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追放清掃係の復讐譚――魔王城に残された呪いは、全部俺の武器になった  作者: ビッグサム


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12/13

第12話 勇者の証言は、聖剣より先に黒ずんだ

 アレクの証言を掃除する。


 そう決めた瞬間、黒雑巾が重く沈んだ。


 焦げた端。


 血を吸った繊維。


 神殿の白い灰。


 その奥で、死亡記録の染みがまだ脈打っている。


【死亡確認:未確認】


 たった三文字。


 それだけで、神殿の紙は揺れた。


 ロギアは署名を止めた。


 記録官は汗をかいた。


 アレクは聖剣に触れることをためらった。


 小さい。


 まだ小さい。


 だが、嘘は一度濡れると腐る。


 乾いたふりをしても、奥から臭う。


 俺は魔王城の床に膝をついた。


 頬の傷が熱い。


 掌の皮が裂けている。


 黒塵を遠くへ伸ばすたび、神殿の白い結界が俺の手を焼いてくる。


 便利な力じゃない。


 でも、使える。


 なら使う。


 ――顔色が悪いわよ、管理者。


 封印区画の奥から、魔王の娘の声がした。


 前より近い。


 鉄格子の向こうにいるはずなのに、声だけは、もう壁一枚向こうくらいまで来ている。


「見えるのか」


 ――気配で分かるわ。血の匂いが濃い。


「清掃係に血の匂いは付き物だ」


 ――無理をして倒れたら、私の封印は誰が削るの?


「結局それか」


 ――当然でしょう。私はまだ、あなたを信用していないもの。


「俺もだ」


 ――でも、利用価値はある。


「お互いにな」


 黒雑巾を床へ押し当てる。


 神殿へ続く黒塵の糸は細い。


 何本かは焼け落ちた。


 だが、残っている。


 記録官の焼却箱の灰。


 ロギアの手帳。


 聖女の浄化室。


 治療室の床。


 そして、アレクの白い手袋。


 そこに、俺の黒塵が残っていた。


 今から追うのは、その手袋だ。


 聖剣に焼かれた掌を隠す、白い布。


 勇者の嘘を覆う、薄い布。


 黒塵が動く。


 視界が開いた。


 王国神殿の内奥。


 証言聴取室。


 白い壁。


 白い椅子。


 中央に置かれた記録水盤。


 その奥に、老神官が座っていた。


 隣に若い神官。


 記録官が二人。


 神殿騎士が扉の前に二人。


 そして、アレク。


 勇者アレク。


 白い手袋をはめ、聖剣を腰に下げ、いつもの英雄の顔をしている。


 ただ、その顔は少し硬い。


 証言を求められる勇者の顔ではない。


 取り調べを受ける罪人の顔に近い。


「勇者アレク」


 老神官が言った。


「改めて確認する。レイヴ・クロウリーは死亡したのだな」


「はい」


 早い。


 迷わないように、先に答えた声だ。


「君が確認したのか」


「魔王城の地下へ落ちました。あの高さでは生きていません」


「質問に答えなさい。確認したのか」


 アレクの喉が動いた。


 ほんの少し。


「……状況から、死亡と判断しました」


 ロギアがいない。


 この場にいない。


 だから老神官は強く出ている。


 アレクの言葉を整え直すための部屋だ。


 勇者の嘘を、神殿の記録に耐える形へ削り直す場所。


 記録水盤が白く光った。


 水面に、アレクの言葉が文字として浮かぶ。


【状況死亡判断】


 老神官の眉がかすかに動く。


「状況判断では弱い」


「ですが」


「勇者が魔王城で、清掃係を取り逃がしたなどと記録できると思うか」


 アレクの顔が歪む。


 怒りではない。


 屈辱だ。


「取り逃がしたわけではありません」


「なら、死亡を確認したと言いなさい」


 命令だった。


 アレクは拳を握る。


 白い手袋の下で、火傷が痛んだのだろう。


 指が小さく震えた。


「……死亡を確認しました」


 記録水盤が白く光る。


【死亡確認】


 その文字が浮かんだ。


 綺麗な文字。


 整った文字。


 白い嘘。


 俺は黒雑巾を握った。


「嘘をつくな」


 声は届かない。


 だが、黒塵は届く。


 アレクの手袋の縫い目に残った黒塵が、水盤の縁へ落ちた。


 一粒。


 それだけ。


 だが、水は汚れを嫌う。


 白い水盤の水面に、黒い波紋が立った。


【死亡確認】


 その下に、じわりと別の文字が浮く。


【死体未確認】


 記録官が息を呑んだ。


 若い神官が水盤へ手をかざす。


「汚染反応です!」


 老神官の顔が冷える。


 アレクは水面を見た。


 その目が、ほんの一瞬、揺れた。


 見たな。


 自分が見ていないことを。


 死体を確認していないことを。


 地下に落としただけで、確認しなかったことを。


「消せ」


 老神官が言った。


「はい」


 若い神官が浄化光を流す。


 黒い文字は薄れる。


 だが、消えきらない。


 水の底に沈む。


 汚れは沈む。


 消えたふりをする。


 ミリアの浄化と同じだ。


 白いだけ。


 薄い膜。


 俺は笑った。


「見覚えがあるだろ、聖女」


 ミリアはこの場にいない。


 だが、きっと似たことをしてきた。


 消えないものを沈める。


 沈めたものを、なかったことにする。


 老神官はアレクを見る。


「もう一度だ」


「……はい」


「レイヴ・クロウリーは、魔王城の呪詛に取り込まれた死体である。そう証言しなさい」


 アレクの唇が動く。


「レイヴ・クロウリーは、魔王城の呪詛に取り込まれた死体です」


 黒塵が痛んだ。


 その言葉だけで、俺の胸の奥が冷える。


 死体。


 まただ。


 何度殺す気だ。


 何度、紙と口で俺を殺す気だ。


 黒雑巾が、俺の血を吸った。


 手のひらからまた血が出ている。


 力を入れすぎた。


 だが、その血で黒塵が太くなる。


 水盤に、もう一つの波紋が立った。


【死体】


 その下に、黒い線が走る。


【生体反応:継続】


 老神官が立ち上がった。


 記録官が青ざめる。


 アレクの顔が硬直する。


「馬鹿な……」


 アレクが呟いた。


 小さい声だった。


 だが、聞こえた。


 お前の声は、黒塵が拾った。


 老神官が水盤へ手をかざす。


 白い光が強くなる。


 黒塵が焼ける。


 俺の目の奥に痛みが走った。


「ぐっ……」


 視界が白く滲む。


 焦げた匂い。


 黒雑巾の端がまた焼けた。


 ――引きなさい。


 魔王の娘の声が鋭くなる。


「まだだ」


 ――焼き切られるわ。


「まだ、アレクの口が汚れてる」


 ――本当に馬鹿ね。


「知ってる」


 水盤の文字は消されかけていた。


【生体反応:継続】


 薄くなる。


 消える。


 その前に、俺は黒雑巾を強く床へ擦りつけた。


 ごしり。


 魔王城の床が鳴る。


 黒塵が水盤の底へ食い込む。


 最後に一文字だけ残す。


【生】


 それだけ。


 死体という文字の下に、生。


 白い水の底に、黒く沈む。


 老神官はそれを見た。


 アレクも見た。


 記録官も見た。


 神殿騎士の一人も、見てしまった。


 小さい。


 たった一文字。


 だが、勇者の証言を腐らせるには十分だった。


「水盤を封鎖しろ」


 老神官が低く言った。


 記録官たちが慌てて動く。


「この場の記録は、神殿上層部扱いとする。外部へ漏らすな」


 外部へ漏らすな。


 その言葉を聞いて、俺は笑った。


 漏れるのが怖いのか。


 なら、そこに汚れがある。


 アレクが一歩前へ出た。


「猊下。これは魔王城の干渉です。俺の証言に誤りはありません」


「なら、証明しなさい」


「どうすれば」


「聖剣を水盤にかざせ」


 空気が止まった。


 アレクの顔から、血の気が少し引いた。


 聖剣。


 勇者の証。


 白い刃。


 魔王を討った剣。


 そして、アレクの掌を焼いた剣。


「聖剣は真実を照らす」


 老神官が言う。


「君が正しければ、魔王城の干渉など一瞬で焼き払える」


 アレクは動かない。


 白い手袋の指が震えている。


 若い神官がそれを見た。


 記録官も見た。


 神殿騎士も見た。


 勇者が、聖剣を抜くことをためらっている。


 老神官の声が冷たくなる。


「勇者アレク」


 命令。


 アレクは歯を食いしばり、聖剣の柄へ手を伸ばした。


 触れる。


 じゅう、と音がした。


 白い手袋の内側から煙が上がる。


「っ……!」


 アレクの顔が歪む。


 それでも抜いた。


 聖剣は白く輝いた。


 強い光だ。


 この場の誰もが息を呑む。


 まだ勇者に見える。


 まだ英雄に見える。


 だが俺には見える。


 刃の根元に走る黒い筋。


 柄の内側にこびりついた、拒絶の汚れ。


 聖剣そのものが、アレクを完全には認めていない。


 アレクは聖剣を水盤へかざした。


「レイヴ・クロウリーは死んだ」


 声が震えている。


「魔王城の呪詛に取り込まれた死体だ」


 聖剣の光が水盤に落ちる。


 白い。


 眩しい。


 黒塵が焼ける。


 俺の視界がほとんど白になる。


 痛みが頭を突き抜ける。


 だが、その白の奥で、黒雑巾が暴れた。


 嘘だ。


 聖剣の光の下で、嘘が泡を吹いている。


 水盤に文字が浮かぶ。


【勇者証言:照合】


【対象:レイヴ・クロウリー死亡】


【照合結果――】


 文字が乱れる。


 白と黒が混ざる。


 アレクが叫んだ。


「照合しろ! 俺は勇者だ!」


 その瞬間、聖剣の柄がアレクの掌を焼いた。


 手袋が破れた。


 焼けた皮膚が見えた。


 記録官が小さく悲鳴を上げる。


 神殿騎士が目を見開く。


 若い神官の口が開いたまま止まる。


 勇者の手が、聖剣に焼かれている。


 隠しようがない。


 アレクは歯を食いしばり、聖剣を離さなかった。


 だが、水盤の文字は白くならない。


 黒い一行が、底から浮いた。


【証言不一致】


 部屋が凍った。


 アレクの呼吸が止まる。


 老神官の目が細くなる。


 記録官の筆が落ちた。


 かつん、と乾いた音。


 それだけが響いた。


 俺は笑った。


 声が出なかった。


 痛みで喉が詰まっていた。


 それでも笑った。


 ざまあない。


 勇者の証言が、聖剣の前で不一致を吐いた。


「違う……」


 アレクが呟く。


「違う。これは、魔王城の干渉だ」


 老神官がすぐに動いた。


 白い袖を振る。


 水盤全体に強い浄化光が走る。


【証言不一致】


 その文字が焼かれる。


 消える。


 だが、消える直前、黒塵がその一部を噛み取った。


【証言不一致:断片取得】


 黒雑巾へ戻る。


 その瞬間、俺の胸に白い火が入ったような痛みが走った。


「が……っ」


 床に手をつく。


 血を吐きかける。


 黒雑巾が、俺の血を吸って震えた。


 魔王の娘が声を荒げる。


 ――馬鹿! そこまで取る必要はなかったでしょう!


「ある」


 俺は息を吐きながら言った。


「これは、要る」


 勇者の証言不一致。


 証拠だ。


 紙より強い。


 水盤より強い。


 聖剣の前で出た矛盾。


 これがあれば、アレクの英雄譚に穴が開く。


 まだ小さい穴だ。


 神殿はすぐ塞ぐ。


 でも、穴は開いた。


 アレクは聖剣を下ろした。


 手袋の裂け目から、焼けた掌が見えている。


 隠せない。


 もう隠せない。


 老神官は記録官たちを睨んだ。


「今見たものを記録するな」


 記録官たちが青ざめて頷く。


「水盤は浄化する。証言記録は、神殿上層部で修正する」


 修正。


 便利な言葉だ。


 嘘を整えることを、こいつらは修正と呼ぶ。


 神殿騎士の一人が、ほんの少しだけ眉を動かした。


 見たな。


 お前も見た。


 勇者の手が焼けたところを。


 証言不一致の文字を。


 老神官がそちらを見る。


 騎士は慌てて姿勢を正した。


 だが、遅い。


 目撃者が増えた。


【目撃者:記録官二名/神殿騎士二名/若神官一名】


【勇者証言不一致:神殿内限定拡散】


 魔王城の床に文字が浮かぶ。


 いい。


 神殿の内側で、汚れが増えている。


 アレクは老神官に詰め寄る。


「なぜです。なぜ聖剣が……」


「黙りなさい」


 老神官の声は鋭かった。


 アレクが止まる。


 勇者が、止められる。


「君は勇者だ」


 老神官は低く言う。


「勇者でなければならない」


「ですが、聖剣が――」


「聖剣の反応は神殿が管理する」


 アレクの顔が歪む。


 その言葉は、慰めではなかった。


 聖剣さえ、神殿の管理物だと言っている。


 勇者ではなく。


 神殿が。


「君の役目は、民の前で勝利を語ることだ。疑問を持つことではない」


 アレクは唇を噛む。


 焼けた掌から血が落ちた。


 聖剣の柄に触れた血。


 その血を、聖剣は吸わなかった。


 床に落ちる。


 ぽたり。


 黒い染みになる。


 黒塵が反応する。


 俺はその血を見た。


 アレクの血。


 勇者の血。


 聖剣に拒まれた血。


 使える。


 だが、今は無理だ。


 もう体が限界に近い。


 ――引きなさい。


 魔王の娘が言った。


 今度は命令に近かった。


 ――証拠は取った。これ以上は焼かれる。


「分かってる」


 視界を引く。


 だが、最後にもう一つだけ見えた。


 扉の外。


 廊下の影。


 ロギアが立っていた。


 この聴取室には入っていない。


 だが、扉の外で聞いていた。


 あいつ。


 どこまで嗅ぎつける。


 ロギアは誰にも見えない位置で、手帳を開いていた。


 そこに、一行を書き足す。


【勇者証言――不一致の可能性】


 可能性。


 まだ断定しない。


 賢者らしい。


 いやらしい。


 俺は黒塵を引き戻す直前、ほんの一欠片だけ残した。


 ロギアの足元へ。


 彼は視線を下げる。


 気づいた。


 手帳の余白に、黒い点が浮く。


 今回は文字にはしない。


 ただの点。


 ロギアはそれを見て、口元だけで言った。


「次は、何を望む」


 俺は答えない。


 答えられるほど余裕もない。


 ただ、黒塵を引いた。


 視界が切れる。


 魔王城へ戻る。


 俺は床に倒れかけた。


 片手をつく。


 血が落ちる。


 黒雑巾がそれを吸う。


 息が荒い。


 頭が痛い。


 掌が焼けている。


 でも、黒雑巾の上には新しい染みがあった。


【証言不一致】


 黒く、濃く、重い染み。


 勇者の嘘から剥がした汚れ。


 俺はそれを見て、笑った。


 痛みでうまく笑えなかった。


 それでも、笑った。


「取ったぞ」


 封印区画の奥で、鎖が鳴る。


 今度は、はっきりと一本、緩んだ音だった。


 魔王の娘の声が、すぐ近くで聞こえた。


 ――本当に取ってくるなんて。


「必要だった」


 ――死にかけているのに?


「死んでない」


 そう言うと、彼女は少し黙った。


 それから、低く笑う。


 ――そうね。死んでいないわね。


 俺は黒雑巾を握った。


 証言不一致。


 死亡未確認。


 処理者名改竄。


 聖女功績転嫁。


 罪痕反動。


 ロギアの私的記録。


 少しずつ、揃ってきた。


 まだ民衆には届かない。


 まだ神殿は隠せる。


 だが、内側には確かに腐りが入った。


 次は外へ出す。


 王都の白い広場へ。


 民衆の耳へ。


 勇者を信じている者たちの前へ。


「アレク」


 俺は呟いた。


「お前の口、汚れてるな」


 黒雑巾が重く揺れる。


「次は、民の前で拭いてやる」



---


現在のステータス


名前レイヴ・クロウリー

立場元・勇者パーティ清掃係/魔王城新管理者

スキル《穢れ喰い》/《記録汚染読取:初期解放》

装備《黒雑巾》/《黒モップ:仮解放中断》

支配権限魔王城の地下廃棄層・宝物庫前結界・血紋罠・封鎖扉・偽聖堂跡・黒塵追跡の限定解放

取得証拠死亡未確認、処理者名改竄、聖女功績転嫁、勇者証言不一致

復讐対象勇者アレク、聖女ミリア、剣聖ガルド、賢者ロギア、王国神殿

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