こうして出向することになった
「解体屋にも困ったものだね。」
あるゲームからログアウトした男が
やはりゲームからログアウトして、
彼の隣に居る少女に話しかける。
「でも、もっともな悩みだと思うわ。
選択肢が多いほど人は悩むもの。
そこに正解があるかどうかは別だけど。
南郷さんには、そういう経験はないのかしら?」
南郷と呼ばれた男は苦笑しながら答えた。
「たしかに、選択肢がないのも困るけど、
多いのも困るね。
僕は生憎と、そういった経験は少ないんだけどね。」
「あら、ドクターでも困ったことがあったのね。」
「そりゃ、僕だって人間だよ?
悩んだことだって1度や2度じゃないさ。
できるだけ後悔しないようにはしてきたつもりだけど
後悔した事だって数え切れないくらいあるさ。
そういう飛鳥ちゃんはどうなんだい?」
「南郷さん、女の子にそういう事を聞くのは
野暮というものじゃなくて?
野暮な男は嫌われるわよ。」
飛鳥は睨むというより、ジト目で男を見つめ返す。
「野暮な性格のおかげで、この年になっても
彼女の1人も居ないんだから返す言葉もないよ。」
男の名は南郷亮一。
ハルゼルトに於いて、最強のヒーラーにして
最初のオンリージョブとして名高い 『ドクター』 の異名を持つ男である。
彼の本当のジョブはドクターではなく、破医者というのだが
聞こえが悪いので、ジョブをドクターだと咄嗟に詐称したところ
それがそのまま異名として定着してしまった。
「まぁ、解体屋の悩みは僕たちが解決できる問題じゃない。」
「そうね。
彼が差し出した白紙の地図に
道を書いてあげられるけど、
その道を歩くかどうかは彼次第。
私たちは示してあげることしかできない。」
「たしかに君の言うとおりだ。
僕たちは彼に提示はできるけど、強制はできない。
ただ、飛鳥ちゃん。
『あげる』と言う言い方は止めた方が良いと僕は思うよ。」
「どうして?」
南郷は飛鳥を優しく見つめて答えた。
「『あげる』っていう言い方は、
『言われた自分よりも言った相手の方が立場が上』
だと勘違いする人もいるからね。
僕は出来るだけ使わないようにしてるんだ。
あぁ、勿論これは僕の持論であって君に強制はしないよ。
これは、君に提案して『あげている』だけ。」
彼の妹と言うには歳が離れ、娘と言われるには歳が近い少女は
彼の言葉を咀嚼するように、暫く考え込んで
「そうね、確かに
ほんの少しだけイラっとしたわ。」
「分かってもらえて何よりです。
さぁ、少し遅くなったけど晩御飯にしようか。
サラダに赤パプリカが入ってるけど、ちゃんと食べるんだよ。」
少女は赤パプリカと聞いて、露骨に顔をしかめる。
「こらこら、そこまで嫌な顔をしない。
せっかくの可愛い顔が台無しじゃないか。」
「だって、嫌いなんですもの。」
ハルゼルトに於いては10指に入るプレイヤーを3人抱えているギルドの
ギルドマスターを務める青年と、ギルド設立にあたり尽力した少女の日常は
少女が青年の家に居候を始めてからこんなものである。
ハルゼルトに在って、唯一のオンリージョブ専用ギルド、ピンクボム。
その名は未だギルドメンバーと親しい極一部にしか知られていない。
ピンクボムの名が知れ渡るのはまだ先の話である。
***
「召喚士、悪いのだが解体屋と2人でモスノ山脈に行ってはくれぬか?」
ログインして速攻でギルドに顔を出した俺に
見慣れぬ誰かと話していたドクターが開口一番そんなことを言ってきた。
「そりゃ別にいいけど、
何かあったのかドクター?」
「ふむ。昨晩予言者から聞いたのだが、
君はアイテムドロップが無いそうだな。
だが、解体屋は自身をドロップアイテムが多めに出るジョブだと言っておった。
そこで、
『召喚士のドロップ無効と解体屋のドロップ過多はどっちが強力なのか』
ふと疑問に思ってな。
吾輩が知りたいだけ故、用事があるのなら後回しでも一向にかまわぬ。」
「たしかに、それは興味がわくな。
でも、なんでモスノなんだ?
近場でも問題ないと思うんだが。」
「それは俺が説明してやろう。」
ドクターと話していた男が口を開く。
誰だよ、あんた。
「俺はモスノに拠点を構えるギルド
『ゴート山賊団』のゴートってモンだ。
名前でわかるとは思うがギルマスなんてのをやってる。」
「あ、ども、はじめまして。
召喚士のユウと言います。」
「おう。それで、だ。
ウチのギルドは『山賊団』なんて名乗っちゃいるが、
初心者の手伝いもやってる。
今しがたゴウから聞いたが、お前さんアイテムドロップが無いらしいじゃねぇか。」
「ゴウとは、吾輩の名である。」
「ドクターの名はゴウっていうんだ・・・」
「そいつぁ、今は関係ねぇから放っとけ。
話を戻すぞ。
アイテムが出ねぇってこた、お前さんは
買い物もできねぇってことだ。
普通のLv10以上なら俺だって放っとくんだが、
今まで一切ドロップが無ぇってんなら話は別だ。
そこで、俺らの出番ってわけよ。」
「えぇっと・・・?」
「物分りの悪い奴だなぁ。
俺のトコはアイテムが余ってる。
ギルメンは賞金首。
勝ちゃあ、お前さんに金とアイテムをくれてやるって言ってんだ。
いいか、この世界じゃPKでもアイテムドロップするんだよ。
だが、勘違いするなよ。
アイテムドロップはするが、それで俺らの懐が痛むわけじゃねぇ。
持ってるアイテムが複製あるいは強化されてドロップするんだ。
つまり、俺らのアイテムは減りゃしねぇ。
でもって、お前さん達はアイテムが増える。
しかも、負けたところで死ぬわけでもねぇ。
正にノーリスク、ハイリターンってわけよ。」
「いいんですか、それ?」
「良いも悪いも、良いから提案してんだろうが。
要らねぇアイテムだったら、その場で売りゃいいだけだ。
その場で売ったとしても、
ウチのギルメンに相場未満で買い叩くような馬鹿な奴はいねぇ。
そんな真似すりゃ、NPCの店以外は使えなくなっちまうからな。
昔から言うだろ、『人の噂も十五日』ってよ。」
「それを言うのであれば、『人の噂も七十五日』である。
2週間程度で無くなる噂など、ゴシップ誌で捏造された噂くらいであろうよ。
そして加えるなら、正しくは『悪事千里を走る』
もしくは『人の口に戸は立てられぬ』である。」
「・・・細けぇこたぁ、気にするな。」
「だったら、最初から無理して諺を使わなければ良いだけではないか。」
「ユウとか言ったな。
お前さんはどうしたいんだ!?」
誤魔化した!?
誤魔化しきれてないのに、強引に誤魔化したよこの人。
しかも、俺は悪くないのに怒鳴られた。
「そちらが良いのでしたら、俺は全然OKです。」
「良いのでしたら、なんて言ってんじゃねぇ。
男だったら、『望むところだ』くらい言って見せろ!!」
「の・・・望むところだ!!」
ゴートは俺を見てニヤリと笑うと、
「それで良いんだよ、それでな。
おい、ゴウ。2、3日お前のトコの若い衆借りるぞ。
ついでに、俺の実験にも付き合ってもらうが構わねぇな?」
「彼らに無理強いさえしなければ、我輩は文句など言わぬ。
ただし、これだけは言っておくぞゴート。
有り得ぬとは思うが、彼らの意思を無視して
その実験とやらを行った場合、
我輩、『ピンクボム』の総力を挙げてでも、
『ゴート山賊団』を叩き潰す所存である。
これは、『ピンクボム』の総意と受け取ってもらってかまわぬ。」
「ゲハハハハ・・・
天下のドクター、破壊僧が所属してるギルド相手に
そんな怖い真似できるか!!」
ひとしきり笑ったあと、怒鳴り返すゴートさんに向かって
少し目を細め、ドクターが答える。
「有り得ぬとは思う、そう言ったはずだぞ?
一応、警告である。
そして、もう1点。
なんの自慢にもならぬが、吾輩も破戒僧も、この世界において
10指に入るプレイヤーであることは間違いない。
しかし、我輩如きよりも遥かに強いプレイヤーが
ピンクボムに居るのもまた事実よ。
せいぜい、彼女を怒らせぬことだ。
断っておくが、我輩では彼女を止められぬぞ。
いや、止めぬと言った方が正確であるな。
親という字は『木の上に立って見る』と書く等と言うが、
我輩、『子の横に立って手を出す』タイプであるゆえ。」
「ほう、お前さんがそこまで言うたぁ中々の猛者だな。
それにしても、お前さんが親ねぇ・・・」
「何、我輩など彼女の代理としてギルドマスターを務めておるにすぎぬ。
我輩からすれば、彼女は子のようなものである。
子の味方をするのが親であろう?」
「あぁ、分かったよ、降参だ。
お前のトコから預かった以上は、俺からすりゃ客分だ。
手荒に扱うことも、意見を無視することもしねぇよ。
『粗暴であれど野蛮にあらず』、
『策を弄せど卑怯にあらず』、
『弱者に優しいゴート山賊団』。
その名に懸けて、俺ぁ約束は違えねぇ。」
両手を上げて降参だと言わんばかりに、
いや実際言ったけど、
約束を守るとドクターに誓ったゴートさん。
その彼がギルドマスターを務める、
初日に会った猫の子から聞いた時の感想を
そのままにしたようなゴート山賊団。
どうやら俺と解体屋は、そこに一時的に出向することになったらしい。
ギルドの名前、山賊団以外に変えりゃ良いのに・・・




