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追放清掃係の復讐譚――魔王城に残された呪いは、全部俺の武器になった  作者: ビッグサム


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13/13

第13話 勇者の演説に、清掃係の名が混じった

 王都の広場は、白かった。


 旗も。


 花も。


 神殿騎士の鎧も。


 民衆が掲げる祈りの布も。


 何もかも、白い。


 魔王討伐を祝うための白。


 勇者の帰還を讃える白。


 聖女の祈りを待つ白。


 だが、俺には見える。


 その白の下に、黒い塵が舞っている。


 小さい。


 本当に小さい。


 アレクの手袋の縫い目。


 ミリアの袖口。


 ガルドの包帯。


 ロギアの杖の石突。


 記録官の靴底。


 神殿騎士の外套。


 そこに、俺の黒塵が残っている。


 勇者パーティは、魔王城を出た。


 王都へ戻った。


 神殿に守られ、民衆に迎えられ、また白い物語を着ようとしている。


 なら。


 そこに、黒い染みを一つ落とす。


 全部はまだ早い。


 神殿は強い。


 アレクの名声も、まだ厚い。


 俺の持っている証拠は断片だ。


 死亡未確認。


 処理者名改竄。


 聖女功績転嫁。


 勇者証言不一致。


 まだ、民衆全員をひっくり返すには足りない。


 だが、疑わせることはできる。


 白い布の上に、小さな黒点を置くことはできる。


 最初は、ただの汚れに見える。


 けれど一度気づいたら、目がそこへ戻る。


 清掃係は知っている。


 汚れは、見つかった瞬間から広がる。


 俺は魔王城の床に膝をつき、黒雑巾を押し当てた。


 掌はまだ痛い。


 聖剣の光を受けた傷。


 神殿の結界に焼かれた皮膚。


 遠隔で記録に干渉した反動。


 全部が、まだ熱を持っている。


 黒雑巾の端も焦げていた。


 白い灰がこびりつき、その下で黒い染みが脈打っている。


 ――今日は無理をしない方がいいわ。


 封印区画の奥から、魔王の娘が言った。


 声は、前より近い。


 鎖が緩んだぶん、彼女の声ははっきり届く。


「心配か」


 ――違うわ。あなたが倒れると、私の封印が削れなくなる。


「そういうことにしておく」


 ――ええ。そういうことにしておきなさい。


 俺は笑った。


 痛みで口元が引きつる。


 それでも笑えた。


 今日、アレクは民衆の前に立つ。


 神殿が用意した再討伐宣言。


 魔王城に生まれた新たな災厄を討つと。


 レイヴ・クロウリーの死体を操る呪いを滅ぼすと。


 勇者は、もう一度勝利を語る。


 その口を、掃除する。


 全部は拭かない。


 少しだけだ。


 ほんの少し、黒くする。


 黒塵が動いた。


 王都広場の白い石畳。


 広場中央の演壇。


 神殿が用意した大きな白布。


 その下に、魔法文字が編み込まれている。


 拡声術式。


 記録術式。


 民衆への祝福術式。


 演説を美しく響かせ、勇者の姿を清らかに見せるための仕掛け。


 ずいぶん親切だ。


 嘘を広げるための布があるなら、汚れも広げやすい。


 黒塵は、その白布の端に潜り込んだ。


 布の繊維へ。


 金糸の裏へ。


 誰も見ない縫い目へ。


 じり、と焼ける。


 神殿の祝福術式が、黒を嫌っている。


 俺の掌に痛みが返った。


「っ……」


 指が震える。


 黒雑巾が、俺の血を吸う。


 血を吸うたび、黒塵の線が少しだけ太くなる。


 ――そこで止めなさい。


「まだ始まってない」


 ――始まる前から血を払う必要はないわ。


「ある」


 俺は低く言った。


「今日、あいつは俺を民衆の前でもう一度殺す」


 魔王の娘は黙った。


 少しだけ。


 それから言う。


 ――なら、殺される前に、噛み返しなさい。


「そのつもりだ」


 広場の歓声が高くなる。


 勇者アレクが演壇へ上がった。


 白い外套。


 白い手袋。


 腰に聖剣。


 いつもの勇者の顔。


 民衆は気づかない。


 その手袋の下が焼け爛れていることを。


 聖剣の柄に触れるたび、痛みが走ることを。


 神殿の水盤で【証言不一致】が出たことを。


 アレクは笑った。


 ああ。


 本当にうまい。


 英雄の顔だけは、見事だ。


 隣に聖女ミリアが立つ。


 袖口は何重にも重ねられ、黒染みは見えない。


 でも、彼女の指は袖を握っている。


 ずっと。


 笑顔を崩さず、布を握り潰している。


 ガルドは後ろ。


 大剣を背負っているが、右腕は使っていない。


 包帯を巻き、左手で柄を支えている。


 剣聖の姿勢ではない。


 怪我を隠す男の姿だ。


 ロギアはさらに後ろにいた。


 目立たない位置。


 だが、目だけは広場を見ていない。


 演壇の白布。


 拡声術式。


 記録術式。


 そして、アレクの手袋を見ている。


 気づくなよ。


 いや。


 気づけ。


 どちらでもいい。


 お前は、汚れを運ぶ。


 老神官が前に出た。


 白い法衣。


 穏やかな顔。


 民衆に向けて手を上げる。


「王都の民よ。恐れることはありません」


 声が広場に響く。


「魔王は討たれました。人類は勝利しました」


 歓声。


 祈り。


 涙。


 白い花が舞う。


 その中で、老神官は続けた。


「しかし、魔王城は最後の悪あがきを始めました。死した清掃員の肉体を呪詛で操り、新たな災厄として我らの前に現れたのです」


 清掃員。


 名前ではない。


 また職名だ。


 レイヴ・クロウリーではなく、清掃員。


 俺は黒雑巾を握った。


 指の傷が開く。


 血が落ちる。


 黒雑巾が吸う。


「今さら、名前を消すなよ」


 黒塵が、演壇の白布の裏で震えた。


 老神官の声に、ほんのわずかな雑音が混じる。


 誰も気づかない程度。


 だが、術式は揺れた。


 アレクが一瞬だけ視線を動かす。


 気づいたか。


 いや、まだだ。


 老神官がアレクへ手を向ける。


「勇者アレク。民へ語りなさい。あなたが見た真実を」


 アレクが前に出る。


 民衆の歓声が爆発した。


「勇者様!」


「アレク様!」


「魔王を討った英雄!」


 アレクは手を上げる。


 白い手袋。


 焼けた掌を隠す布。


 その手が、ほんの少し震えていた。


「皆、聞いてくれ」


 拡声術式が声を広げる。


「魔王は討った。だが魔王城の呪いは、まだ残っている」


 民衆が静まる。


 子供まで黙る。


 みんな、勇者の声を信じている。


 白い声。


 綺麗な嘘。


「俺たちの同行者だった清掃員、レイヴ・クロウリーは、魔王城の呪詛に取り込まれた」


 ざわめき。


 名前が出た。


 消そうとしても、出た。


 勇者自身の口から。


 俺は笑った。


「いいぞ」


 黒塵が、拡声術式の中へ潜る。


 アレクの声が、ほんのわずかに歪む。


 まだ誰も気づかない。


「彼は死亡した。俺が確認した」


 来た。


 その嘘。


 俺は黒雑巾を床へ押し当てる。


 死亡未確認の染み。


 証言不一致の染み。


 二つを合わせる。


 混ぜるな。


 全部は流すな。


 一滴だけ。


 白い布に落とす、黒い水滴のように。


 アレクの声が、広場に響く。


「俺が、確認――」


 そこで、声が詰まった。


 本当に一瞬。


 ほんの一瞬だ。


 民衆の多くは気づかない。


 だが、近くにいた神殿騎士は顔を上げた。


 ミリアの指が袖を握りしめた。


 ガルドが眉をひそめた。


 ロギアは目を細めた。


 アレクは続けようとする。


「確認、した」


 拡声術式が、その言葉を広げる。


 だが、混じった。


 小さな音。


 紙を擦るような音。


 水盤の底から浮いた文字のような音。


 未確認。


 それは言葉ではなかった。


 幻聴に近い。


 広場のあちこちで、数人が首を傾げた。


「今、何か……」


「未確認って聞こえなかった?」


「いや、勇者様は確認したって……」


 小さい。


 本当に小さい。


 でも、十分だ。


 白い広場に、黒点が落ちた。


 アレクの顔が固まる。


 聞こえたのだ。


 自分の声に、別の音が混じったのを。


 彼はすぐに笑顔を作り直した。


「魔王城の呪いは、言葉にも干渉する! だが恐れるな!」


 立て直した。


 早い。


 さすがだ。


 嘘をつき慣れている。


「俺は勇者だ! 必ず、魔王城に巣食う呪いを討つ!」


 歓声が戻る。


 だが、少しだけ遅れた。


 ほんのわずかな遅れ。


 人々は今、勇者の言葉を飲み込む前に、一瞬だけ考えた。


 清掃員。


 レイヴ・クロウリー。


 死亡。


 確認。


 未確認。


 その言葉が、喉に引っかかったのだ。


 俺はそれでいい。


 今日の掃除は、そこまででいい。


 全部をひっくり返す必要はない。


 疑念は、埃と同じだ。


 最初は一粒。


 でも、一度舞えば、どこにでも入り込む。


 老神官の目が鋭くなる。


 演壇の白布を見た。


 気づいたな。


 あの布に、黒塵がいるとまでは分からなくても、術式が揺れたことは分かったらしい。


 老神官が袖の内側で指を動かす。


 浄化術式。


 白い光が演壇の布を走る。


 黒塵が焼ける。


 俺の掌に激痛が走った。


「ぐ……っ」


 床に手をつく。


 黒雑巾の端が白く焦げた。


 魔王の娘が鋭く言う。


 ――引いて。


「まだだ」


 ――もう撒いたでしょう。欲張ると道が焼き切れる。


 その通りだ。


 だが、もう一つだけ。


 もう一つ、アレクの外面に傷を入れる。


 アレクは聖剣へ手を伸ばした。


 民衆に見せるためだ。


 勇者の証。


 自分は正しいと示すために。


 彼は、白い手袋のまま聖剣の柄を掴んだ。


 じゅっ。


 音は小さかった。


 だが、拡声術式が拾った。


 焼ける音。


 布と皮膚が焦げる音。


 アレクの顔が一瞬だけ歪む。


 民衆の前で。


 ほんの一瞬。


 それでも見えた。


 前列の子供が、不思議そうに言った。


「勇者様、痛そう……」


 その声は小さい。


 だが、周りの数人が聞いた。


 アレクはすぐに聖剣を掲げた。


 白い光が広場を照らす。


「この聖剣に誓う!」


 声は力強い。


 だが、手袋の指先から薄い煙が上がっている。


 白い光の中で、煙は見えにくい。


 でも、完全には隠せない。


 ロギアが見た。


 老神官が見た。


 ミリアも見た。


 ガルドも、顔をしかめた。


 民衆の一部も、見た。


 アレクは笑顔のまま、歯を食いしばっている。


「俺は必ず、魔王城の呪いを滅ぼす!」


 歓声。


 今度は大きい。


 神殿騎士が剣を掲げる。


 白い花がまた舞う。


 老神官が浄化術式を強めた。


 黒塵が燃える。


 俺は引いた。


 ここまでだ。


 十分だ。


 未確認の音。


 焼ける聖剣の柄。


 勇者の痛む顔。


 子供の一言。


 この四つでいい。


 今日はそれでいい。


 黒塵を戻す。


 だが、その途中で、別の反応があった。


 広場の端。


 群衆の中。


 灰色の外套を着た男が一人、こちらを見ている。


 いや、俺を見ているわけじゃない。


 演壇を見ている。


 アレクではなく、ミリアでもなく、老神官でもなく。


 演壇の白布を見ている。


 術式の揺れを見ている。


 男は小さな帳面を開き、何かを書いた。


【清掃員レイヴ・クロウリー】


【死亡確認に雑音】


【勇者、聖剣で負傷?】


 民間の記録屋か。


 噂書きか。


 新聞屋に近いものか。


 知らない。


 だが、いい。


 外へ出た。


 神殿の外へ。


 民衆の側へ。


 まだ疑問の形だ。


 だが、外に出た。


 魔王城の床に文字が浮かぶ。


【民衆領域への疑念付着:確認】


【外部記録者:一名】


【勇者演説ノイズ:伝播可能】


 俺は笑った。


 痛みで、喉が詰まる。


 それでも笑った。


「拾ったやつがいる」


 ――誰が?


「外の人間だ。神殿の記録官じゃない」


 魔王の娘が少し黙る。


 それから、低く笑った。


 ――埃が外へ出たのね。


「ああ」


 ――なら、神殿は嫌がるわ。


「もっと嫌がらせる」


 黒塵の視界が切れる。


 魔王城へ戻る。


 俺はその場で膝をついた。


 今度は、かなりきつい。


 黒雑巾の焦げた端から、白い煙が上がっている。


 掌の傷から血が垂れる。


 床に落ちる前に、黒雑巾が吸った。


 封印区画の奥で、鎖が鳴る。


 魔王の娘の声が近い。


 ――やりすぎよ。


「成果は出た」


 ――あなた、いつか復讐の前に倒れるわよ。


「倒れたら、起こせ」


 ――封印されているのだけれど。


「早く出ろ」


 ――あなたが出すのでしょう。


「そうだったな」


 息を整える。


 黒雑巾の上に、新しい染みがあった。


【勇者演説ノイズ】


【聖剣接触痛覚露見】


【民衆疑念付着】


 小さい。


 だが、神殿の中ではなく、外で生まれた汚れだ。


 王都の広場。


 民衆の前。


 アレクの英雄譚の表面に、初めて黒い点が落ちた。


 まだ誰も、それを傷だとは思っていない。


 ただの違和感。


 ただの聞き間違い。


 ただの気のせい。


 でも、次に同じものを見た時、人は思い出す。


 あの時も、と。


 清掃員レイヴ・クロウリー。


 死亡確認。


 未確認。


 勇者の手。


 聖剣の煙。


 そこから腐る。


 ゆっくり。


 白い嘘の内側から。


 魔王の娘が言った。


 ――次は神殿が火消しに動くわ。


「だろうな」


 ――その外部記録者を消そうとするかもしれない。


「なら、そこが次の汚れだ」


 俺は黒雑巾を握った。


 立ち上がるには、少し時間がかかった。


 だが、立った。


「勇者の口は少し拭いた」


 魔王城の壁が低く鳴る。


「次は、神殿の火消しを掃除する」


 黒雑巾が重く揺れた。


 白い灰が落ち、黒い床に吸い込まれる。


 俺は笑った。


「白い嘘は、燃やすと黒い煙が出るんだな」



---


現在のステータス


名前レイヴ・クロウリー

立場元・勇者パーティ清掃係/魔王城新管理者

スキル《穢れ喰い》/《記録汚染読取:初期解放》

装備《黒雑巾》/《黒モップ:仮解放中断》

支配権限魔王城の地下廃棄層・宝物庫前結界・血紋罠・封鎖扉・偽聖堂跡・黒塵追跡の限定解放

取得証拠死亡未確認、処理者名改竄、聖女功績転嫁、勇者証言不一致、勇者演説ノイズ、民衆疑念付着

復讐対象勇者アレク、聖女ミリア、剣聖ガルド、賢者ロギア、王国神殿

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