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追放清掃係の復讐譚――魔王城に残された呪いは、全部俺の武器になった  作者: ビッグサム


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第11話 未確認の一文字が、勇者の嘘を腐らせる

 黒雑巾の上に、五つの染みが残っていた。


 死亡記録。


 功績隠蔽。


 処理者名改竄。


 聖女功績転嫁。


 勇者候補者第七号。


 どれも小さい。


 黒い点にしか見えない。


 だが、ただの染みじゃない。


 神殿の奥から持ち帰った、紙の汚れだ。


 俺を殺した記録。


 俺の仕事を盗んだ記録。


 名前を奪われた誰かの記録。


 黒雑巾は、それを喰わずに残していた。


 喰えば力になる。


 だが、今は喰わない。


 これは証拠だ。


 汚れは、拭き取るだけじゃない。


 見える場所へ広げてやることもある。


 床に落ちた泥を、わざと白い布に押しつけるみたいに。


 神殿の白い紙へ、返す。


 ――面白い顔をしているわね。


 封印区画の奥から、魔王の娘の声がした。


 前より少し近い。


 鎖が一本、ほんの少し緩んだせいだ。


「顔なんか見えないだろ」


 ――声で分かるわ。あなた、今かなり悪いことを考えている。


「復讐だ」


 ――同じことよ。


 俺は黒雑巾を広げた。


 焦げた端に、神殿の白い灰がこびりついている。


 その灰の下で、死亡記録の染みが脈打っていた。


【死亡確認:勇者アレクの証言により確定】


 白い嘘。


 その裏に、俺が引きずり出した一行がある。


【死亡確認:未確認】


 未確認。


 たった三文字。


 だが、神殿の嘘には、それだけで十分だ。


 俺は黒雑巾の端で、その染みを拭った。


 ごしり。


 魔王城の床に、細い黒い線が伸びる。


 黒塵追跡の経路だ。


 焼かれて細くなっている。


 今にも切れそうだ。


 それでも、まだつながっている。


 王国神殿の記録保管室。


 白い扉の下。


 燃え残った黒塵。


 ロギアの杖の先。


 そこへ、俺は死亡記録の汚れを流した。


 派手には動かない。


 叫ばない。


 光らない。


 ただ、染み込ませる。


 紙に。


 筆に。


 水盤に。


 記録官の指先に。


 だが、通すたびに、黒雑巾の焦げ目が広がった。


 ちり、と掌が焼ける。


 指の皮が裂れたような痛みが走る。


 遠い神殿の白い結界が、黒塵を通じて俺の手を噛んでいる。


「っ……」


 息が漏れた。


 それでも離さない。


 この程度で止まるなら、地下廃棄層で死んでいる。


 ――無理をしすぎよ。


「優しいな」


 ――違うわ。あなたがここで倒れると、私の封印が困るの。


「そういうことにしておく」


 俺は笑った。


 喉の奥が乾いていた。


 焦げた黒雑巾の匂いと、神殿の香油の匂いが、血の映像の中で混じる。


 吐き気がした。


 でも、進める。


 ――何をする気?


「神殿の紙に、俺がまだ死んでいないことを思い出させる」


 ――紙に?


「紙に」


 俺は笑った。


「人を殺せる紙なら、嘘くらい吐き直せるだろ」


 黒い線が震えた。


 視界が開く。


 王国神殿。


 記録保管室前。


 ロギアがいた。


 一人ではない。


 白い法衣の記録官が二人。


 神殿騎士が一人。


 それから、老神官の側近らしい若い神官。


 ロギアは記録保管室の入口から少し離れた場所に立っていた。


 表情は静かだ。


 だが、杖の先が床に触れている。


 その先に、黒塵がある。


 気づいている。


 完全には見えていない。


 だが、そこに何かがいると分かっている。


 ロギアはわざと、杖を動かさなかった。


 逃がしているのか。


 誘っているのか。


 どちらにしても、やはり信用できない。


「賢者ロギア」


 若い神官が言った。


「老神官猊下より命令です。魔王城内で確認したすべての記録を提出してください」


「先ほども聞いた」


「すべて、です」


「提出すべきものは提出する」


「その表現では困ります」


「困るのは君だろう」


 若い神官の顔が歪む。


 ロギアは淡々と続けた。


「私は困っていない」


 嫌な男だ。


 見ていて少し笑いそうになる。


 神官は記録官へ目配せした。


 記録官が白い紙を差し出す。


「まず、レイヴ・クロウリー死亡記録の確認署名をお願いします」


 ロギアの指が止まった。


「なぜ私が」


「勇者パーティ同行者としての確認です。勇者アレク様の証言、聖女ミリア様の証言、剣聖ガルド様の証言は取得済みです」


「本人確認は」


「不要と判断されています」


「死体確認は」


「不要と判断されています」


「またそれか」


 ロギアの声が少しだけ冷えた。


 記録官は紙を広げる。


 そこには、俺の名前があった。


【レイヴ・クロウリー】


【状態:死亡】


【確認者:勇者アレク】


【同行者確認欄:賢者ロギア】


 ロギアは署名しない。


 銀の筆を受け取ったまま、紙を見ている。


 その時だった。


 黒塵が、紙の端へ触れた。


 俺は黒雑巾を握る。


 死亡記録の染みを、紙へ返す。


 じわり、と。


 白い紙の上で、文字が滲んだ。


【状態:死亡】


 その下に、もう一行が浮かぶ。


【死亡確認:未確認】


 記録官の顔が固まった。


「……え?」


 若い神官が紙を覗き込む。


 ロギアは動かない。


 ただ、目だけを細くした。


 見ている。


 全部。


「今のは何です」


 ロギアが聞いた。


 記録官の喉が鳴る。


「い、いえ……これは、魔王城汚染の残留が……」


「神殿内の確認用紙に、魔王城汚染が残るのですか」


「それは……」


「不思議だ」


 ロギアは銀の筆を紙の横に置いた。


「私は、この記録に署名できない」


 若い神官の顔が強張る。


「拒否するのですか」


「違う」


 ロギアは紙を指さした。


「記録が自分で未確認だと言っている」


 いい。


 もっと言え。


 白い神殿の中で、白い紙に恥をかかせろ。


 若い神官は紙を奪い取る。


 白い浄化光をかける。


 未確認の文字は薄れる。


 だが、完全には消えない。


 紙の繊維の奥に残っている。


 汚れの芯だ。


 俺の黒雑巾が拭き出した嘘の残りだ。


「焼却する」


 若い神官が言った。


「この紙は汚染された」


「なら、新しい紙にも同じ確認をしましょう」


 ロギアが言う。


「何?」


「新しい紙で、もう一度書けばいい。死体未確認、本人未確認、勇者証言のみ。そう書いたうえで、死亡確定とするなら、私はその矛盾を記録する」


「賢者ロギア!」


「大声を出しても、死体は出てこない」


 短い沈黙。


 記録官の額に汗が浮く。


 若い神官は、ロギアを睨む。


 だが、何も言えない。


 そこへ、廊下の奥から足音が近づいた。


 老神官ではない。


 アレクだ。


 白い手袋をしている。


 掌の火傷を隠したまま。


 聖剣は腰にある。


 だが、柄に手を置いていない。


 置きたくないのだろう。


「何を揉めている」


 アレクの声は低い。


 若い神官がすぐ頭を下げる。


「勇者様。死亡確認記録に、魔王城由来と思われる汚染が」


「またか」


 アレクの眉が動く。


 苛立ち。


 焦り。


 恐怖。


 それを怒りで塗りつぶす顔。


 アレクは紙を見る。


 薄く残った【未確認】の痕。


 彼の顔が、一瞬だけ固まった。


 見えたな。


 俺は笑った。


「どうした、勇者」


 届かない声で言う。


「紙がお前を信じてないぞ」


 アレクには聞こえない。


 だが、聖剣がかすかに鳴った。


 黒い。


 小さく。


 アレクの手袋の指が震える。


 彼は反射的に聖剣の柄へ手を伸ばした。


 勇者として。


 怒りを斬るために。


 疑いを斬るために。


 だが、指が柄に触れる寸前で止まった。


 掌の火傷が疼いたのだ。


 手袋の下で、焼けた肉がひきつる。


 アレクの顔に、ほんの一瞬、痛みが浮いた。


 ロギアがそれを見た。


 若い神官も見た。


 記録官も見た。


 勇者が、聖剣に触れることをためらった。


 その一瞬だけで、十分だった。


「焼け」


 アレクは言った。


 声が荒れている。


「その紙を焼け。新しく書き直せ。レイヴは死んだ。俺が見た」


 ロギアが静かに言う。


「君は刺して落としたと言った」


 空気が止まった。


 若い神官がアレクを見る。


 記録官の筆が震える。


 アレクの目が、ロギアへ向く。


「何だと」


「魔王城で、君は言った。レイヴは死んだ。俺が刺した。地下に落とした、と」


「呪詛の中での言葉だ」


「記憶は明瞭だ」


「ロギア」


 アレクの声が危険なほど低くなる。


「お前は、誰の味方だ」


「真実の味方だと言えば満足するか」


「ふざけるな」


「なら、記録の味方だ」


 ロギアは紙を見た。


「ただし、改竄されていない記録のな」


 亀裂。


 はっきりと音がした気がした。


 勇者パーティの亀裂だ。


 アレクとロギアの間に、もう隠せないひびが入った。


 黒雑巾が、俺の手の中で震える。


 ざまあない。


 アレクはもう一度、聖剣の柄へ手を伸ばしかけた。


 だが、また止まった。


 焼かれるからだ。


 勇者が、自分の聖剣を躊躇した。


 ロギアはその一瞬を見逃さなかった。


 目が、聖剣の柄へ落ちる。


 見た。


 覚えた。


 あの男は、全部覚える。


「……この件は、老神官猊下に報告する」


 若い神官が言った。


「ロギア殿の確認署名は保留とします」


「正確には、私が保留したのではない」


 ロギアが言う。


「記録が保留を要求した」


 若い神官は答えなかった。


 紙は焼却箱へ入れられる。


 白い火がつく。


 燃える。


 だが、燃えた灰の一部が黒く残った。


 黒塵だ。


 俺はそれを回収する。


 死亡記録の汚れが、黒雑巾へ戻る。


 少しだけ太くなって。


 だが、その瞬間、胸の奥が焼けた。


「ぐ……っ」


 膝が落ちかける。


 黒雑巾の端が白く焦げ、俺の掌に灰が食い込んだ。


 遠隔の記録へ干渉した反動。


 紙の嘘を揺らせば、こっちの血も削れる。


 便利な力じゃない。


 ただで使える力じゃない。


 それでいい。


 楽な復讐なんて、あるわけがない。


【死亡記録揺動:成功】


【対象:確認用紙】


【副次効果:賢者ロギアの署名保留】


【勇者アレク証言への疑義発生】


 よし。


 小さい。


 本当に小さい。


 だが、揺れた。


 神殿の紙が、勇者の嘘を飲み込みきれなかった。


 その時、別の黒塵が反応した。


 ミリアだ。


 場所は、神殿の別室。


 聖女専用の浄化室らしい。


 白い水盤。


 花。


 香油。


 壁一面の聖女功績記録。


 ミリアは一人で立っていた。


 法衣を脱ぎ、袖口の黒染みを水盤に浸している。


「消えて……消えて……」


 声が震えている。


 水は白い光を帯びる。


 染みが薄くなる。


 一瞬だけ。


 だが、すぐに黒が戻る。


 白い布の奥から滲む。


 ミリアは歯を食いしばった。


「どうして……私は聖女なのに……」


 壁の功績記録が、白く輝いている。


【偽聖堂跡浄化】


【深層礼拝堂浄化】


【病棟跡浄化】


【地下慰霊室浄化】


 全部、ミリアの名で記録されている。


 俺の処理実績が隠された場所だ。


 黒雑巾の上の染みが反応した。


【聖女功績転嫁痕】


 これを返す。


 俺は黒塵を細く伸ばした。


 壁の記録板へ。


 派手に暴くな。


 まだ早い。


 ミリア本人にだけ見せる。


 恐怖を育てる。


 白い記録板の一枚。


【偽聖堂跡浄化:聖女ミリア】


 その文字の下に、黒い影が浮く。


【深層処理者:レイヴ・クロウリー】


 ミリアの顔が凍った。


「いや……」


 彼女は後ずさる。


 別の記録板にも、黒い文字が浮いた。


【残留呪詛処理者:レイヴ・クロウリー】


 さらに別の板。


【聖女浄化後残留物処理:レイヴ・クロウリー】


「やめて……!」


 ミリアが叫ぶ。


 手で記録板を擦る。


 白い光で上書きする。


 文字は消える。


 だが、消したそばから薄く滲む。


 彼女の目にだけ、見えているのだろう。


 よく見ろ。


 お前の白さの下に、俺の名前がある。


 お前が祈った場所に、俺の血がある。


 お前が称えられた功績に、俺の吐瀉物と焼けた指がある。


 ミリアは膝をついた。


 白い水盤に手をつく。


 水面に、彼女の顔が映る。


 白い顔。


 震える唇。


 そして、水面の下に浮かぶ俺の名前。


 レイヴ・クロウリー。


「消えてよ……」


 ミリアが泣きそうな声で言う。


「あなたは、死んだんでしょう……?」


 俺は笑った。


「死んでない」


 声は届かない。


 だが、水面が揺れた。


 ミリアは悲鳴を上げて、水盤から手を離した。


 小さなざまぁだ。


 まだ民衆の前ではない。


 神殿の奥だけだ。


 だが、効いている。


 黒雑巾が、聖女功績転嫁の汚れを少しだけ吸った。


 代わりに、また焦げた。


 さっきより強い。


 記録板は神殿内にある。


 そこへ干渉するたび、白い封印が黒雑巾を噛んでくる。


 俺の指先から血が垂れた。


 黒雑巾がそれを吸う。


 血を代価に、汚れを引きずる。


【聖女功績記録:揺動成功】


【対象:聖女ミリア本人】


【恐慌反応:確認】


 魔王の娘が、低く笑った。


 ――いい趣味ね。


「お前が殺すより悪いと言った」


 ――褒めているのよ。


「その褒め方は嫌いじゃない」


 視界がまた揺れる。


 今度はガルド。


 神殿の治療室。


 腕を診られている。


 白い治療師が、罪の腕輪の上に浄化布を巻いている。


「痛えんだよ!」


 ガルドが怒鳴る。


「もっとまともにやれ!」


 治療師は震えながら謝る。


 だが、浄化布はすぐ赤黒く染まる。


 布の上に、手形が浮く。


 小さい手。


 細い手。


 ガルドに殴られた者たちの手。


 治療師が息を呑む。


「これは……」


「見るな!」


 ガルドが治療師を殴ろうと右腕を動かす。


 その瞬間。


 罪の腕輪が締まった。


「があああっ!」


 ガルドが椅子から転げ落ちる。


 痛みが返ったのだ。


 殴ろうとした瞬間に。


 治療師が尻餅をつく。


 部屋の外にいた神殿騎士が駆け込む。


「剣聖様!?」


 ガルドは床で腕を押さえ、歯を食いしばっている。


 剣聖が、治療師一人殴れずに床に転がった。


 俺は笑った。


 これは俺が今やったことじゃない。


 第3話で刻んだ汚れが、王都でも働いただけだ。


 だが、黒塵はその現場も覚えた。


【罪痕反動:発生】


【剣聖ガルド暴力行為未遂】


【目撃者:神殿治療師一名/神殿騎士二名】


 目撃者がいる。


 いい。


 隠すには、また記録を消さなければならない。


 消せば、また汚れる。


 汚れれば、俺が追える。


 王都の中で、勇者パーティの白さが少しずつ崩れている。


 大きくはない。


 まだ民衆には届いていない。


 だが、神殿の内側には傷が増えていく。


 黒塵の経路が、わずかに太くなった。


 魔王城の床に、三つの映像が重なる。


 ロギアの署名保留。


 ミリアの功績記録揺動。


 ガルドの罪痕反動。


 アレクはまだ知らない。


 だが、知れば焦る。


 焦れば、また嘘を塗る。


 嘘を塗れば、汚れが増える。


「いいな」


 俺は呟いた。


「掃除場所が勝手に増えていく」


 ――本当に嬉しそう。


「嬉しくはない」


 ――そういうことにしておいてあげる。


 その時、ロギアの視界が戻った。


 彼は人のいない書庫の隅にいた。


 自分の手帳を開いている。


 神殿へ提出しなかった記録。


 やはり隠していた。


 ページには、細かい字が並んでいる。


【聖剣黒化】


【候補者番号】


【レイヴ死亡未確認】


【神殿記録干渉】


【黒塵?】


 黒塵。


 書いたか。


 あいつ、もう名前をつけた。


 ロギアは筆を止めた。


 そして、小さく呟く。


「レイヴ。君はどこまで見ている」


 黒塵が、手帳の端に触れた。


 俺は迷った。


 ここで干渉するか。


 ロギアは敵だ。


 だが、今は使える。


 餌をやるか。


 俺は黒雑巾の端から、死亡記録の汚れをほんの一欠片だけ流した。


 手帳の余白に、小さな黒い染みができる。


 ロギアは息を止めた。


 染みは文字になる。


【未確認】


 それだけ。


 一語だけ。


 だが、その一語を送った瞬間、黒雑巾の焦げ目が一気に広がった。


 視界が白く揺れる。


 頭の奥に針を刺されたような痛み。


 俺は床に手をついた。


 血が、口の中に滲んだ。


 やりすぎた。


 ロギアの私的記録は、神殿の公式記録より結界は薄い。


 だが、ロギア本人の防壁がある。


 あいつ、手帳にも防御術式を仕込んでいる。


 抜け目がない。


 ロギアの目が細くなる。


「なるほど」


 彼はその文字を見て、笑わなかった。


 ただ、ページを閉じた。


「取引をしたいわけか」


 届かない声で、俺は答える。


「違う」


 魔王城の床に、俺の声が落ちる。


「掃除に使えるか試してるだけだ」


 ロギアに聞こえたかは分からない。


 だが、彼は手帳を懐にしまった。


 その動きは、神殿から隠す動きだった。


 よし。


 お前も汚れを抱えろ。


 その汚れが、いずれ道になる。


 視界が切れた。


 魔王城に静けさが戻る。


 黒雑巾には、新しい染みが三つ増えていた。


 死亡記録揺動。


 聖女功績記録揺動。


 罪痕反動目撃。


 そして、ロギアの私的記録。


 まだ小さい。


 だが、王都の白い壁の内側で、確かに腐り始めた。


 俺は膝をついたまま、しばらく息を整えた。


 黒雑巾の端は白く焦げ、指先から垂れた血を吸って赤黒く戻っている。


 遠隔干渉は、ただ覗くより重い。


 紙に一文字浮かべるだけで、こっちの血が減る。


 面白い。


 便利じゃない。


 だから、使い方を間違えれば死ぬ。


 復讐にちょうどいい。


 封印区画の奥で、鎖が鳴る。


 今度は、金属が少し緩む音だった。


 魔王の娘の声が、さらに近くなる。


 ――レイヴ。


「何だ」


 ――今、指だけじゃなく、手首まで動いたわ。


「よかったな」


 ――ええ。よかったわ。


 短い言葉。


 だが、そこに少しだけ熱があった。


 彼女はすぐにいつもの声に戻る。


 ――次は神殿の外へ漏らす必要があるわね。内側だけで腐らせても、神殿は蓋をする。


「分かってる」


 俺は黒雑巾を見た。


 まだ足りない。


 民衆の前に出すには、証拠が薄い。


 だが、揺れは作った。


 紙が揺れた。


 聖女が揺れた。


 剣聖が転がった。


 賢者が記録を隠した。


 次は、勇者だ。


 アレクの嘘を、外へ滲ませる。


 俺は立ち上がった。


「次はアレクの証言だ」


 黒雑巾が、重く揺れる。


「勇者が俺を殺したと言ったその口から、綺麗にしてやる」



---


現在のステータス


名前レイヴ・クロウリー

立場元・勇者パーティ清掃係/魔王城新管理者

スキル《穢れ喰い》/《記録汚染読取:初期解放》

装備《黒雑巾》/《黒モップ:仮解放中断》

支配権限魔王城の地下廃棄層・宝物庫前結界・血紋罠・封鎖扉・偽聖堂跡・黒塵追跡の限定解放

復讐対象勇者アレク、聖女ミリア、剣聖ガルド、賢者ロギア、王国神殿

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