事件3-5 恐怖心
死んだら自分はどうなるのだろう。そんな答えのない問に脳のリソースを割き、眠れない夜がある。今車窓から見えるビル群も、所詮は人が死ぬまでの間を豊かにするためだけの施設たち。宇宙規模で、全時間規模で見れば、それらは非常に滑稽で、終わったら波に飲まれて消えてゆく子供が砂浜で作った砂山のようなものに違いない。そんな無限の思考による恐怖、「死」というものへの耐え難い苦しみの束縛。ただ、それがある限り、人間は死なない。私はそう思っている。恐怖心や警戒心というのは一種の防衛本能。なら、その機能をフル活用すれば、必然的に生存確率は上がる。だから私は死なない。
人目のつかないところから校庭に不法侵入する。ジリジリと音を立てる砂を踏みしめ、暗闇のなかを突き進む。たった1つ、明かりのついたあの教室を目指して。
夜の校舎は、昼のそれと全く別の顔を見せる。不気味で、少しジメッとしている。まさに、化け物の温床。その足音が、シトシトとフロアを這いずり、鼻を刺す化学臭が充満するあの教室の周りを徘徊する。そして、咄嗟に物陰に身を隠す私の視線の先を、今まさに這っている。醜悪な見た目の化け物。今すぐその化けの皮剥いでやる。私はスマホを取り出すとシャッターを切る。さて、私がほしいのはこんな写真ではない。もっと直接な…。
ブブッ、スマホが震えた。通知には城ヶ崎の名前が表示されており、メッセージを確認する。
「あんたの言ってた通り、一週間に一回、学校に荷物が届いてる。それも夜に。受取人は…、予想通りよ。後は、へましないであんたが直接的な証拠を取ってくれたら」
私は了解という二文字を打ち込むと、スマホをしまい、ゆっくりと物陰から出る。あの化物はもう役目を終えたのか、見当たらない。壁に背をつけ、例の化学室にゆっくりと近づく。引き戸の隙間から細かい光が漏れており、すりガラス越しに人影がひらひらと映る。教室に面する壁には、下方に小さな小窓がある。私は地べたに這いつくばると、ゆっくりと窓を開けた。数人の男が机を囲んでいる。と、一人の男がその机の上から黒光りする筒状のものを持ち上げた。すかさず、スマホのカメラを向けてシャッターを切る。
ズズズッ、ズズズッ、その音に気づいたとき、もう遅かった。さっきまで地面を這っていたその化物は、二つの足で立ち上がり、その腹に当たるところに隠されたファスナーから拳銃を持った男が体を覗かせていた。おかしいな、恐怖心は持っていたはずなのだが。私はすかさず懐中時計に手を伸ばす。




