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古書と身代金

 街の小さな探偵事務所。それが私の活動場。そんな活動場のドアが開く音ほど、私を憂鬱にさせるものはない。そう、社会人や学生で言う朝のアラームや日曜夕方の某国民的アニメの曲のように、私にとってはこれから始まる地獄を知らせるメロディーなのだ。


 「し、失礼します…」

そんな遠慮がちな声と共に姿を見せたのは、なんとも派手な髪色をした女性だった。


 「どうぞ、おかけください」

私がそう言うと、彼女は黒い革製のソファに腰を掛けた。私は彼女のテーブルを向かい側に、パイプ椅子を置いて深く腰を掛ける。


 「栂野探偵事務所の栂野刻です。本日はどのようなご要件で?」

ペットボトルのコーヒーを彼女の前に差し出しながら、私は彼女に聞く。


 「私、私立神楽坂図書館に勤めている星野凪と申します。その…、図書館から古書が盗まれてしまいまして…。犯人が身代金を用意しろって言うから、お金を持っていったら、お金だけ取られてしまって…」

「古書、ですか?」

「はい、とっても貴重なもので、私も書いてある内容は知らないのですが、館長がとても大切にしていて…。それに、盗まれたお金もかなりの額で…」

「申し訳ありませんが、そういうものは警察に…」

「警察には言うなと、館長が…」

やれ、これは困った。なぜ刑事事件なのに警察を呼ばない。警察は民事不介入だが、私は個人的に刑事不介入と言い張りたい。

「お願いします!私、このままじゃクビに…」


 ざっと事件の概要を聞くとこうであった。まず一つ、古書が図書館から盗まれる。二つ、身代金を用意して、神楽坂市にあるホテルグラリムのエントランスへ。三つ、それを盗まれてブチギレた館長が自分の首を飛ばそうとしている。四つ、なぜか警察を呼ぶことを館長は渋っている。しょうがない、あんな顔されちゃ解決するしかないであろう。


 とはいえ、今の私にできることは何もない。そう、今現在の私には。幸い、私が最後にセーブしたのは昨日の朝。彼女が身代金を盗まれたのは昨日の昼頃。私は、彼女から教えてもらったあるキーワードを頭の片隅に入れ、懐中時計のボタンを押し込んだ。

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