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第8話 隠れ家

「全ての城門における増援の配置が完了しました!」


 男が踵を鳴らし、緊張をはらんだ声で告げる。その鋭い敬礼の先には、凛とした顔つきの女騎士。


「彼らの消息は?」

「はっ。未だ掴めていません」

 

「まったく舐めた真似をッ!!」 


 制帽から突き出た獣耳けもみみをぴくつかせ、女騎士は執務机に拳を叩きつける。 


「ひぃ!」


 先程まで威勢の良い声を張っていた男はそれに驚き、何とも情けない声を上げる。


 デレツィアでもう何年も起きたこともないような死傷者を伴う乱闘が発生した上、現場からの逃走車両を追跡していた騎士巡邏隊ナイト・パトロールは全滅。しまいには逃走車両の位置を完全に見失うという失態。女騎士は眉間にシワを寄せる。


 ラフィア・シェパード。

 それが彼女の名前だ。デレツィア騎士団第一級騎士にして、騎士団警備大隊の隊長である彼女は、齢二十二歳でこの地位に登りつめた所謂エリートである。

 

「げ、現在、巡邏隊パトロールを増やし、南西市街地全域に厳戒態勢を敷いて対処に当たっております」 

「被害者の方はどうなった?」


「はっ。それが、二名は死亡。一名は意識不明の重体です」

「……死んだのか」


 ラフィアの顔が曇る。

 これで容疑者は少なくとも二人を殺し、一人に重傷を負わせたことになる。さらに追跡をしていた巡邏隊の騎士たちにも重軽傷者が出ていた。これほどの被害が発生した事案はラフィアも聞いたことがなかった。城内の治安維持の現場責任者は、巡邏隊パトロールと警備隊を統括する"警備大隊"の隊長であるラフィアであり、これはまさしく、彼女の失態ということになる。

 

「それで、巡邏隊パトロールからの報告はあれから一切ないんだな?」

「はっ。捜索には全力を尽くしているのですが、未だ……」


 シェパードは瞑目し、机上で思案を巡らす。

 最初の巡邏隊パトロールが全滅してから、一向に逃走車両発見の報が来ない。ラフィアは既に各詰所で待機していた巡邏隊パトロールも全て動員して巡回に当たらせているため、仮に容疑者たちが逃走し続けているとすれば、彼これ三十分も発見されないなどあり得ない。 

 そう考えるなら、容疑者たちは車を秘匿し、市街地のどこかに潜伏している可能性が高い。 

 となれば捜査網を無闇に広げるのではなく、最後に目撃された地点の付近をしらみ潰しに探すべきである。


「東二番通り二十八の水路で目撃されたのが最後だったな?」

「はっ。まさにそこが巡邏隊パトロールが撒かれた場所であります!」


 ラフィアは目を閉じ、息をゆっくりと吸い込み、吐き出すと同時に再び目を開けた。そして、一連の思案から一つの答えを導き出す。

 

「動員できる騎士を全て動員し、奴らが最後に目撃された水路周辺の家屋の捜索に向かわせろ」


 ラフィアは席を立ち、歩みを進める。深い紫色の艷やかな髪が揺れる。

 

「シェパード隊長、どちらへ?」

「私は奴らの逃走経路を塞ぎに向かう。捜索部隊には奴らを見つけ次第、すぐに伝書鳩を飛ばすよう伝えろ」

「はっ! 畏まりました!」



 「これでひとまずは大丈夫ね」


 路地に停めた自動車に紺色のシートを被せ、藁束などを置いて偽装する。


「こんなので本当に大丈夫なのかよ……」

「文句ばっかり言ってないで、ついて来なさい?」


 俺の心配よそにヴェルたちは歩みを進める。ついて行くと、平屋の石造りの家に案内された。壁は黒ずみ、苔が所々にあり、生活感はあまり感じない。

 ヴェルが古びた木戸を押し開ける。中は年季が入っていてボロボロな上に、少し埃っぽい。


「ここが隠れ家……」

「左様です。まあ、空き家を安く買い取っただけですがね」


 メイゲンさんはテキパキと荷物を中に運び込み、ヴェルは円卓の上にランタンを置くが、どうやら火をつけるものを持ち合わせていないようだった。


「俺がつけるよ」

「できるの?」


 指先に炎を灯す魔法は炎魔法の超初級の技だから、炎魔法を扱う者ならば誰でもできる。俺は指を立て、そこに神経を集中させる。すると、指先に小さな火種が宿る。それをランタンの芯へ移すと、ポッと淡い光が灯り、当たりが明るくなった。


「ありがとう」

「ブレイド様の魔法というのは非常に便利なのですね」

「ええ。俺の炎魔法は攻撃メインですが、こういうことにも使えるんです」

「ほお。料理や暖房など、様々な使い道がありそうですね。ちなみに炎の温度はどれくらいまで出せるのですか?」 

「通常は600から1000℃で、頑張って2000℃と言ったところです」


 その言葉を聞くや、メイゲンさんは「おお」と感嘆の息を漏らした。

 しかし、ヴェルは無駄話をしていた俺たちを諌めるかのように、コホンッと咳払いをした。


「それじゃあ、これから作戦会議を始めるわ」


 ヴェルは大きな地図を開いて、円卓の上に広げた。

 デレツィアの地図だ。円形の輪郭の中にいくつもの線が縦横に引かれていて、まるで幾何学文様みたいに見える。


「あ、これなら俺も持ってるぞ」

「え?」


 俺はイゼルダさんから貰った地図をポケットから取り出した。


「これって……」

「かなり、古いものですな……」


 俺が出した地図を見て、二人は呆気にとられたような表情を浮かべる。

 

「貰い物です。『少し古い』とは言ってましたけど、やっぱりそんなに古いんですか?」

「……おそらく、二百年ほど前のものかと思われます」

「えぇ!?」


 エルフはやはり『少し古い』の感覚が人間とは違うのだろうか? イゼルダさん……見た目は若いままなのに……何百年生きているんだろうか? そりゃ老眼にもなる。


「残念だけど、これは流石に使えないわ」

「はい……」


 俺は地図を見惜しみながらも、渋々畳んでポケットの中に突っ込んだ。そりゃランドマークも廃墟になる訳だ。


「まずは状況の確認よ」


 ヴェルは人差し指を立てて、地図の上を走らせる。

 

「現状はあまりよくない。攻撃を受けることも、騎士団に追われることも当初の予定にはなかった。本来なら東城門から車で出る手筈だったけど、騎士団に追われている以上、警備が厳重な城門を抜けることは現実的じゃない。だから、緊急時のプランを使

うことにするわ」

「最早そうするしか無いでしょうな。グーランに考えてもらっておいて良かったです」

「緊急時のプラン?」

「うん。明日の午前三時に、東城門から北に二キロの所にある地下水路が点検に備えて水抜きされる予定になってるの」

「まさか、そこを使うのか? それに東城門って結構ここから遠いんじゃ……」


 今はデレツィアの南付近にいる。東城門近くとなると、自動車でも三十分くらい掛かるだろう。

 

「だからこそよ。遠い分、騎士団の気が向きづらくなる」

「まあ、確かにそんな所から出るとは騎士団も思わないだろうけど……」

「それに、このことは市民も知らないデレツィアの機密情報ですから、騎士団も我々が知っているとは考えないでしょう」

「いや、じゃあ何でそんなことを知ってるんですか!?」


 サラッと凄いことを言う。本当に二人は何者なのだろうか?

 

「とにかく、脱出までまだ時間はあるわ。私たちも交替で休むから、ブレイド、キミも少し休みなさい?」

  

 壁に据え付けられた振り子時計は埃を被って薄汚れているが、その針は七時を指していた。午前二時くらいに出発するとしても、まだ七時間ほどある。

 

「そうだな……。そうさせてもらうよ」


 ギシギシと軋む音を立てる古びた木のベッドに身を横たえる。

 天井の染みをぼんやりと眺めながら、あれこれと考える。頭の中では、色々なことがグルグルと渦を巻いていた。俺はこの街から無事に出られるのだろうか? ここまで来てしまったんだ。捕まればタダでは済まないだろう。

 それに今、一番気に掛かることはメアシスのことだ。魔法じゃない力、エーテル……。やっぱり……リーネは魔族と……。でも……何で……メアシスたちは……魔王を倒して………………。

眠りに落ちたブレイド。彼はその中で夢を見る……。次回にご期待ください!


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