Ⅳ 永遠 ― 蒼
王家の正式な婚約を――それも僕が持ち掛けた話を、
僕の心をひとつで破棄することなど不可能だった。
それ以前に、僕はあの女を、生涯、守ると誓ったのだ。
嵐の夜に出逢った、僕の運命の人。
決して裏切ってはいけない人。
あの満月の夜以降、僕はあの娘とふたりきりになるのを避けた。
それでも、宴の席に呼ばれる踊り子を妹のように可愛がったし、
彼女もまた僕を慕ってくれている様子だった。
でも――そう、この娘は、僕の運命の人ではないのだ。
この気持ちが最早恋と呼べるものであることに、僕は気が付かないフリをした。
...The another tale of
the Little Mermaid
Ⅳ 永遠 ― 蒼
「――踊り子が、いない?」
その報告を臣下から受けたのは、あの女との婚姻の儀式の翌日――未明のことだった。
僕は痛む頭を抑えながら、妻を起こさぬようにそっとベッド抜け出した。
初夜だというのに、僕は同じベッドに入った新妻を抱かなかった。
儀式の最中も、この部屋にふたりになってからも、
目を瞑るとよぎるのは、月明かりの下で出逢ったあの娘だった。
妻の碧い瞳を見ても、思い出すのはいつだって彼女の蒼だった。
昨日の婚姻披露の席でも、踊り子は踊った。
いつもと変わらぬように見える微笑をたたえ、僕たちの結婚を祝って舞った。
音楽が鳴り止んだ瞬間だけ僕の視線と交わった蒼い瞳が、悲しそうに歪んだ。
僕は心臓が掴まれるような息苦しさを感じた。
――この状況に導いたのは他ならぬ僕自身であるのに。
僕は半ば狂ったように「踊り子」と呼びながら、部屋から部屋へと探し回った。
途中衛兵や従者から部屋に戻るよう促されたが、次の扉を開ける手を止められなかった。
胸騒ぎしかしなかった。
「踊り子――どこに行ったんだい? 可愛い踊り子」
最後の扉は外へと繋がるものだった。
扉を開けた途端、早朝の少し冷たい空気に包まれた。
「……踊り子、君なのかい?」
彼女の気配を感じて、僕は呼び掛けた。
すると、返事の代わりのように暖かい風が頬を撫でた。
「 」
風の音に紛れて、僕の名を呼ぶ声が聴こえた気がした。
その声は聴いたことがないはずなのに、とても耳に心地よかった。
見上げると、夜明け前の空はいつしか輝く蒼へと変わっていた。
既に星が朝陽に溶かされた空に、ぽっかりと取り残された白い月を見て、
何故だか僕はあの娘がこの空へと昇って行ったような気がした。
そして悟った――あの嵐の中で僕の手を引いてたのは、君だったんだね。
あの時と同じ瞳で僕をずっと見つめてくれていたのに。
気付かなくて、ごめん。
「 」
彼女への謝罪や自分への呪いの言葉の代わりに、初めて名を呼んだ。
それは、彼女との約束――彼女のために考えた名前。
僕の最愛の少女の名前になるはずだったモノ。
「――永遠に、君を想ってる」
僕の声は強い風がさらい、蒼い空へと溶け消えて行った。
あの娘がふわりと笑った気がした。
・
・
・
君の心を傷付けるばかりだった僕のことを、許してくれなくていい。
――酷い男だと罵ってくれてもいい。
でも、どうか幸せでいて。
ただ、もしも僕を許してくれるなら、どうか君の声で僕の名前を呼んでほしい。
そして、自分勝手だと失望されるかもしれないけれど
願わくば、永遠のその先ででも、
僕が笑顔の君と共に在りますように――。