第9話 勇者メアシス
「なあ、メアシス。どうしてお前はそんなに勇者に拘るんだ?」
メアシスは振り返り、ほくそ笑んだ。
「僕が孤児院育ちって話はしたよね」
「ああ」
「それは、幼い頃に魔族に家族を殺されたからなんだ」
「……復讐ってことか?」
「うーん、少し違う気がするな。そうだな……僕が勇者になりたいって思ったのは、もう二度と自分が味わったような辛い思いを他の誰にもさせたくないって思ったから、かな」
メアシスは道端にあった石碑に手を当てる。ここはかつて魔族の度重なる侵略に脅かされていた北西の大地。メアシスが手を当てた石碑はその時に死んだ――魔族の侵略によって命を奪われた――者たちの慰霊碑だった。
「……」
「何だい? もっと富や名声、復讐心に燃えていると思ったのかい?」
「……ああ」
「あはは。富や名声のことは考えてなかったな。でも確かに復讐……と言われると、その気持ちもあるのかもしれない。今でも夢に見るんだ。燃え盛る自分の家に、ピクリとも動かなくなった両親と妹の亡骸……炎の中を歩く双角の魔族を……」
メアシスの顔が少し陰る。石碑の上に置かれた手が俄に拳を握った。
「メアシス……」
「……はは。やっぱりダメだな……今でも、まだ拭い切れない。僕を動かしているのは、正義や慈悲みたいな美しいものじゃなくて、やっぱり、過去に対する拭い切れない悪感情なのかもしれない」
メアシスは遠くの空を見つめる。地平線の果てまで限りなく続く青空。
「メアシス……」
「でも、僕は冒険者でも、騎士でもない、人々を救い、その希望の象徴となる勇者になると決めた」
メアシスが俺の方を向く。その目は陽の光に照らされ、心なしか輝いて見えた。
「僕がどんなに偉大な勇者になったって、僕の故郷も、家族も帰ってこない……。でも、僕が勇者になることで、僕のように過去に苛まれながら生きる人をなくせるかもしれないって考えると、何か心に大切なものが帰ってくるような気がするんだ」
その目はどこまでも澄んでいて、全てを見通しているかのようだった。
俺はその時、『勇者メアシス』を初めてこの目で見た。
世界を救う。人々を助ける。言葉だけの夢見語りの美辞麗句とは違う、過去を乗り越えようとする者の強い思い――こいつならどんな困難でも乗り越えられる――空想じみた理想も叶えてしまうような力が、信念がある――そう思った。
「でもその反面、ブレイド、キミはすごいな。キミは魔族に恨み辛みも無いのにこうやって魔族と戦っているんだろう?」
「まあ……『人を助けるために剣を振るう』がウチの師匠のモットーだしな。それに俺の家族は幼い頃に魔族も関係なしに死んでいるし、恨むも何もないんだよ。お前みたいな境遇だったら、俺だって恨んでたと思う」
「もしかして、それで剣聖アレクシスに拾われたのかい?」
メアシスがこちらに歩み寄りながら尋ねる。
「ああ。記憶はないんだけどな。独りになって、奴隷商に売られて、その時に師匠が助けてくれたらしい。だから、俺はその恩に報いるために、師匠の信念を受け継いで、広める。ただそれだけだ」
「剣聖アレクシスの信念か……人を助けるための力……いいなぁ。僕もそんな人と出会っていれば、もっと変われたのかもしれない。僕も恨みからじゃなくて、君みたいな良い動機から、勇者を目指したかったな」
メアシスは口惜しそうに苦笑する。
「キッカケなんて何でもいいんだよ。そこからどうやって突き進んでいくかが重要なんだ」
「そうだね。僕はキッカケが負の感情である分、ここから頑張らないといけない。……そうだ、前々から相談したかったんだけど、正式に王国勇者隊に申請しないかい?」
北辺の魔族支配領域と隣接し、絶えず魔族の侵攻にさらされるルクスリア王国。この国にとって、勇者の育成は急務だった。しかし、王族と有力貴族が拮抗し、政争も耐えないこの国では、国を挙げた大規模な組織を作ることは叶わない。
そこで生まれたのが『王国勇者隊』だった。有力商人たちの資本を募ることで設立されたこの組織は、野に眠る優秀な冒険者に対して金銭的援助などを行うことで、魔王を討伐する『勇者』の育成を援助している。
「本格的に勇者を目指すなら、やっぱりそういう援助も少なからず必要になると思うんだ。でも、申請には代表とメンバーの履歴と能力、戦闘方法とかを記入して、審査を受けなきゃいけないらしい」
王国勇者隊に加入できれば、補助金の支給や魔族に関する情報の提供を受けることができるが、その分、加入手続きには厳格な審査が存在する。
「履歴と能力はいいけど……戦闘方法か。各自の役割とか、戦闘スタイルとかそういうのか?」
俺たちは共に王国出身であり、これまで冒険者として魔物討伐を行い実績を積んできたから、履歴と能力はある程度固まっている。
「うん。二人だから、割と絞られるかもしれない。人数も少し増やす必要があるけど、それはまた良い出会いがあった時でいいかなと思っているよ」
「でも、メアシスも俺も剣使いだしな……補完し合うとかか?」
本来なら、前衛である剣士だけでなく、中距離攻撃に特化した魔法使いや後方支援の回復役などが欲しいところだが、メアシスも俺も生憎、良い伝を持っていなかった。
「じゃあ、どうしようか……? 補完し合うか……。でも、僕の剣技は十分に強いし……あれ? ブレイド、キミやることないよ?」
「はあ!? 自信過剰にも程があるだろ!?」
「ははっ。じゃあ、魔王の前で僕の怒りが暴走でもしたら、その時は諭してくれ」
メアシスは冗談を言って、笑い声を上げた。
「魔王戦まで俺は役割なしかよ。……でも、まあ、魔王討伐だけは二人でやり遂げよう。死んだり、諦めたりするのはなしだ」
「ああ。約束しよう」
「あ、あと抜け駆けもダメだからな。お前怒りに任せて、一人でさっと倒しちゃいそうだし」
「ははっ。そうだね。……それも約束しよう」
メアシスは俺に拳を差し出す。
俺もそれに応えるように拳を握る。
「約束な」
「ああ、ブレイド……」
◆
「……レイド、ブレイド」
「んあ?」
「ブレイド、起きなさい」
透き通るような声に目を覚ますと、眼前には美しい黒髪を揺らす少女の姿。
夢か……。あのまま眠ってしまっていたようだ。ボロボロとは言え、久々にベッドの上で寝転んだからだろうか。
メアシスの夢を見ていたのか。そりゃ、久々にあいつの名前を聞いたんだ、夢にも出てくるよな。
「……どうした?」
「逃げる時間よ」
「何!? 騎士団が来たのか!?」
「ちょっと、静かにっ」
思わず大声を出すと、ヴェルは唇に人差し指を当てて、「しー!」と俺を諌めた。
「あ、ああ。すまない。早く外に逃げよう」
「それはできません。もう既に囲まれております」
カーテンの隙間から外を覗くメイゲンさんが、眉をひそめる。
「じゃあ、どうすれば……」
「大丈夫。ここから車まで行ける地下通路があるの」
そう言うと、ヴェルは踵を返して、ダイニングへと向かった。俺はその後に続いた。
「これよ。この蓋を開けて……って、あれ……んんっ! んんっーーー!! こんなに堅かったっけ……」
ヴェルは爪を立てたり、叩いたり何とか床板を剥がそうとするが、ビクともしない。
「自分でやったのに、開かないのか?」
「っ! 違うわよ! 爪を切ったばかりで掴めないだけだから!」
ヴェルは目を見開いて、頬を赤らめる。図星だったようだ。おそらく、固く閉めすぎて開けられなくなったんだろう。
「俺がやるよ」
僅かに空いた隙間に指先を入れ、両手に力を入れる。ベリベリベリという音を立てながら床板が剥がれる。これは……爪関係ないな。
すると、床板の下には人一人が通れるくらいの穴が空いていた。
「通路って、これか?」
「そう。これが車を停めた路地まで繋がってるの」
「だから、少し離れた所に車を停めたのか」
「どう? 練に練った周到な計画でしょ?」
ヴェルは心なしか得意気だ。
「いや、床板開けられなかったら、意味ないだろ」
「ッ……! 計画には誤算がつきものなのっ」
俺の鋭い意見が気分を害したのか、ヴェルはプイっとそっぽを向いて、穴の中へと入っていった。
「もう騎士団が突入してくる頃合いです。私は少しやることがあるので、ヴェル様に続いて先にお行きください」
「わかりました」
メイゲンさんに言われ、穴に飛び込む。しばらくして地上からバタバタと音が聞こえた。騎士団が突入してきたのかもしれない。
そして、穴の突き当りにあった梯子を登るとヴェルの言っていた通り、車の置いてある路地へと出た。
車にかかった藁とシートをどかして、少しばかり待っていると「お待たせ致しました」とメイゲンさんもやってきて、早速エンジンをかける。
すると、前方に騎士団と思われる人影が見えた。
「おや。運が悪いですね。家の方に騎士団を引き付ける細工をしておいたのですが、これでは意味がありませんね」
メイゲンさんは俄に眉をひそめる。
「致し方ありません。このまま突破することとしましょう」
メイゲンさんはレバーを動かし、思いっきりペダルを踏み込む。タイヤが路面を掴む甲高い音が響く。
「おい! 止まれ! ……うわっ!!」
騎士団員の制止などには目もくれず、メイゲンさんはアクセル全開で突っ込む。騎士たちは腰を抜かして、路肩に尻もちを付いていた。
「これじゃあ、またパトロールが来るわね……」
「仕方ありません。こうなった以上、水路まで逃げ切る他ないでしょう」
「大尉……ごめんなさい。私が面倒事を引き起こしてしまったせいで……」
「ヴェル様がお気になされる必要はありません。……おっと、早速お客様のお出ましですな」
後方からサイレンの音が聞こえる。青い光が明滅し、デレツィアの石造りの家々を不気味に照らす。
「また来た……」
デレツィア騎士巡邏隊のお出ましだ。
かつて約束を交わした勇者メアシス。
その夢から醒めたブレイド。
しかし、彼を待ち受けるのは、騎士団の熾烈な追跡だった。
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