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事件2-7 バッドエンド

 振り上げられるナイフ。間に合わない。何もかもに。ここから咄嗟によけることも、ポケットに仕舞い込んだあの錆びれた懐中時計に手を伸ばすことも。

「……っ!」

私はせめて腕でガードするために、左腕を額のところまで掲げ、目をぎゅっと瞑った。


 ところが、待てど暮らせど腕にも、体の他の箇所にも痛みはない。左腕はそのままに、目をゆっくりと開ける。建物に差し込む光と一緒に目に飛び込んだその景色に、私は、つい笑みがこぼれてしまった。やはり、君を助手にしてよかった。

「栂野さん!やりましたよ!」

そう言いながら私に笑顔を向ける星野は、床に仰向けになった犯人に馬乗りしている。ナイフは床に転がっており、犯人はもがいているものの、星野に顔を地面に押し付けられると、少し静かになった。

「お手柄だ、星野」

「はい!」

女性の縄を解くために、ナイフを拾い上げると、犯人が口を開く。

「…、お前たち終わりだよ。この世にはな、解決しちゃいけない事件があるんだよ。わかってるだろ?自分の正義感を恨むことだな!終わりだ!皆終わりだよ!」

犯人はそう言って狂ったように笑い始める。その笑い声の奥から、警察車両の甲高いサイレン音が漂ってくる。


 すっかり暗くなった現場だが、赤色灯のあかりがあちこちに飛び散っている。

「ほら、乗れ」

制服を着た警察官が犯人をパトカーに押し込む。結局、あいつが何者かは分からなかったが、今は事件解決を祝福すべきだろう。

どうせバッドエンドなら、マシなバッドエンドを選ぶ。これが、マシなエンドだと願いつつ、目の前で抱き合う坂下夫婦に目を向ける。

「私、待ってるから」

「ああ、待っててくれ」

それだけ交わすと、坂下は警察官に連れられ、白黒の車体に消えてゆく。

「栂野さん、お疲れ様でした」

「ああ、お疲れ様」

私たちは肩を並べ、静かにお互いに称える。

「またお前か」

と、背後から聞き馴染みの声が聞こえてくる。振り返ると、阿久津ともう1人女刑事が偉そうに立っていた。

「今回は私たちも被害者だが?…ところで、隣は?」

「警視庁捜査一課の九条詩織です」

無愛想な声の主である九条は、肩の上で綺麗に切りそろえられた髪と、鋭い目つきで私に挨拶する。背は星野より高く、胸も…。と、無愛想な挨拶にさらされた私は彼女に感情を教えてあげるかのように少し笑いかけて挨拶をする。

「栂野探偵事務所の栂野刻です。どうぞよろしくお願いします」

「ええ、存じ上げてます」

相変わらず無愛想に返してくる。まあいい、私の仕事は終わったんだ。

「星野、帰るぞ」

「わかりました!」

それにしても、最後の犯人の言葉…。「わかってるだろ?」という言葉、あれは私に向けられた言葉ではない気がしてならない。それまでの言葉は、私に視線を向けていた。だが、わかってるだろと問いかける時、その時奴は上を見上げていた。なにか、私が知らぬ間に大きなバッドエンドに足を踏み込んでいる…。そんな考えをシャットダウンするように、私はセーブボタンをカチリと押し込んだ。


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