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追放清掃係の復讐譚――魔王城に残された呪いは、全部俺の武器になった  作者: ビッグサム


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第6話 勇者はまだ、自分を勇者だと言い張った

 偽聖堂跡の奥で、白い石棺が沈んでいく。


 黒い血が蓋を覆い、王国神殿の紋章を呑み込んだ。


 勇者候補者。


 記録抹消。


 王国神殿封鎖。


 それだけを残して、奥の区画はまた閉じた。


 全部は見えなかった。


 見せられなかった。


 だが、十分だった。


 アレクの手は、まだ聖剣を握っている。


 掌から薄い煙が上がっていた。


 柄が焼いている。


 持ち主のはずの男の手を。


 それでも、アレクは離さなかった。


 離せば終わると分かっている顔だった。


「……違う」


 アレクが呟いた。


 誰に向けた言葉でもない。


 自分に言い聞かせる声だ。


「違う。これは魔王城の幻覚だ」


 ミリアが顔を上げる。


 曇った聖印を胸に抱いたまま、白い法衣の裾に残った黒い染みを隠そうとしていた。


 ガルドは床で荒く息を吐いている。


 剣はまだ、彼から少し離れた位置に転がっていた。


 ロギアだけが黙っている。


 目だけが動いていた。


 石棺が沈んだ場所。


 聖剣の柄。


 アレクの掌。


 俺の黒雑巾。


 全部を見ている。


 やはり、一番危ないのはあいつだ。


「魔王城の幻覚だ」


 アレクはもう一度言った。


 今度は、少し声が強かった。


「レイヴは死んだ。俺が刺した。地下に落とした。あれは、魔王城の呪いが清掃係の死体を使っているだけだ」


 俺は黙って聞いていた。


 なるほど。


 そう来るか。


 勇者は、自分の見たものを嘘にする。


 聖女は、浄化できないものを隠す。


 剣聖は、自分の暴力を鍛錬と呼ぶ。


 賢者は、まだ結論を出さない。


 汚れ方にも、それぞれ癖がある。


「ミリア」


 アレクが言った。


「立て」


 ミリアの肩が震える。


「でも、私……」


「立て」


 同じ言葉。


 今度は命令だった。


「お前は聖女だ。そんな床に膝をつくな」


 ミリアは唇を噛み、震える足で立ち上がった。


 法衣の裾の黒い染みを、片手で隠す。


 隠せていない。


 白い布の下から、黒が滲んでいる。


 彼女は裾を折り込んだ。


 もう一度、さらに内側へ隠した。


 だが、染みは布の表へ戻ってくる。


 まるで、白の下に押し込められることを拒むように。


 それでもミリアは立った。


 聖女の形だけを、必死に戻そうとしていた。


「ガルド」


 アレクは次に、床の剣聖を見た。


「剣を拾え」


「……拾えねえんだよ」


 ガルドの声は掠れていた。


「剣が……俺を……」


「拾え」


 アレクの声が冷えた。


「剣聖が剣を拾えないなど、王都に戻って説明できると思うか」


 ガルドの顔が歪む。


 怒り。


 屈辱。


 恐怖。


 その全部が、顔の上で潰れている。


 ガルドは左手を伸ばした。


 大剣の柄へ。


 指が触れる。


 黒い手が、また刃の奥から滲みかける。


 ――触るな。


 小さな声。


 ガルドは歯を食いしばった。


「黙れ……」


 指を無理やり柄にかける。


 赤黒い手形が、彼の左手に浮かんだ。


 痛みが戻る。


 それでもガルドは、剣を引きずるように持ち上げた。


 握ってはいない。


 持たされているだけだ。


 剣聖の腕に、剣が似合っていなかった。


「よし」


 アレクはそれだけ言った。


 仲間を心配する声ではない。


 装備品の状態を確認する声だった。


 ガルドの目が、ほんの少し暗くなる。


 その亀裂も、俺は見た。


「ロギア」


 アレクが言う。


「今見たものは、魔王城の精神干渉だ。記録するな」


 ロギアはすぐには答えなかった。


 眼鏡の奥で、静かに目を細める。


「記録しなければ、検証できない」


「検証する必要はない」


「必要があるかどうかを判断するには、検証が必要だ」


 アレクの頬が動いた。


 怒りを噛み殺す顔。


 いい。


 壊れ始めている。


 仲間と呼んでいた者たちが、それぞれ別の方向を見始めている。


「ロギア」


 アレクは低く言った。


「俺の命令が聞けないのか」


「聞いている」


「なら従え」


「聞くことと、従うことは違う」


 短い沈黙。


 ミリアが息を呑む。


 ガルドが床の上で低く笑った。


「はっ……仲良し勇者パーティ様が、割れてきたな」


 そのガルドに、アレクが鋭く視線を向ける。


「黙れ。お前はまず立てるようになれ」


「……てめえ」


 ガルドの顔が赤黒くなる。


 怒りで。


 だが、足は動かない。


 罪の腕輪が、右腕でじくじくと脈打っていた。


 レイヴ。


 アレクが俺を見た。


 今度は、名前を呼ばなかった。


 呼ぶのを避けた。


 さっき、殺す時に名前を呼んでしまったことを、彼自身も覚えているらしい。


「お前は、魔王城の呪いだ」


「そうか」


「俺たちは王都へ戻る」


「戻れると思ってるのか」


 アレクは聖剣を掲げた。


 掌が焼ける匂いが、また薄く漂う。


 それでも、彼は笑った。


 勇者の笑み。


 人前に出る時の顔。


 崩れかけた仮面を、無理やり指で押さえている。


「戻る。戻って、王国神殿に報告する」


 俺は黒雑巾を揺らした。


「何を報告する」


「魔王城に、新たな魔王が生まれたと」


 ミリアが息を呑む。


 ガルドが顔を上げる。


 ロギアの眉がわずかに動いた。


 アレクは続けた。


「元清掃係レイヴ・クロウリーは、魔王城の残留呪詛に取り込まれた。死体を操られ、人類に仇なす存在になった。勇者パーティは魔王討伐直後の疲弊により、一時撤退した」


 すらすらと出てくる。


 もう物語を作っている。


 自分に都合のいい英雄譚を。


「そして再討伐の準備を整える。王国軍、神殿騎士団、聖女部隊を動かす。お前を、魔王の後継者として討つ」


 俺は、少しだけ感心した。


 折れたと思ったが、折れてはいない。


 ひびは入った。


 だが、そのひびを白い塗料で塗りつぶして、まだ立っている。


 これが勇者アレクか。


 汚れている。


 だが、しぶとい。


「いいな」


 俺は言った。


「何がだ」


「その方が掃除しがいがある」


 黒雑巾が床を撫でた。


 偽聖堂跡の白い床に残った血が、すっと引いていく。


 壁が鳴る。


 通路が変わる。


 アレクの背後に、暗い扉が浮かび上がった。


 宝物庫前へ戻る道。


 いや、違う。


 外へつながる道だ。


 ミリアが驚いて俺を見る。


「……通れるの?」


 アレクも一瞬、目を細めた。


「罠か」


「罠じゃない」


 俺は言った。


「排出口だ」


「何?」


「掃除した汚れを、一度外へ出す穴だ」


 アレクの顔が歪む。


「俺たちを汚れ扱いするな」


「もうしてるだろ。城が」


 閉じ込めて腐らせるだけなら簡単だ。


 ここで殺すだけなら、もっと簡単だ。


 だが、こいつらの汚れは王都まで伸びている。


 神殿まで。


 民衆の歓声まで。


 英雄譚の紙面まで。


 そこまで拭かなければ、掃除したことにはならない。


 床に黒い文字が淡く浮かぶ。


【清掃対象:一時排出】


【黒塵追跡:付着準備】


 ロギアの視線が文字へ落ちた。


 俺はその前に、黒雑巾で文字を拭った。


 全部は見せない。


 賢者に与える餌は、少しでいい。


「レイヴ」


 ロギアが静かに言った。


「今のは何だ」


「考えろ」


 俺は言った。


「お前、得意だろ」


 ロギアは黙った。


 だが、目は笑っていない。


 いい。


 疑え。


 考えろ。


 悩め。


 お前が考えるほど、アレクの足元は汚れていく。


 アレクは聖剣を構えたまま、扉へ向かう。


「行くぞ」


「アレク、本当に……」


 ミリアが不安そうに言った。


 アレクは振り返らない。


「ここに残りたいのか」


 ミリアは口を閉じた。


 黒い染みのある法衣の裾を押さえたまま、足早に扉へ向かう。


 その黒染みは、折っても、握っても、白布の上に浮いていた。


 王都の光の下でも、きっと隠しきれない。


 ガルドは大剣を引きずった。


 がり、がり、と床を擦る音がした。


 剣聖の歩く音ではない。


 罪を引きずる音だ。


 右腕の罪の腕輪は、布を巻いても隠せないだろう。


 殴ろうとするたび、痛みが返る。


 剣を握るたび、声が戻る。


 王都の訓練場で、彼はもう前と同じ顔では立てない。


 アレクの掌には、聖剣の柄が焼いた痕が残っていた。


 勇者の手のひらに、聖剣がつけた火傷。


 それでも彼は、手袋で隠すだろう。


 笑うだろう。


 民の前で、白い顔を作るだろう。


 それを想像すると、喉の奥で笑いが漏れそうになった。


 ロギアは最後に動いた。


 扉の前で、一度だけこちらを見る。


「レイヴ・クロウリー」


「何だ」


「君は、我々を逃がすのか」


「逃がす?」


 俺は笑った。


「違う」


 黒雑巾が、床に落ちたアレクの血をほんの少し吸い上げた。


「汚れは、外へ持ち出すと広がる」


 ロギアの目が細くなる。


「つまり、我々を追跡するつもりか」


「さあな」


「君は危険だ」


「お前らほどじゃない」


 ロギアはそれ以上言わなかった。


 扉の向こうへ消える。


 最後にアレクが立ち止まった。


 白い背中。


 焼けた掌。


 黒筋の走る聖剣。


 勇者の仮面を、まだ被っている男。


「レイヴ」


 今度は名前を呼んだ。


 殺すためではなく。


 憎むために。


「次に会う時は、王国の全軍で来る」


「連れてこい」


 俺は答えた。


「汚れが増えるだけだ」


 アレクの肩が震えた。


 怒りで。


 それでも振り返らず、扉の向こうへ消えた。


 扉が閉じる。


 偽聖堂跡に、静けさが戻った。


 いや。


 静かではない。


 床の下が、まだ囁いている。


 壁の奥が、まだ呻いている。


 石棺の向こうで、番号だけを残された誰かが眠っている。


 勇者候補者。


 第七号。


 記録抹消。


 俺は黒雑巾を握った。


「まだだ」


 まだ、全部は拭けない。


 まだ、奥には届かない。


 でも、道は見えた。


 アレクの聖剣。


 ミリアの偽浄化。


 ガルドの罪痕。


 ロギアの記録。


 王国神殿の紋章。


 全部、別々の汚れに見えて、根は同じ場所へ伸びている。


 白い神殿。


 勇者制度。


 聖女制度。


 人類の正義。


 その下に、どれだけの血がある。


 黒雑巾が震えた。


 今度は喰いたがっているのではない。


 知らせている。


 魔王城のどこかで、新しい区画が目を覚ました。


 床に、細い文字が浮かび上がる。


【管理者権限更新】


【黒塵追跡:限定解放】


【対象:勇者パーティ四名】


【付着完了】


 俺は笑った。


 そうか。


 さっきの扉。


 排出口。


 あいつらの靴底。


 法衣の裾。


 剣の傷。


 聖剣の柄。


 全部に、目に見えない黒い塵がついている。


 血でもない。


 呪いでもない。


 埃だ。


 清掃係なら、見逃さない程度の。


 小さな、小さな汚れ。


 けれど、たどれる。


 追える。


 どこで誰に会い、何を隠し、どの部屋で嘘をつくか。


 魔王城は見ている。


 俺も見える。


 完全ではない。


 ぼんやりとだ。


 それでも、十分だった。


 遠く。


 魔王城の外へ向かう通路で、白い光が瞬いた。


 アレクたちが帰還術式を起動したのだろう。


 王都へ戻る気だ。


 自分たちの物語を、もう一度白く塗るために。


「行けよ」


 俺は呟いた。


「白い顔で戻れ」


 偽聖堂跡の壁に、黒い染みが広がる。


 その染みの中に、王都の輪郭がぼんやり浮かんだ。


 まだ遠い。


 まだ薄い。


 だが、見える。


 勇者たちは魔王城を出た。


 けれど、魔王城の汚れを持ち出した。


 いや、違う。


 あいつら自身の汚れに、俺の目印がついただけだ。


 黒雑巾を肩にかける。


 黒モップは床へ沈み、また魔王城の奥へ戻っていった。


 仮解放は終わりらしい。


 まだ俺の権限では、常に使えるわけじゃない。


 それでいい。


 足りないなら、喰えばいい。


 汚れを。


 罪を。


 嘘を。


 封印を。


 俺は偽聖堂跡を出た。


 宝物庫前へ戻る。


 そこには、まだ魔王の血が残っていた。


 第1話で拭いていた血。


 俺が落とされる前に、最後まで処理しきれなかった血だ。


 俺はしゃがんだ。


 黒雑巾を押し当てる。


 ゆっくり拭う。


 血が布に吸い込まれる。


 その奥から、魔王の声ではない声がした。


 若い女の声。


 冷たく、気高く、少しだけ怒っている声。


 ――やっと、管理者が戻ったのね。


 俺の手が止まった。


 黒雑巾が震える。


 声は、宝物庫の奥から聞こえていた。


 いや。


 もっと下。


 封印区画。


 偽聖堂跡より深い場所。


 そこに、誰かがいる。


 魔王城が、次の扉を示した。


【封印区画:魔王血族拘束室】


【接続条件:管理者権限不足】


【解除条件:黒塵追跡結果の回収】


 俺は立ち上がった。


 勇者パーティは王都へ戻る。


 神殿は動く。


 アレクは自分の勇者物語を立て直す。


 そして、魔王城の奥では、誰かが俺を待っている。


 血と呪いと嘘の奥で。


 俺は笑った。


「忙しくなるな」


 黒雑巾が、血を吸って重く揺れた。


「掃除する場所が、多すぎる」



---


現在のステータス


名前レイヴ・クロウリー

立場元・勇者パーティ清掃係/魔王城新管理者

スキル《穢れ喰い》

装備《黒雑巾》/《黒モップ:仮解放中断》

支配権限魔王城の地下廃棄層・宝物庫前結界・血紋罠・封鎖扉・偽聖堂跡・黒塵追跡の限定解放

復讐対象勇者アレク、聖女ミリア、剣聖ガルド、賢者ロギア、王国神殿

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