーキ食べてみたいです」
フレンチトーストは一般家庭にあるもので作れるようなので、ミカエルはパンケーキを選択しました。
離れた場所で会話を聞いていたラファエロは冷や汗ものです。これは家に帰ったら、フレンチトーストを作る流れです。
ラファエロは家事妖精と契約するか真剣に悩みました。妖精を呼び出すのは簡単ですが、一度契約してしまうと破棄するのが難しいのです。
もし出てきたのが几帳面で口うるさい――ルカのような性格だったら、のんびりスローライフの危機です。
「フレンチトーストくらいなら、わしでも作れるか……?」
ラファエロが眉間に皺を寄せていると、小皿とスプーンを持ったミカエルが戻ってきました。
*
スプーン二杯分の茶葉を小皿に出すと、ミカエルはより分けました。
全ての缶で同じ行動を繰り返します。
「お弟子様。一体何をなさるのですか?」
「比率を確認しています。煎じ薬もですが、こういうものは量も重要なんです」
ポットに一杯、カップに一杯というのが茶葉の基本です。ティースプーン二杯で数えているのは、それが一杯分の量だからです。
「過剰投与は体に害になり、少なすぎたら効果が無いんですよ」
「わしも手伝おうか?」
「お気持ちだけもらっておきます」
「なんでじゃ! こんだけあったら大変じゃろ」
「師匠。これとこれは別のハーブなんですが、区別つきます?」
「い、一個ずつ鑑定魔法で確認すれば……」
「それ一缶終わらせるのに、どれだけ時間がかかると思ってるんですか」
話しているうちに、ミカエルは全ての作業を終えました。
勘の良い読者はこう思っているでしょう。
「この事件長くない? 全何話あるの?」と。
11話+別視点で合計12話です。
お覚悟召されよ。




